062 周回方法の模索
ウルフダンジョンに来て早くも四日目。
既にレベルは4つも上がり、念願のレア掘りも出来るとあればアストのテンションは天元突破。
フェイルを心配させない為のリミットが一週間。
ハフを寂しがらせない為のリミットが一週間。
上記の理由から、アストは一週間おきに街に帰り、一日か二日の休養を取る生活をしている。
その為、いくらレア掘りをしたくても帰りのことを考えればあと三日しか出来ない。
「まあ、その後にすぐ舞い戻ってくるけどね!」
しゃぶり尽くすまでウルフダンジョンに通いつめる気満々である。
「その為にはこの二日間で効率を上げる方法を探しつつボス狩りだ。経験値稼ぎよりもドロップ数を優先して最短討伐を目指すぞ」
レベル上げはしたいが、今はより理想の武器の厳選がしたいお年頃である。
「この広大な森からウルフの野郎共を誘き寄せる方法を考えよう」
何時ものようにアストの肩に止まっているユメミの宝石ボディは未だに透明度が高い。
【幸運の鱗粉】を発動させるにはまだ時間が掛かる様子。
「ユメミはゆっくりしていってね!」
恐らくリチャージは最終日ラストのボス戦に間に合うかどうかだろう。
それまではユメミにはのんびりしてもらうつもりだ。
それからアストは取り敢えず鉄板のトレインと呼ばれる行為を試す。
トレインとはMMORPGで使われる用語であり、フィールドにランダム湧きするモンスター達を意図的に集めて後ろに引き連れる行為を指す。
「と言っても今回のは五匹に満たない場合はもうひとつのグループを探しに行く。五匹以上ならその場で倒すだけなんだけどね」
この場合はトレインと言うよりは釣りと呼ばれる行為に該当するのかもしれないが。
試した結果。
半日ほど掛かった条件狩りは一時間ほど短縮出来たが、差程大きなメリットは無かった。
精神的にむしろ損することの方が多い。
何せ半分の確率で五匹以上に遭遇するのだ。四匹以下を引き連れて五匹の群れを倒す。その場合九匹を同時に相手取る事になる。それなら最初から四匹以下を無視して五匹以上だけを狙った方が早い。
この方法はあくまで四匹以下と四匹以下を引き合せる為の方法なのだから。
その為、一回ボス戦を挟んだ後は別の案に移行した。
森という事もあり、木々が生い茂る。地形を利用しようと思い至り木の上に登り、上からウルフの群れを探すことにする。
結果だけ言えば時間の無駄でしか無かった。
索敵系のスキルを持っているならまだしも、ど素人のアストには僅かな草木の揺らめきも違和感も足跡も分からない。
ステータスが強化された結果、常人より五感が優れていると言っても使いこなすには経験が足りな過ぎた。
一時間ぐらいで酷使した目はしょぼしょぼとし、精神的にも苦痛を感じて断念。
じっとしてダメならば、今度は動き回ってやると言わんばかりに尾行作戦に切り替える。
ゲームならば敵モンスターの動きには規則性があり、エリアを徘徊するモンスターはもれなく移動するルートがある。
そのルートを突き止めれば、RTA走者のように無駄なく鮮やかな効率狩りが出来るのではと考える。
この方法も最終的に四日目の夜まで決行し、そして無理だと判断した。
建造物や目印がある場所ならまだしも、行けど行けど森であるこのエリアでは今尾行している群れの正確なルートが分からない。
そしてアストの拙い尾行スキルでは高確率で発見され、仕方なく迎撃する羽目になる。
目印を付けようにもダンジョンに持ち込んだ物は一定時間で自然消滅してしまう。
ドロップ品なら長持ちするが結果は同じだ。
思い付く限りの策が全て失敗に終わり、ダンジョン内というのに外の時間帯に連動して暗くなった森の片隅で焚き火を焚いてボケっとする。
ユメミも既に眠っているのか、アストの肩に止まったまま微動だにしない。
歩き回った事もあり、お腹は空いている。
「はぁ〜食欲湧かないなぁ……」
アストはとあるマイルールのようなものを設けている。
それはダンジョンや街を離れている間、口にして良いのはドロップ品のパンと水だけというものだ。
これは街に戻る楽しみを増やすためである。
そうでもしないと、アストはダンジョンに平気で一ヶ月籠ったりする。
孤独が苦にならない性格であり、前世は数少ない友人と家族以外の他人に全く関心すら抱いていなかった事が原因だろう。
娯楽は心を満たしてくれる。それこそ、本来なら耐え難い孤独や虚しさすら満たしてくれる。例え、それが誤魔化しや代替行為であろうとも。
アストには自己完結してもいいレベルで好きなモノが沢山あった。ゲーム、アニメ、マンガ、映画、動画。
昨今の若者の中で上記のモノが全て嫌いと言う者はごく稀だろう。
そんな例に漏れないアストはそれらを満遍なく楽しみ、楽しみすぎた結果、他人に対する関心が失せた。
他人の為に時間を割く事に死ぬほど面倒くささを感じるようになったのだ。
それは不当な事をされた時も同じであった。本来なら怒るべき場面でも、面倒くさい、疲れる、後始末がダルい、どうせこの場限りじゃ済まなくなる。そんなネガティブな考えが根付いていた。
だが、それらの面倒くささはこの世界に転生した時に消え失せた。
この世界はアストが関心を寄せるゲームやアニメ、マンガの世界そのものだ。
むしろ興味が無いモノの方が少ない。そして、そんな場所で出会った繋がりは疎かにしたり、面倒くさがりたくないのだ。
この世界で何一つ歴史が紡がれていないアストは言わば異物だ。
そんなアスト受け入れてくれた人達が居る。ならば自分もその人達を受け入れよう。受け入れたい。
「そうすればきっと僕は、あの街を故郷に……」
思える日が来るのかもしれない。
夢からは醒めたが、夢見心地のまま生きているこの世界で、地に足をつけて生きる覚悟を決める為に。
そんな風にしっとりしていたアストはふと思う。
「このダンジョンにいるウルフ達はご飯とか食べるのかな」
これでもこの世界に来て半年以上経つ。色んな知識も得た。その中にはダンジョンの魔物はダンジョン外の魔物とは違うという話も聞いたのだ。
曰く、ダンジョンの魔物はレベルが上がらない代わりに、決まった強さや能力を持つ。
曰く、野生の魔物はレベルも上がるし、個体によって得られる能力が変わる。
曰く、ダンジョンの魔物は魂の無い空っぽの存在である。
曰く、野生の魔物は魂を持ち、生きている。
曰く、曰く……。
そのように差別化されている。
「ふむ……なら、試してみようかな」
物は試しだと、アストは【インベントリ】から豚肉を取り出し、木の枝にぶっ刺す。
そして焚き火の傍で炙り始める。
ジュゥーと肉が焼ける音と、美味そうな匂いが煙になって辺り一帯に広がっていく。
「うっわ〜美味しそう」
街から離れてから久しく味わっていない肉の匂いにゴクリと唾を飲み込む。
「決めた。帰って一番に食べるのは豚肉だ!」
自分の空きっ腹に軽く拳骨を食らわせ、頬張りたくなる欲を抑え込む。
そうして数分もしない内に草むらが揺れ、ウルフ達が涎を垂らしながら近寄ってきた。
その眼光は珍しくアストではなく焼けた豚肉に向けられている。
「ほいっ」
焼けた豚肉ごと彼らの傍に放り込めば、争うように取り合いになる。
「ふむふむ……流石に殺し合いとかはしないか。好都合だね。それで討伐カウントに入らないとかだったら不貞寝してるところだよ」
サクッと倒そうとした時、またしても草むらが揺れる。
そして新たな群れが涎を垂らしエンカウント。
「入れ食いじゃないか!」
ようやくまともな手応えを感じて歓喜。
纏めて始末する頃には、焼けた豚肉はほぼ食われ終えていた。
「これは使えるぞ。明日はこの方法をもっと最適化してレア掘りを加速だ!」
今日は気持ち良く眠れそうだと、横になる。
ユメミは潰さないように、傍らに置いてあるリュックの上に移すことも忘れない。
翌日、丸一日使いある程度の最適化がなされた。
等間隔に配置された焚き火と木の枝で出来た物干し竿に吊るされた豚肉のセットが五つ。
それらを順番に火を付け、肉を炙っている間に次の場所に移動する。一周して最初の焚き火場に戻れば豚肉を頬張るウルフ達が居るので、それをサクッと倒して、新たな豚肉を用意し炙る。
そして次の場所に移動する。
これを四セットやれば、ボス戦に挑めるようになる。
途中で豚肉をケチってウルフからもドロップする獣肉に切り替えて更なる効率を計ったり、移動速度とウルフ達のリポップのタイミングを調整したりと世話なく動く。
ようやく満足するカタチになったところで今回のダンジョンアタックは時間切れになった。
「しっ! 一周二十分前後で回れるようになったぞ。次回の時はこれを基準に更に周回してレア掘りしてやる!」
そう意気込みアストは新たに仲間になったユメミを引き連れてロイシェンの街へと帰って行った。




