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075 二つの殺気

防衛拠点に寝かされたアストは目元に、温められたおしぼりを乗せられる。


宝石蝶のユメミは邪魔にならないように少し離れた場所を静かに羽ばたく。


そんな彼の傍に居るのは、スーゼンであった。


「す、少しチクッとするから、が、我慢してね?」

「……ん」


辛うじて返事をするアストに、スーゼンは毒々しい色の液体が塗られた針をアストの肩に刺す。


「こ、これにはね、せ、精神をし、静めるこ、効果があるんだ。ほ、本来なら、あ、相手の戦意をそ、削ぐ為にある毒な、なんだけど、ね?」

「……もはや、“毒“という名の万能薬だよね」


スーゼンの言う通り、気分が落ち着いてきたアストは普段より弱めのツッコミを入れる。


スーゼンは一心不乱にアストの看病に努め、その集中力は伝説の魔物であるユメミの事すら眼中に入らないレベルだ。


正確には認識はしているが、アストからは何も聞いていないので、教えてもらうまでは黙っている配慮だ。


防衛拠点は怪我人の応急処置やら、ゴブリンやオークの遺体を燃やしたりと慌ただしく、アスト達に視線を向けている者は少ない。


「野生のオークさんは焼かれても美味そうな臭いしないね」

「か、加工してないから、かな?」

「……野生で倒しても食べるのはやめとこう」

「へ、ヘビはや、焼いたらお、美味しい、よ?」

「聞いてないよ」

「た、食べる?」

「えっ、焼いてたの?」


どうやら寝込むアストの傍らで、携帯コンロでヘビを炙っていたようだ。


「こ、このと、特製ソースをか、掛ければ出来上がり!」

「やだ、準備万端」


上半身を起こしたアストに、髪では見えないが間違いなく笑顔であろうスーゼンから、串に刺さったヘビを受け取る。


下拵えはパッチリで、首は落とされ、胴体は拡げられている為、パッと見、蒲焼きである。


「た、食べたく、ない?」

「いただきマース」


これまで幾人にも勧めてきて、一度も食べて貰えなかったスーゼンが悲しそうな声を出すものだから、アストは慌てて口に放り込む。


「っ……! う、うまっ!? でか、これウナギだし、このダレもうな重のアレにそっくりだし、すんごいうまいっ!」

「ほ、ほんとっ!? お、美味しいっ!? よ、良かったぁ……」


自分の大好物を喜んでもらえてスーゼンはとても嬉しそうであり、アストも久しぶりのウナギそっくりのヘビ焼きに貪りつく。


(それにしても、僕も随分この世界に適応してきたなぁ。一応はヘビなのに普通に食べられる)


しみじみと自分の成長に喜びと、一抹の寂しさを感じてはいた。


(こうやって、僕は置いてきた家族の事を思い出さなくなるのかなぁ)


異世界の刺激に、アストは次第に地球に居た頃の事を思い出すことも減る。


最近はもっぱら妹になったハフと、相棒のユメミの事ばかり気に掛けている。


一人と一匹はアストにとって大切な家族になりつつあった。


「だから、守りたいよ……絶対に」


食べきった串を見つめながらアストは顔を険しいものにする。


孤児院で待つハフや、友人であるグラムやロザリー。親しい間柄である受付嬢のフェイル。他にも出会ってきた沢山の人達を。


「よしっ! ふっかーつ!」


いきなり立ち上がり拳を突き上げるアストに、スーゼンは驚くことなく傍らに寝かせていたアストの武器たちを渡す。


「い、行くんだね?」

「うん」


闘志を滾らせたアストは一つ頷くタイミングで、ユメミが飛んでくる。


「この子の事も終わったら話すね」

「う、うん。た、楽しみにしておくね」


長くなった髪を結び直すと、ユメミは私の定位置だ! と言わんばかりに飛びつく。


「やっぱり、ここで待ってくれないんだね〜」


本心から言えば、安全な場所で待って欲しいのだがユメミは相当頑固のようで離れたがらない。


ドーン! ドーン!


「うわっ!? し、衝撃波? どんな戦いしてるの?」

「ガ、ガゼルさんと、オ、オーガキングが、た、戦っているんだよ」

「そうなんだ……Aランク冒険者って規格外だこと」


最前線から一キロ以上離れている防衛拠点まで届く衝撃波とはなんだ、とアストは目指す先が果てしない事に驚きと感動を抱く。


スーゼンを引き連れてバリケードの側まで行くと、ここからでも分かるぐらい森の木々が四方八方に吹き飛ばされていた。


その中心地には蒼い気を纏ったガゼルと、朱い気を纏ったオーガキングがぶつかり合っていた。


「うわぁ〜近付いたらミンチになりそう……」


ジュラ達もその事を分かっているのか、離れた場所で残ったオーガ達と戦う。


残ったオーガ達は他のオーガとは違い、連携が取れており倒すのに時間が掛かりそうである。


いつもに増して目を細めたアストはある事に気付く。


「う〜ん…………ッ! えっ、嘘でしょ!?」


とある事実に気付き、全身から汗が吹き出た。


「アイツじゃない! 僕に殺気をぶつけたのは朱鬼(アイツ)じゃないっ!!」


アストは倒れる前に浴びた二つの殺気は、現在戦っているマルクが相手をしている邪悪魔(イビルデーモン)と、それと同格(・・)の存在により向けられたものであった。


「急いでギルマスに伝えないと! 取り返しのつかない事になる!」

「あっ、ま、待って!」


いきなり駆けり出すアストに、スーゼンは慌てて追い掛ける。


「ギルマスゥ〜!! 何処にいるんすかぁー!?」


防衛拠点を駆けずり回ってソラーゲンを探す。


彼は矢倉には居らず、どうやら負傷者の運搬を手伝っていたようであった。


気の緩みとまで言わなくとも、ソラーゲンは安心していた。何せ、予想以上にマルクが頼もしかったからだ。


(ガゼルもかなり余力を残してやがるな)


遠くでぶつかり合う二つの闘気を肌で感じつつ、長年の経験からそう予測する。


そんな矢先にアストに呼ばれる。


「なんだアスト! お前も疲れてるだろ、休んでろ。いざって時には俺が出る」


もう温存する必要も無い。腰にぶら下がった相棒のガントレットを叩く。だが余裕の表情も、アストの切羽詰まった顔を見て強ばったものに変わる。


「どうした?」

「とち狂った事を言うと思われるかもしれません!」

「構わん! 早く言えっ!」

「さっき僕は二つの殺気をぶつけられました! それで恐怖で倒れそうになったんです!」

「それはスーゼンから聞いた! 良いから詳細を話さんか!」


アストも混乱しているのか、逆に丁寧な解説を始め、ソラーゲンはそれを怒声により中断させる。


アストもその激により冷静になり、すぐに一言だけ告げる。


「僕に殺気をぶつけたのはオーガキングではありません」

「……っ!?」

「少なくともマルクさんが戦ってるヤツと同格の怪物だと感じました」

「おい……おいおい……そんなっ、有り得ん! アイツらが現れてから一度も! 一度たりとも二匹以上現れた事が無いんだぞっ!?」


何かの勘違いであって欲しい。ソラーゲンは数歩後退りしながら動揺を隠せない。


「だからとち狂った事って言ったじゃないすか!!」


アストも確証がある訳では無い。直感的に同格と感じただけの事。もしかしたら、朱鬼がぶつけたものを勘違いして言っているだけなのかもしれない。


でも、アストの経験上、違和感には必ず何かがある。だからこそ、ギルドマスターのソラーゲンに真っ先に伝えに来たのだ。


経験豊富なソラーゲンなら何か答えを知っているかもしれぬと。


だが当のソラーゲンはまるでアストの勘違いが、真実かのような受け止め方をしている。


ますます不安が募る。


「ギルマス! 落ち着いてください!」

「ハッ……わ、悪ぃ。……万が一の為だ。スーゼンはここいら一帯の捜索を任せる!」

「は、はいっ!」

「スー先輩、気を付けてね!」

「う、うんっ! い、行ってきます」

「行ってらっしゃい!」


一瞬にして姿が消えたように見える速度でスーゼンが駆け出す。


「アスト。何度も悪いが前線のデズニーに今の事を全て話してきてくれ! 俺は戦場に散らばった冒険者を呼び戻す!」

「了解!」


アストとソラーゲンは共に戦場に飛び出す。


お互いに考えている事は一緒であった。


((杞憂であってくれ!!))

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