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067 剣聖ゴブリン

冒険者サイドによる射撃により百にも及ぶゴブリン達は瞬く間に絶命する。


八千の魔物VS千の冒険者。


それが今回の戦力比である。


いくらセントレン王国随一の冒険者の数を要する辺境の街ロイシェンと言えども、短期間でかき集められたDランク以上の冒険者はだったの千人。


あまりもの人数の少なさに後方支援としてEランク冒険者と、補給物資などの運搬に商人ギルドから荷馬車を引き連れた商人達も連なる。


商人は開戦と同時に荷馬車に乗り込み、この場を離れることになっている。


Eランク冒険者は弓を扱う冒険者達のフォローと負傷者の手当てである。前線が崩壊した場合は、街への伝達係と街の最終防衛ラインへの参加も勤める。


Eランク冒険者の彼らが戦場に出て戦う時は、ほぼこちら側の敗北を意味する。その時はロイシェンの住民を商人の荷馬車に乗せ街を放棄する作戦に切り替わる。


「よし! ゴブリン共が押し寄せてくるぞ! Dランク冒険者で近接戦特化の奴は前に出ろ。暴れて来い!」


「「「おう!!」」」


「弓隊は前線が衝突し始めたら、味方に当たらないように連中の後方にひたすら打ち込め。狙いは定めなくていい。少しでも行軍速度を下げさせろ!」


「「「はい!!」」」


全体の指揮を執るギルドマスターの頼もしさに冒険者一同は気を引き締め、自分達の役目を全うすべく動き出す。


「よしよし。僕の出番だねっ! それでは……アスト、行ってきま「アスト! お前は待機だ!」」


ひと狩り行こうぜ状態で踏み出したアストはそのままずっこける。


彼を止めたのは全体の指揮を執るギルドマスター本人であった。


「お前にはオーク共の相手を任せたい! ジュラ! 喜べ! お前は現時点を持ってBランクに昇級だ! 昇級祝いにオーガの連中を好きにしていいぞ! なに、礼は要らん!」

「滅茶苦茶だよ、ギルマス! でも分かったっ!」

「最高だぜ! よっしゃぁー!! 早く来いやぁオーガ共ぉ!!」


先頭のゴブリンの処理はDランク冒険者が主体になって処理。次のオークの群れをCランクが。オーガはBランク。オーガキングと仮想敵邪悪魔(イビルデーモン)用にAランク冒険者という流れだ。


とは言っても、魔物のランクと冒険者のランクは同じ場合、その実力も拮抗するという事。


一例として、オークダンジョンに出現するオークの強さは、レベル10のEランク冒険者と同等である。その為、ダンジョンのランクは出現するオークの強さを基準としたEランクになる。


オークはEランクの魔物だが、オーガはBランクの魔物。更にダンジョンとは違いレベルが上がる為、オーガの強さはBランク上位相当になるだろう。


(こっちの戦力じゃ、ちと厳しいな。最悪、Aランクにもオーガの処理を任せることになるな。……アストよ、お前ならオーガもやれるか?)


そこまで思考が進んでギルドマスターはフッと笑う。


自分が思ったよりもアストに期待を寄せている事に。


「ギルドマスター! 何やら前線に動きがっ」

「何だと!?」


開戦して三十分が過ぎた辺りで、ソレは現れた。




なんてことは無い。ひび割れた鉄の剣を握り締めたゴブリンが一匹現れただけの事。


「クソっ! お前らなんざ今更怖かねぇーんだよォ!!クソ雑魚ゴブリン共がよォ!!?」


アストに喧嘩を売り、ジュラにコケにされ、あまつさえ存在を忘れ去られてしまった巨漢の冒険者の男は、怒声をゴブリン達に浴びさせながら斧を振り回す。


溜まったフラストレーションをひたすらゴブリンで発散していた。


そんな彼の元にひび割れた鉄の剣を握り締めたゴブリンが歩み寄ってくる。


「けっ! いっちょ前に人間様の道具使ってんじゃねぇーぞ!? クソボケがァよォ!!」


Dランクでも中堅に位置する巨漢の男は、レベルが多少なり高かろうとゴブリンごときに遅れを取らない絶対の自信があった。


イノシシを彷彿とさせる突進を剣を構えたゴブリンにお見舞いすべく駆け出す。


それに対してゴブリンはゆっくりと剣を横に構え、そして振り抜いた。


(はん! 届かねぇーよ! この間抜け!)


互いの距離はまだ十メートル以上離れている。


そんな距離でかすりもしない剣を振り回すゴブリンを巨漢の男は馬鹿にするように笑う。


──グラッ。


不意に男の視界が揺れる。


「……あん?」


視界がグルグル回り、そして男は意識を失った。


巨漢の男は首を刎られ絶命した。


届くはずもない距離からの斬撃(・・)により。


「ひ、ひひぃ……!?」


近くで戦っていた青年の足元に生首が転がってくる。そのあまりもの生々しさに情けない悲鳴を上げてしまう。


「さ、下がれぇーーっ!! あ、アイツは変異種だぁーーー!!」


近くに居た別の冒険者が叫びその場から脱兎の如く走り去る。


変異種。それはごく稀に通常の個体とは違う思考、能力、才能を持って生まれた魔物を指す言葉。


変異種に共通しているのはとてつもなく強いという事だけ。


なんの因果関係か、剣に魅入られたゴブリンはひたすら剣の腕を磨き、常人を凌駕してしまうほどの剣術を習得するに至った。


さしずめ、剣聖ゴブリンとても呼ぼうか。


剣聖ゴブリンはゆっくりと歩みを進める。


次のターゲットは悲鳴を上げた青年だ。


腰が砕け倒れ込む。ガタガタ震える青年は涙と鼻水を垂らしながらも辛うじて剣を構えているような状態であった。


それに対して、剣聖ゴブリンはゆっくりと剣を上段に構えた。


(あ、おれ……死んだ)


青年はスローモーションになる世界で自分の死期を悟った。




「アストォ!! 出ろォ!!」


腰が砕けた青年の元に歩み寄ろうとする剣聖ゴブリンの姿を確認した瞬間、ギルドマスターが叫んだ。


名前を呼ばれた瞬間には、アストは既に駆け出していた。


前線まで約一キロ。


間に合わない。


敏捷値300もあるアストならばものの数十秒程度で踏破出来る距離だが。


やはり間に合わない。


だがそれでもアストは駆ける。


剣聖ゴブリンが剣を上段に構えた。


距離はまだ三百メートルはある。


剣聖ゴブリンは剣を振り下ろし始める。


距離は未だに二百メートルは離れている。


誰もが青年の死を覚悟した。




──その時、アストはボソリと呟いた。


「……【加速】」


キィィーーン!!


振り下ろされたひび割れた鉄の剣が、もう一振りの剣により弾き上げられる。


「ふぅ〜やれば出来る子だねっ僕は! 間に合ったよっ!」


ブルタが所有していた【加速】というスキルをアストは習得していたのだ。


かつては自身を追い詰めたスキルが、今は助けになった。


何事も経験になり、力になる。


あの時、ブルタから【加速】を食らっていなかったら、恐らく習得など出来ず間に合わなかっただろうから。


「さて、この剣聖ゴブリンさんは僕が丁重に持て成すから、君は他のゴブリンさんの相手をお願いねっ」

「あっ……ああ! わ、分かった! た、助かった! ありがとうっ!!」

「どういたしましてっ!」


青年はその場から離れる。


それを見送ること無く、アストは剣聖ゴブリンから目離さない。


「やっぱ全然違ぇーや、あの人は“本物“だよっ! タフタさん!」


去り際に青年は興奮したように何かを叫んだが、集中するアストには聴こえていなかった。


「さあ、やろう。君のその飛ぶ斬撃のやり方を教えて下さい!」


見習いの鉄剣を構えアストは剣聖ゴブリンに向かって踏み込んだ。


その表情は非常に生き生きとしていた。

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