069 蹂躙
「アストーーッ!! 一旦戻ってこぉーーい!!」
ナチュラルにゴブリン狩りを始めたアストに、戦場に響き渡るギルドマスターからの招集命令が発令された。
「やっば。忘れてた。僕はオークさん担当だった」
アスト単騎で五百近いゴブリンが天に召されたが、またまた先は長い上にオークが二千匹以上残っているのだ。
ここでアストの体力を消費されてへばられるわけにはいかない。ギルドマスターはそう判断し、呼び戻すことにしたのだ。
駆け戻りながら最下級の体力回復ポーションを火照った身体に頭からぶっかける。
クールダウンが済んだタイミングで待機しているジュラ達の元へ到着。
「ただいま〜!」
「おかえり。アスト君、おめでとう。どうやら一つ殻を破ったみたいだね」
「やったな、アスト! 凄かったぞっ!!」
「えっへっへ! まあ、ねっ!」
マルクはアストが【下級剣術】を取得したことに気付き祝福の言葉を送り、ジュラは素直に賞賛の言葉を投げかける。
そして友人のグラム曰く、煽てれば必ず乗るアストは花高らかに胸を張りながらドヤ顔をする。
「まさか【下級剣術】があんな魔法みたいな事出来るようになるとは思ってなかったよ」
「アタイも獲得した時は同じ気持ちだったぞ! まあ、そのおかげで修復が面倒臭い【R】ランクの武器をぶん回せるんだけどな」
「なるほど〜」
【N】ランクの武器なら鍛冶屋に持っていけば耐久値を回復させられるが、【R】ランク以上だとかなり手間暇が掛かる為、そういう面でも使い手が少ない。
「ごく稀にドロップする耐久値回復ポーションなどがあれば、もう少し使いやすいんだけどね」
「へぇ〜そんなものがあるんだ。手に入れたいね!」
マルクが付け足すが、“ドロップ“という言葉を使ったという事は、ダンジョン産のアイテムという事だろう。
「錬金術師や薬師でも作れなくは無いけど、同ランクの素材をダンジョンに採取しに行かないといけないから、注文しても渋い顔をされるよ」
【R】ランクのアイテムなら、同じ【R】ランクの素材が必要になる。それは鍛冶による修復でも同じ事なのだろう。
この世界は希少であればあるほど、扱いが面倒くさくなるようだ。
「じゃあ、マルクさんも普段はランクを下げた武器を使ったりするんだ」
「そうだね。さすがに実力が拮抗するような状況だとそうもいかないけど」
「アンタが拮抗する相手とかやべぇな」
そんな相手に遭遇したら、アストなど瞬殺を食らうだろう。
剣聖ゴブリン以降、特に目立った強敵は現れず徐々にゴブリンは数を減らしていく。
「アスト! もう時期オークが前に出るぞ! 準備をしろ!」
「おーす!」
戦闘が開始してから二時間ほどで、五千にも及ぶゴブリンは駆逐された。
そうなってくると背後に陣取っていたオークの群れ、総勢二千が前に出てくる。
「Dランクは戻ってこぉーーいッ!! Cランク! 準備ッ!!」
「「「おおーっ!」」」
Cランク冒険者にもなるとその数はガクンと減り、二百名ばかりである。
つまり一人につき十匹のオークを倒さなければならない。
だが幸いにも、魔法使いが希少な為、大抵のCランク冒険者は近接武器か遠距離武器で戦える武闘派ばかりだ。
そんな中に混じって、唯一のDランク冒険者であるアストも再度出陣する。
「また活躍期待してんぞ!」「張り切りすぎて俺たちの活躍を奪わないでくれよな!」「今度、お姉さんと良いことしない?」「キャーその髪飾りかっわいぃ〜! なになに、誘ってんのぉー?」
やはりこのランクになると個性派揃いになり、活躍したアストはもみくちゃにされながら前線に出る。
「お疲れ様! あとは任せて休んでくれ!」「終わったら、宴だぞ! 楽しみにしとけよっ!!」「ギルマスの金で飲み食いしようぜっ!」「いいな、それ! よぉーし! やる気出てきたぁー!」
駆け戻ってきたDランク冒険者達に労いをかけながら、ハイタッチを交わしていく。
(ふふっ。まるでスポーツの試合みたい)
前世での選手交代を彷彿とさせるやり取りに胸がじんわり温かくなる。
そして、必ずみんなで生きて帰って宴会をしようと強く決意する。
死傷者は少なからず出た。
それを踏まえて、盛大に労ってやるのだ。
お前たちは英雄なんだと。
勝てば、後世に語り継がれる英雄になれるのだ。
負ければ、記録にすら残らないだろう。
そうならない為に、生き残った者たちは勇敢に戦うのだ。
だから、不意にアストは言葉が零れた。
「僕達の旅路に幸運があらんことを」
それは決して大きな声ではなかった。
「「「いくぞぉーーッ!!!」」」
「「「おおぉーーーッ!!!」」」
アストも一緒になり、駆け出した。
オークがなんだ。オーガがなんだ。
我らは英雄ぞ! 英雄たらんとする英傑ぞ!
道を譲れ! ここからは我らが主役だ!
ヒートアップする胸の高鳴りを共有し、一体感溢れる猛攻に躍り出る。
オーク風情が戦場に姿を現し、無念に倒れ伏した冒険者の死体を邪魔だと言わんばかりに蹴飛ばそうとする。
──死者への冒涜は許さん!!
次の瞬間、愚かなるオークは頭部が切り飛ばされ、腕が貫かれ、足がひしゃげる。
アストと同じように、【下級剣術】に連なる武術を修めた冒険者たちによる攻撃だ。
一瞬にしてミンチにも劣る肉塊と化した仲間の姿に、オーク達は悲鳴を上げ後ずさる。
この時点で互いの士気には天と地ほどの差がついていた。
こうして、ゴブリン以上に呆気なくオーク達は蹂躙された。
オークの数も一割を切ったところで、真打登場と言わんばかりにソレらは現れた。
担いだ金棒をひと払いすれば、そう広くは無い戦場にて積み重なった、ゴブリンとオークの死体が風圧だけで吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
誰かが怯んだような呻き声を上げた。
だった百匹。されと、百匹。
これまで相手してきた魔物など前座に過ぎないのだと、痛感させるほどの威圧感。
Bランクの魔物オーガ。
単騎で小さな街一つ蹂躙出来る怪物だ。
これまで勇敢に戦ったCランク冒険者達ですら、足がすくみ手に持つ武器がガタガタ震える。
それだけレベルが違う。
「…………」
そんな中、どうでも良さそうな仕草で剣を構える、普段よりいっそう眠だけな目をした冒険者が一人。
「…………」
アストは相手が自分より遥かに格上だと理解した上で引くような事はしない。
そこには勇気や蛮勇などではなく、純粋に勝つという強い意志だけがあった。
今にも飛び出しそうなアストの肩に手が置かれる。
「よく頑張ったんだな」
少し訛ったのんびり口調の男性は、Aランク冒険者『二代目蒼鬼』ガゼルであった。
「ここからはBランクに昇級したアタイの独壇場だ。ゆっくり休んで見ててくれよな!」
反対側の肩を叩かれ振り向けば、この数日で見慣れたジュラの眩しい笑顔。
「…………」
一言も言葉を零さないアストの横を通り抜け、Aランク冒険者パーティ『蒼鬼の帰郷』率いるBランク冒険者、総勢三十名が前に出る。
同格のオーガは三倍にも及ぶ数は居るというのに、彼らの背中はとても頼もしい。
「ナイスファイト!」
そんな彼らと共に戦えるCランク冒険者が二人だけ居た。
『蒼鬼の帰郷』のパーティメンバーの『鬼娘』ケルと『三代目蒼鬼?』メットだ。
ケルはアストの背中を叩き、そのまま駆け足でジュラ達の元に駆け寄る。
「まあ、低ランクにしては良くやったんじゃねぇーの?」
少し憎まれ口を叩きながら、メットは通り去る。
不意にメットは顔だけをアストに向ける。
「……その、なんだ。お前とは美味い酒が呑めそうだな。……勝とうな」
少しだけ照れくさそうにそう言い残し、それっきり後ろを振り向かなくなる。
「…………」
普段のアストとは思えないほど無口になった彼は、自分の役目は終わったのだと言わんばかりに踵を返して防衛拠点に歩いて戻る。




