057 剣聖の弟子になる為の試練
(【R】ランクの武器すらお目にかかれていないのに、襲撃者の獲物が【SR】ってなんだよ!?)
「本当はもう少し君の実力を見たいんだけど……君の戦闘スタイルと僕の剣は相性が最悪のようだね」
困ったなぁ、と腕を組み眉間に皺を寄せるその姿すら絵になる美男子っぷり。
「流石にあの程度じゃ、足りないかな」
(い、いきなり襲ってきやがりまして、その上で物足りないと物申しやがりますか、この野郎)
アストの全力を微塵も脅威にすら思っていない男性の様子に、アストは口元を引き攣らせる。
「だ、大体……貴方は誰ですか! いきなり襲いかかってくるなんてっ! 非常識ですよっ!!」
「えっ!? ご、ごめん? で、でも、前もって手紙が届いたからここに来たんだよね?」
「手紙? 何の話っすか?」
「…………あれ?」
場の空気がシーンとする。
「わりーわりーっ! 遅れたわー!」
静まり返った場に、元気な声が響き渡る。
「って、ありゃ? どっちがアタイの相手なわけ?」
二メートル近い背丈に、引き締まった筋肉。
日に焼けた褐色肌。
だがそんな“女性“が一番注目を浴びたのは、全身が血塗れだったことだろう。
「これか? ああ、少し準備運動がてら魔物狩ってたんだ」
ニカッ! と、屈託ない笑顔を浮かべる女性は、その背に背負った“大剣“を引き抜いた。
どうやらこの一帯で魔物に遭遇しなかった理由は彼女にあるようだ。
「それよりも、早くやろうぜ! 体が冷めちまう」
「…………」
「…………おい、この勘違い野郎」
アストの半目はジト目に変わり、汗ダラダラの男性にドスの効いた声を掛ける。
「っすませっしたぁーーーっ!!」
綺麗な土下座と謝罪が森中に響き渡った。
「なるほどねぇー。剣聖の弟子になる為の試練だったんだね?」
「はい……その通りです」
切った眉を最下級体力回復ポーションを使用する事で、癒したアストは仁王立ちで反省を正座という形で取る男性から詳しい話を聞き、多少なりの理解を示した。
「まさか、この場所、この時間に全くの別人が来るとは思っていなかったんだよ」
「それにしたって最低限の確認はしてくれますぅ〜?」
「は、はい! 以後気を付けます」
「僕の二本の相棒が砕け散り、斬り飛ばされたんですけどぉ〜? あと、ポーションも」
「べ、弁償します……こ、これを」
そう言って、懐から金貨が詰まった皮袋を差し出す男性──マルク。
「はぁ……これをいくら貰っても、僕が失ったSPは返って来ないんですよね〜」
「ぐっ……そ、それに関しては……本当に申し訳なくっ!」
冒険者にとってSPは命並の重さがある。
割り振りによって、進退が決まると言っても過言では無い。
その補填だけは絶対強者であるマルクですら不可能であった。
「話は分かったけどよーアタイの試練はどーすんだよ」
血塗れのまま、あぐらをかいて話を聞いていた女性──ジュラは不貞腐れたように言った。
確かに彼女が遅れたことには非がある。
だが遅れたと言ってもものの数分。
懐中時計などが貴重なこの世界で、正確な時間に対する約束事は割と融通が効く。
今回も遅れた認識がないレベルでの誤差。
だからこそ、剣聖の弟子であり、試練の担当員であるマルクのミスは彼女にとってもとばっちりであった。
「ジュラさんもごめん! もう少し待ってくれるかな」
「……早くしてくれよ」
「ありがとう」
美男子の謝罪にジュラは頬を赤らめそっぽを向く。
(ちっ……これだからイケメンさんはよぉ)
アストは少しだけマルクに対するヘイトを高め、具体的な補填について問い詰める。
「なら、こういうのはどうだろうか」
そんなアストにマルクが提案したのは、剣聖に対するお目通りであった。
「有名な話だけど、剣聖グラン様はセントレン王国の王都で、王族の剣術指南をしているんだ。そんなグラン様にお会いするのはとても難しい。そして、僕のように弟子になるのはもっと難しいんだ」
「アタイも何年この機会が来るのを待っていた事か!」
剣聖の弟子になるには、ある程度の実績と試練を突破する必要がある。
ジュラもCランク冒険者となり早二年。
ようやく弟子になる試練に挑める実績を得られた。
「アタイはもう時期Bランクに昇級するらしいからな! その前に剣聖の弟子になれるってんだ。最高さ!」
Cランクまでは依頼を達成しつづけ、尚且つある程度の実力が認められれば昇級出来るが、Bランク以上に昇級したければそれプラス実績が必要になる。
「だが、直弟子である僕から君を招待するのならば、試練に挑む為の実績は免除されるんだ」
あとは、実力を示し剣聖に認めてもらえれば弟子になれる。
それは剣の道を極めるもの達にとって最高の名誉であった。
「どうかな。これじゃ、足りないかい?」
(正直惹かれる話だよね。……強くなれる機会は逃すべきじゃない)
それについては前向きであるものの、アストはまだレア掘りし足りないのだ。
まだ、本当の意味でレアアイテムを手に入れていない。
強くなりたい気持ちと、レアアイテムを手に入れたい気持ちで板挟みになる。
「Cランクの君でもいずれは試練を受けられる可能性はある。でも、それは可能性であって確実ではない。そういう点では魅力的な提案だと思うけどね」
何を悩む必要があるんだ? と、マルクは首を傾げる。
剣聖は全ての冒険者の憧れ。
剣士の頂点に君臨する剣の王。
そんな人物に師事出来る可能性があるのに、アストが何をそんなに迷っているのかマルクは理解できなかった。
「……ちょっと待って。僕、Dランクだよ?」
「えっ……はぁ!? いやいや! 君の実力ならCランクが妥当だよ!」
「いやぁ〜それほどでも〜。そもそも、冒険者になって一年も経っていない若輩者ですしぃ〜」
自分より遥かに強いマルクに褒められ、有頂天になるアスト。
そんな彼の発言にマルクは驚く。
「一年だって!? 駆け出しじゃないか!」
そこからは色々質問が飛んできたが、アストは話せる範囲を話していく。
全てを聞き終えたマルクは深呼吸をして、真剣な表情をうかべる。
「分かった。ならば君がCランクに上がったら王都においで。必ずグラン様に会わせるよ。その才能を腐らせるべきじゃない」
「お、おう。高評価過ぎて少し怖い」
褒められる事に慣れていないアストは、照れくさそうに頭を搔く。
「いーなー」
蚊帳の外であったジュラは子供のような言い草でマルクをジーッと見詰める。
「ふぅ……分かったよ。なら、君は僕と一緒に王都に行って、そこでグラン様の前で試練を受けようか」
「ほんとか!? やりぃ!」
話がひと段落着いたところで、青い蝶がアストの元に舞い戻ってきた。




