007 やれることはやった
ダンジョンに置き去りにされてから三日。
不眠不休でゴブリンと戦い続けたアストは目標に達しなかったことを悔やんだ。
だが、リミットはもう無い。
ゴブリンの足音とは違う、地面を踏みしめる足音からブルタが帰ってきたのだと察した。
素早く角に隠れ、足音が過ぎ去ることを祈る。
上手く行けば、ブルタがアストを探している内に、ダンジョンを脱出出来るかもしれない。
だが、結果は無情。
遠ざかった足音を聴き、少し角から顔を出したアストの眼前に拳が迫る。
「っ!」
すんでのところで躱したアストは思いっきり踏み込み、剣を振るう。
ブルタはアストの想像より早く飛び退き、少し驚いたようにアストを見る。
アストは剣を構えブルタの動きを観察する。
「驚いたな……拘束から逃れるぐらいは予想してなかったわけではないが、一撃くらいそうな攻撃を仕掛けてきたのには予想外だ」
「腕力に極振りしたんでね」
「嘘つけ。あの素早さは敏捷だろうが」
腕力を上げればその分攻撃速度も上がるがそのハッタリにブルタは引っかからない。
「と言っても俺を倒せるほどじゃないな……せいぜいレベル8と言ったところか? この短期間に随分と頑張ったじゃねぇーか、坊ちゃん」
「どうも……格上さん」
アストはブルタと対峙しながら貯めていたSPを敏捷に20。体力に10振る。
敏捷80。体力30。
補正込みで敏捷120。体力690。残りSP80。
アストはブルタの予想を超え、レベル9になっていた。それから半日近くゴブリンを狩ったがレベルは10になることは無かった。
(もう少しのんびりしてくれば良かったのに)
「驚いたが足りないな……無駄な努力おつかれさんっ!」
踏み込んできたブルタにアストは新調した剣で向かい打つ。
ブルタの短剣とアストの剣がぶつかり合う。
「おいおい。運良すぎだろ。鋼の剣だって?」
ブルタが言った通り、アストの剣は鋼で出来ていた。
【N】鋼の剣
[攻撃力100 耐久値100]
圧倒的であった。
この三日間の中で最高の一品だろう。
(なのにレアリティは【N】なんだよね〜不思議)
他にも
【N】鉄の剣
[攻撃力80 耐久値90]
【N】鉄の短剣
[攻撃力40 耐久値50]
【N】木の棍棒
[攻撃力30 耐久値15]
などがドロップした。
鉄のナイフより鉄の短剣の方が、攻撃力が5高いのは用途が違うからだろうか。
「そういう君の短剣も鋼製だろう?」
しかも二本。
ブルタは鼻で笑う。
「一緒にするなよ。こちとら大枚はたいて鍛冶屋で打った一品だよ」
「へ〜ドロップ品じゃないんだ」
「こんなFランクダンジョンで鋼製の武器が出る方が可笑しいだろうが」
存外にアストのドロップ運が可笑しいと言われているようだ。
その一言から、ブルタは一切幸運にステを振っていないことを確信する。
(少しぐらいは振っておくれよ)
幸運値は一切戦闘では役に立たない。
将来的に幸運値を攻撃力に変換でもするような武器やスキルが現れない限りは、ドロップ率を上げる以外の存在価値はないだろう。
生と死の狭間を生きる冒険者にとって恩恵が曖昧な幸運にはステータスを振らず、効果が分かりやすく堅実なステータスに振る。
アストもスキルのバフ抜きでは一切幸運に振っていないのだから。
(この窮地を脱したら振るけどね!)
今回は短期決戦ということもあり振らないだけで、レア掘りにとっては最終的に一番重要なステータスになるのだ。
ハクスラを題材にした作品は大抵終盤、ステータスはオマケで装備に付いた効果や性能がものを言うゲームになる。
この世界でも同じとは限らないが、振ることに躊躇はしないだろう。
鋼の剣がドロップした時の喜びようと来たら他に代えがたい脳汁ドバドバ案件である。
一度でもレア掘りの魅力にハマったのならば、抜け出すのは困難だ。
「一つ聞きたいことがあるんだ」
「何だ?」
「【天賦の才】って知ってる?」
アストはここで大きな賭けに出た。
このスキルが一般的に認知されているのか、それともアスト専用のスキルかを知るためだ。
答えはすぐに分かった。
「そりゃあ知ってるさ。坊ちゃんの出身国。大帝国の闘将軍様の持っているスキルだからな」
「……へぇ〜」
他に持っている人居るんだと少しだけガッカリしつつ、ブルタの言い草からしても激レアなスキルのようだ。
「効果知ってる?」
「さあ? だが人より何倍も強くなれるスキルだとは聞いてるぜ。ったく、羨ましい限りだよ」
あながち間違っていない認識であった。
SP取得量が倍になる部分に意識が行きがちだが、全ステータス+30%も十分ぶっ飛んでいる。
トータルで300%の上がり幅なのだから。
【天賦の才】単体の効果だけで一般人の2.6倍の強さになる。振れるステータスが倍になるということはステータスバフもその分大きくなる。
まさに闘将軍と呼ばれる英傑に相応しいスキルと言えた。
そんな激レアスキルだからか、そんなことをこんなタイミングで聞いてきたアストが同じものを持っているとは露にも思うまい。
「さて、おしゃべりはここまでだ。自分の未来を受け入れたか?」
「まさかぁ、もちろん抵抗させてもらうよ、剣で」
さすがに拳でやり合える相手ではない。
アストは力強く踏み込み剣を振り下ろした。
「ははっ! 軽いな!」
受け止められ弾き返されるアストの一撃。
「腕力にも振ってるんだ。ずるぞ! 斥候タイプ!」
「うるせえな。一人で冒険者やろうってんだ。こんぐらいはやれねぇーとだろ!」
逆に攻撃を仕掛けられ防戦一方になる。
(素早さはあっち、力もあっち、技術もあっち……優るもの幸運のみ!)
アストは速さや腕力以外の技術にて圧倒されていると考え、初めて器用に振ってみることを決断。
(実はスキルの差でしたーじゃ洒落にならないからお願いするよ!)
器用に取り敢えず10振ってみる。
効果はすぐに分かった。