048 豚肉はお金になる
出張所から出てきたアストの手には金貨と銀貨が詰まった皮袋があった。
合計百二十七キログラム。
金貨三枚と銀貨八十一枚の稼ぎになった。
ギルド職員が鑑定する間に雑談として詳しく聞くと、本来はキロオーバーの豚肉のドロップ率はかなり渋く、数百グラムでドロップするのが普通と言う。
アストは幸運値が1050あるからか最低でも一キロはドロップするというこのダンジョンに通う冒険者なら誰しも羨む結果を産んだ。
(これ、幸運にもっとステ振りしたら、希少な豚肉もキロ単位でドロップするのかな?)
非常に夢が広がる話であるが、残念ながら残っているSPは30しかない。
もしもの時に備えて残しておきたいSPの最低ボーダーラインである。
「いや、よく考えるんだ。これは将来の前借りだ。今振ってドロップ量を増やせば、早く稼げるようになるし、孤児院で出せる美味しい豚肉の量も増える。ハフちゃんが笑顔になるし、孤児院の子達も笑顔になる。さらに、ハフちゃんが笑顔になる……なんだ、答えは出ていたのか」
ブツブツ言ってアストは残ったSPを幸運に割り振った。
この一連の流れは地球に居た頃、限定ガチャを天井まで引く時の言い訳にそっくりであったが本人にはその自覚はなかった。
その結果、幸運値が50 (1050)から80 (1680)まで増加し、もはや異次元の数値になった。
「くくく……やるぜぇ……やったるぜぇ……」
ガンギマリのアストは宿を取って就寝するという当初の予定を完全に忘れ、ゾンビみたいにフラフラしながらオークダンジョンに潜り直した。
彼が正気を取り戻した時には既に二日目の夕方であり、豚肉のドロップ量が凄まじいことになっていた事は言うまでもない。
「こんなにドロップしてもっ! リュック以上の量は納品出来ないじゃないかっ!!」
【インベントリ】の存在を明かせない為、一回の納品で出せる量はリュック一つまでだと言うことをすっかり忘れたアストは泣く泣くリュック一つ分のみを納品し、金貨四枚程を更に稼ぐ。
そして、宿を取り死ぬように爆睡した。
【インベントリ】の中には一トンを超える豚肉と、百キロを超える美味しい豚肉。そして、三十キロオーバーの希少な豚肉が眠っている。
一回のドロップで豚肉が五キロや十キロなどになってきた為である。
美味しい豚肉もドロップ率が少し上がり量はキロ単位になり、希少な豚肉がドロップする数回に一回は一キロドロップするようになった。
その代わりハズレ枠の鍬や熊の手、スコップなどの農具は逆にドロップ率が低下した。
結果だけ見れば凄まじい戦果である。
何せ例え、レベル1からレベル19までで獲得したSPを全て費やしても本来なら、幸運値310が精々なのだから。その五倍以上もの幸運値で鬼周回すればこうもなる。
翌日の早朝。
たっぷり眠ったアストにひとつのヒラメキが舞い降りた。
「大量に豚肉がある訳だし、一回ボスの顔を拝みに行ってみる?」
十回分程度の納品量があるなら、ボスに挑戦してみるのも良いかもしれないと考えたのだ。
本来なら安全マージンからレベル20に達していないので時期早々だと判断し、レベル上げに勤しむのだが最下級とはいえ体力回復ポーションもあり、体力値は2300かつ頑丈値が120とかなり耐久向きなステータスになっている。
だった二日とはいえ大量のオークと戦った事でおおよそなステータスも分かっている。
体力500、腕力40、頑丈50それ以外が初期値。レベル10前後の冒険者程度のSP量で振れるステータスだと想定。
レベル20なら苦戦しなさそうだが、振られたステータスが少ない分、一つのステータスが高くなる為、実力以上に強く感じる。
その上、複数匹で固まって移動している事もあり、物量で捌ききれずミスした時の手痛い一撃はトラウマになるだろう。
ゴブリンダンジョンでの死闘を終えたあとに、レベル22であったブルタのステータスを教えてもらっていたのでそれと比較してみる。
体力 700
気力 300
腕力 60
頑丈 50
敏捷 150
器用 90
魔力と知力、精神、幸運は初期値の10。
速さと器用さに重点を置いたステ振り。完全な斥候タイプである。
長年Dランクとして活動していたブルタにとって、Eランクダンジョンをソロで攻略するのに必要なステータスが、筋力値60と頑丈値50であるのならばアストの予想していたオークのステータスはさほど間違っていた訳ではないだろう。
「正直、ボスゴブリンと雑魚ゴブリンのステータスの差って装備ぐらいだった感じだし、仮にボスオークが雑魚オークの倍に近いステータスを誇っても僕の方がステータスが高い」
そう言う理由からアストはレベル18にてオークダンジョンのボスに挑むことを決意する。
「何がドロップするのかな〜情報を仕入れていないから楽しみだよ〜」
宿で出された豚肉入り野菜炒めを食し、早々にオークダンジョンに向けて旅立つ。
「お?」
道のりの途中には冒険者ギルドの出張所があり、その前には馬車が停まっていた。
どうやらこの時間帯ぐらいに、前日までに納品された豚肉を馬車に乗せて街に運ぶようだ。
連日百キロオーバーの豚肉を納品しているアストは少し申し訳なくなり、手伝おうかと馬車に近付く。
「どうも〜お手伝いしましょ……あら?」
「君は……ハハハッ。まさかこんな所で再会するとはね」
豚肉を護衛役と思わしき冒険者達と一緒に馬車に積んでいたのは、ブルタと幼なじみである商人の男性であった。
二十代でも通じたブルタと違い、同い年である筈の商人の容姿は三十代中頃で少し頭髪が寂しい男性に見えた。
「もしかしてレベルが高いほど若々しくなる?」
アストがかなり失礼なことを尋ねているというのに、商人は気にした様子もなく頷く。
主語が抜けていた発言でも、商人ならではの頭の回転速度でアストが言いたいことを理解した様子。
「かなり有名な話でね、なんても最大で二百歳まで寿命が伸びると言うんだよ」
「ほへ〜」
関心するアストに商人は優しい笑みを浮かべる。
「君ならそのぐらい長生き出来そうだ」
あんにアストが冒険者として大生すると褒めてくれているようだ。
「それぐらい生きられたら悔いが残らないだろうね」
アストは自分がそこまで長生きできるとは思ってはいないが、そこまで生きられれば素敵だとは思う。
「さてと、手伝いだったね? それには及ばないよ。これは私と雇われた彼らの仕事だからね。……それに君に手伝ってもらったら私の罪滅ぼしにもならないよ」
「そっか……この仕事が貴方の」
「ああ。そうだよ」
商人はブルタの犯罪に加担してはいたが、密かに攫った冒険者達を逃がしていたことで、奴隷落ちせずに一定期間の街でのボランティアで許された。
彼のボランティアとは豚肉を街まで運ぶ馬車の御者なのだろう。
「もしかして毎日?」
「そうなるね。でも、私以外にも御者は居るからそこまで苦ではないよ」
毎日オークダンジョンから街まで往復を繰り返すだけの生活。
それをあと三年すれば解放されるが、それはかなりしんどく苦痛を感じるような日々に思えた。
「そんな顔をしないでおくれ。これでも優しすぎるぐらい良くしてもらっているんだよ。本来なら奴隷として使い潰されても文句など言えない非道なことをしたんだから」
アストの悲しそうな表情を受け止め、柔らかい笑みで首を振り否定する。
「君にとってあの一件は不運だったかもしれないけど、私とブルタにとってあれは幸運だったんだよ。君のお陰であれ以上の悪事に手を染めずに済んた。本当にありがとう」
商人は深々と頭を下げた後、運び終えたと護衛の冒険者に呼ばれ馬車と共に去っていった。
アストは去っていく馬車の後ろ姿をしばらく見つめた後、踵を返しオークダンジョンに向かって歩いた。
その表情はとても優しげで満足そうであった。




