072 『蛇男』スーゼン
「あ、あり、ありが……とう」
噛みながらも手足の長い男性の冒険者は礼を言う。
髪も長く、某井戸から這い出る女性のように髪の奥から目を覗かせる。
「どういたしまして! 僕はアスト。お名前はっ!」
新手のオーガが金棒を振り上げ襲いかかってきたので、男性冒険者と左右に飛び退き攻撃を回避する。
「ス、スーゼンだ、だよ?」
「スー先輩ね! よろしくお願いします、先輩!」
「ッ!! う、うんっ! ま、まかせ、て! わ、私は、せ、先輩なのらからっ!」
(大丈夫かな?)
噛み噛みであるスーゼンの様子から少し不安になりながら、彼と共闘する形で戦うことにする。
彼のところに来たのは純粋に近かったから。
あとは、他のBランク冒険者達がパーティを組んで戦う中、一人で戦っている姿を見て放っておけなくなったからである。
スーゼンは二メートル近い長身であり、手足も非常に長く、スラッとした体型は今にも折れそうな程細い。
アストは普通に聞き流していたが、今回の大規模な魔物の群れを発見したのは『蛇男』と呼ばれるスーゼンだ。
彼がいつものように食べられそうな蛇を探しに、森の奥まで探しに来てた時に魔物の群れを発見し、ギルドに報告したからこそ最低限の迎撃準備が出来た。言わばこの一件の功労者である。
『蛇男』という異名は、本人の主食が蛇であり、近付く人全員に蛇料理を振舞おうとすることから付いたものだ。
実力に不安を感じたアストは次の瞬間、それが杞憂だと知る。
スーゼンは音なく加速し、腰に差してある十本の短剣から二本抜き去り、オーガの手首足首に切り付けたのだ。
「ゴッ!?」
再生力の高いオーガからしたら、少ししたら完治する程度と浅い傷。
だが、それは間違いであった。
「ゴッゴッゴゴゴッ!?」
いきなり全身が痙攣し、身動きが取れない。
(なんか狩りゲーの麻痺罠みたいになってる)
「い、今だよっ! ア、アストくん!」
「了解っ!!」
様子見をしていたアストはスーゼンの呼び掛けに、【加速】を発動させながら応える。
瞬間的に倍になった敏捷値740からの、神速の一振り。
利き手側に持った攻撃力1000もある『逸話を秘めし黒鉄剣』は、アストの保有する【R】武器の中では二番目の攻撃力を誇る。
正面から堂々ならまだしも、身動き取れないオーガには為す術なく、腕力420になったアストの攻撃は容赦なく首を刎る。
「す、すごいよっ! あ、あのオーガを一撃で、し、仕留めるなんて!」
「いやぁ〜スー先輩の支援あっての事ですしぃ〜?」
「わ、私はた、大したこと、してないよ……」
モジモジとするスーゼンだが、相手は男なのでアストは特にときめく事無く話しかける。
「またまた〜アレ、麻痺毒ですよね? それでオーガが痺れて動かなくなったんでしょ?」
「う、うん……で、でも私にはオーガを倒せるような力は無いから、た、助かったよ」
相変わらず髪のせいで顔は分からないが、照れているのは伝わってきた。
アストも若干人見知りする部分もありシンパシーを感じずにはいられない。
その為、いつもよりフレンドリーに接する。
「なら共闘しましょう! スー先輩がオーガの動きを止めて」
「ア、アストくんがトドメ、だね?」
「いえす!」
「わ、分かった! が、頑張るね! わ、私はせ、先輩だからっ」
「共闘よろしくお願いしまーす!」
タッグを組んだ二人は、早速オーガを倒しに駆け出す。
「あっ、あの人死にそう……ヤっちゃいましょう!」
「わ、分かったっ」
このフレーズだけ聞いていると、人を襲っている悪党に聞こえるだろう。
オーガの一撃をモロに食らったBランク男性冒険者は、腕が折れたようで武器を握れずに追い詰められていた。
相対するオーガはトドメを刺すように金棒を振りかぶる。
「レッツゴースー先輩」
「う、うんっ!」
アストの指差す方向に素直に駆け出し、一気に距離を詰めて金棒を振り上げる腕の方の肩に、先程持っていたモノとは違う短剣で刺す。
「ゴッオォーー!?」
いつもより多めに叫んでいます。
どうやら麻痺毒ではなく、痛みを増す毒を塗った短剣のようだ。
その甲斐あって、オーガは金棒を手放す。
「先輩ナイッスゥ〜!」
即座にヨイショしつつ、アストは【加速】でオーガの正面に回り込み、目の部分を切り裂く。
【下級剣術】により気を纏わせ事で剣の表面を保護。更に【風切りの牙飾り】のスキル【武器付与・風 (小)】により、剣が僅かに空気振動し切れ味が上昇した一撃はすこぶる痛い。
「ゴガァァアアーーー!!?」
その為、スパッと両目を斬り裂かれ、更にスーゼンが盛った毒の効果なのか、戦場全体に響き渡るほどの悲鳴を上げる。
(本来なら【武器付与・風 (小)】を使うと耐久値の減りが早くなるっぽいから使いづらかったんだよね)
空気振動による負担だろう。
密かなデメリットも気を纏わせる事で無効化に成功する。
おかげで軽く振るった一撃でさえ、高い頑丈値を誇るオーガに通用する。
もし、今と同じ条件でアストが弓をつがえて矢を放ったら、その矢はオーガに通用するレベルになる。
アストの自己ルールである、ドロップした装備しか身に付けない縛りがある為、弓をドロップさせにダンジョンに行かないとならないが。
現状の最高火力を試し斬り出来てアストは御満悦しつつ、オーガにトドメを刺す。
心臓を貫かれたオーガは悲鳴をあげること無く絶命する。
先程の悲鳴で声帯でも切れたのだろう。
「大丈夫っすか?」
アストは取り敢えず支給されていた『最下級体力回復ポーション』を男性の折れた腕に掛ける。
だが回復出来る数値は500程度。
Bランク冒険者にもなると、半分も回復しないだろう。
ましてや、折れた腕を治す効果もない。
「いててっ……あんがとさん」
だが善意の受けた男性は痩せ我慢したように、笑顔と礼をアストに向ける。
(むむっ。やっぱり良い回復ポーションが欲しいぞ)
一瞬、自身が身に付けている『癒しのバングル』を男性に渡して回復を促せないか考えるが、スーゼンが新たな短剣を抜き男性の折れた腕を掴む。
「す、少し、が、我慢してね」
「わ、わわわかったっ。だ、だけど俺、先端恐怖症なんだ……や、優しくしてくれぇぇ」
「なんで冒険者やってんの?」
「嫌だけど才能があったからだよ!!」
つい無意識にツッコミを入れてしまうアスト。
律儀に返してくれるが、普通に考えて嫌でやっている冒険者でBランクまで登り詰めているだけで凄まじい才能である。
スーゼンは短剣で少しだけ男性の折れた腕を斬る。
「痛っ痛っ……あれ? 痛くなぁーい」
折れたままなのに、痛みが引いて行った腕をブンブン振り回す。
「あっ、な、治ったわけじゃな、ないよ? ど、毒で痛覚を麻痺させてるだ、だけだからっ」
スーゼンは慌てて男性が振り回す腕を拘束して、ポーチから包帯を取り出し素早く巻き付ける。
「……なんか意外だな。お前は人間の事が嫌いだと思ってた」
どうやらスーゼンの事を前から知っていたようで、手当てされながらしみじみ言う。
「き、嫌い、じゃないよ。……た、ただ、みんなが私の事を、こ、怖がってるだけ」
「マジか。じゃあ、終わったら呑みに行こうや。もれなくお風呂と綺麗なねぇーちゃんが付いてくる店なんだけどよ〜」
「え、遠慮しとく、かなっ」
どう聞いても、アレなお店である。
手当てを終えた男性は他の場所で戦っているという仲間の元へ向かうと言う。
「片腕が使えないだけだ。俺が居るだけでアイツらの危険な目に合う可能性が下がるなら行くだけだ。冒険者は今も嫌だけど、アイツらに会えたから採算は取れてる。助けてくれてありがとうよ。助かったぜ! 兄弟!」
そう言い残し、戦場に消えて行った。
「僕達も次に場所に向かいましょうか」
「う、うんっ」
アストとスーゼンも戦場を共にする彼らを、危ない目から遠ざけられるように頑張る決意をした。




