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066 大規模討伐

ガウクスク大森林の奥から大量の足音が地鳴りとして伝わってくる。


それを向かい打つのはロイシェンの冒険者たち。


馬車により運ばれ、約二日間バリケードや矢倉、戦闘の際に邪魔になる木の伐採など世話なく働き続けた彼らは、ようやく訪れる開戦を今か今かと心臓を高鳴らせ待っていた。


「す、すげぇな……」「あ、ああ。歩いてるだけなんだろ? なんだよ、この地鳴り。止まらねぇじゃねぇーか……」「ほ、本当にか、勝てる、のか?」「わ、分からねぇーよ! でもやらねぇーとっ!!」「俺、この戦いが終わったら……イメチェンしてモテるんだ」「よせ、出遅れだ」「風呂入ってサッパリした俺はムテキだ!」「不味いコイツ。緊張で風呂入った幻覚見てやがる!」


あれほど勝てると信じて疑わなかった冒険者たちも、これから押し寄せてくる八千もの魔物の群れの気配に否応にも震えてしまう。


そんな最中、アストはと言えば。


「ねぇマルクさん」

「なんだい?」

「レベルが高い魔物はやっぱり経験値とか多いの?」

「……ふふっ。ああ、そうだね。強ければ強いほど得られる経験は膨大だよ」

「やったっ! 最近レベル上げサボってたからちょうどいいや」

「はっはっは! ならアタイとどっちが沢山狩れるか競争するか!?」

「タイマンではまだ勝てないかもだけど、効率狩りなら負けないよ〜!」


マルクやジュラなどの強者の傍らに立ち、いつも通りのほほーんとしているアストに周りの冒険者たちは驚きを隠せない。


「タフタさんが言ってた事ってこういう事だったんだ……」


その中にはかつてオークダンジョンの前でタフタから、アストは自分達とは違うと言われた青年も居た。


彼は緊張とストレスでどうにかなりそうになっているというのに、ほぼ同時期にDランク冒険者になった筈のアストは緊張とは無縁そうであった。


この時、本当の意味でタフタの言っていた事を理解し、アストがとてつもなく遠くに居る存在なのだと痛感した。


当の本人は別の事を心配していた。


「本当に大丈夫なのかな」


ボソボソと小声で自分の後頭部に意識を向けていた。


現在ユメミはアストの一纏めになった髪を留める部分の飾りと化していた。


異世界に転生してから約一年。


散髪などしなかった結果、アストの頭髪は肩にかかるぐらいの長さまでに伸びた。


そろそろ切ろうかと思った矢先に、今回の緊急依頼。


素材などを集める必要など無い為、今回はリュックを背負うこと無く身一つで戦いに備える必要があった。


その際にユメミはどうしようかと悩み、ユメミの正体を知るマルクとジュラに相談。


結果。髪留めみたいにすればバレないのでは無いかという話になり、アストの伸びた髪を後ろに纏め適当なリボンで結ぶ。そしてそのリボンの付属物みたいな形でユメミをセット。


賢いユメミは装飾品になりきり、身動きひとつ取らない。


その為、アストは髪を伸ばし青い宝石で出来た蝶々の髪留めをしているという、少しメルヘンチックな男の子になってしまったのだ。


(若返って良かった。社会人でコレだったら変人だよ)


ギリ童顔故の中性的よりの容姿が功を奏して、さほどの違和感を与えない。


アストは明日人である頃の自身の成長を知っているからこそ、十五歳の容姿で良かったと一安心。


「心配のし過ぎだって。宝石蝶のおとぎ話に憧れる奴なんざごまんといるんだから、大して珍しくないぞ。そういう装飾品は」


気にしすぎるアストを励ますように、ジュラは相変わらず加減を間違えている平手をアストの背中にお見舞する。


「イテテ……そっか。まあ、賢いウチの子なら大丈夫だよね」


ユメミを既にアストの家族認定を受けており、過保護になってしまうのは仕方ない。だが過保護過ぎて、ウザがられるような事態は避けたいのでこれ以上気にすることを止める。


そんなアスト達のやり取りを、ギルドマスターとAランク冒険者『死の拒絶』デズニーは矢倉の上から見詰めていた。


「へぇ……あんな隠し玉何処で見つけてきたんだい?」

「……やはり分かるのか?」

「あたしゃはコレでも半世紀は冒険者やってんだ。一目で分かったさ。……アレは化けるってね」


デズニーは直感的にアストの潜在能力の高さを看破していた。


「で? 何処で拾ってきたんだい」

「ある日現れたんだ。過去も何もかも不明の男だ」

「……へぇ。そりゃあ、訳あり(・・・)だねぇ。信用出来るのかい?」


ギルドマスターはアストに興味を抱き、個人的に調べてみたが結果は透明。白でも黒でも無く透明。過去が一切分からない。


冒険者ギルドの門を叩いた前日以前の記録はゼロであった。


「もちろん怪しんださ。何せ邪悪魔(イビルデーモン)が現れるようになったのはほんの……四十年前だ。もしかしたら邪神の新たな一手なのかもしれないってな。だが、見てみろよ。あんな惚けた尖兵が居るか? アイツはウチの自慢の冒険者さ。俺の首を賭けでもいいぞ」

「アンタがそんなに惚れ込んだ男なら心配要らないねぇ」


一つ頷き、理解を示すものの、果てなく続く青空を鋭くも深い悲しみと憎悪を秘めた瞳でデズニーは見つめ続ける。


「そうかい。もうそんなに経つのかい……アレから」

「……やはり、今回この依頼を引き受けたのは邪悪魔(イビルデーモン)が絡んでいる可能性が高いからか? あんたは未だにあの時の事を」

「忘れるものか。忘れられるものか。あたしゃあの時一生分泣いた。そして、アイツの墓の前で誓ったんだ。それを死ぬまで貫き通す……それだけだよ」

「……すまん。失言であった」


ギルドマスターは軽く頭を下げるが、デズニーは視線すら向けず空を見続ける。


「……今日はやけに、目が乾いて仕方ないねぇ」


デズニーは確信していた。


あの怪物(・・)は確実に居ると。




魔物の群れの先頭を任されたのは最も数が多い魔物──ゴブリンであった。


かの者達はひたすら歩き、立ち止まる事を許されない。


何せ背後には自分より遥かに強い魔物達が急かすように足を踏み鳴らすのだから。


何日飲まず食わずで歩いてきたのだろう。


思考は単純化し、視野は狭まる。


そんな生き地獄に終わりが訪れた。


人間だ! 何処かで同胞が歓喜の歓声を上げる。


人間だ! 餌だ! 何処か身近で同胞が涎を撒き散らし泣き叫ぶ。


人間だ! 餌だ! 殺せ! 気が付けば自分がそう叫んでいた。


ゴブリン達は飢えと渇きから開放されるべく、人間達に半狂乱になりながら襲いかかった。



───戦場にゴブリン達の歓声が響き渡る。


「総員構えー!…………放てぇーーー!」


大量の風切り音と共に矢の雨が降り注ぐ。


───戦場にゴブリン達の悲鳴(・・)が響き渡る。



それが開戦の合図となった。

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