047 オークのお肉は豚肉
距離五十メートル。
ゴブリン同様、腰蓑のみを着たほぼ全裸。
薄肌色の皮膚に、二メートル近い巨漢。
肥えたまあるい腹部はきっと脂肪の塊。
ノシノシと踏み締めた足音はその存在感を強める。
この世界におけるオークが四匹、お得セットとしてやって来た。
(取り敢えず全力で瞬殺するか)
一匹や二匹ぐらいならある程度様子見も選択肢に入るが、流石に四匹は多いと判断し本気で倒すことにする。
彼は【インベントリ】から鋼の槍を取り出し投擲の姿勢を取る。
(35……34……33……32……31……よしっ!)
距離にして三十メートル切るぐらいで軽く助走をつけて思いっきり槍を投擲。
「しっ!」
投げた後の前かがみから直ぐにつま先に力を込め、オーク達に向かって駆け出す。
風きり音の直後には最後尾のオークの頭部に槍が突き刺さり、その悲鳴に他の三匹のオークが後ろを振り返る。
「ふっ!」
アストに背を向けた先頭のオークを抜刀した鋼の剣で首を跳ね飛ばし、そのまま横に軽くステップ。
剣を横に構え、前に踏み込むと同時に隣にいたオークの心臓に突き刺す。
突き刺さった鋼の剣から手を離し、槍が刺さり絶命して粒子に変わるオークの方に更に踏み込む。
粒子になり物理的接触を失い落下してきた鋼の槍をそのまま逆手に掴み、何が起きたか理解出来ていない最後のオークに向けて鋼の槍を顎から突き上げ頭上まで貫通させる。
「オグッ」
最後のオークが短い悲鳴を上げ絶命する。
四匹のオークに槍を投擲してから五秒にも満たない早業であった。
「かはっ……はぁ……はぁ……」
無酸素運動かつ全力により、アストは膝に手を付いて酸素を急いで肺に取り込む。
「ふぅ〜……硬かったなぁ」
一見瞬殺に見えるが、実際はアストが現在出来うる限りの全力を出したからこそである。
一回一回の戦闘でこの消耗具合だと体力バカのアストでもキツい。
地面に転がる鋼の剣と槍を回収し、少し思考する。
「体力は……かなり多いかな。頑丈は間違いなく50越えている」
補正込みで腕力が120あるアストが全力で振った鋼の剣ですら若干の抵抗を感じたのだ。
軽く振ってトイレットペーパーほどの抵抗も感じなかったゴブリンと、全力で振って発砲スチロール並の抵抗を感じたオークでは訳が違う。
「後は又聞きした腕力も凄いを調べないと」
ランクが一つ上がっただけ。
だが魔物の強さは桁違いに跳ね上がった。
レベル1で狩れるゴブリンやコボルト、ホーンラビット。
レベル20有ってようやく狩れるオーク。
「随分と難易度を上げてきたね」
尚且つ、オークは集団で移動していた。
一匹なら問題無くとも二匹、三匹と群れられると冒険者によっては苦戦ないし死ぬ可能性すら浮上するのだ。
そしてこのダンジョン前で見掛けたパーティーを組んでいた冒険者たちが答えのようなものだ。
「このダンジョンでは常に複数のオークと戦闘しなければならない」
それが事実かどうか確かめる必要がある。
「っと、その前にドロップ品を拾わないとね!」
【N】豚肉
[肉の中でも脂が乗った美味しい豚肉]
【N】美味しい豚肉
[豚肉の中でも更に旨味が恐縮された豚肉]
この二種類がドロップした。
「重さにバラつきがあるね」
豚肉は一キロ程度の物と、二キロ近い物が二つ。
美味しい豚肉は五百グラムも無いくらいだ。
「なるほどね。希少な奴ほど量が少ないと」
そしてドロップ率も渋い。
「ふふっ。ハフちゃんに沢山美味しい豚肉を食べさせてあげよう」
脳裏に美味しそうに豚肉を頬張るハフが思い浮かび、口元がほころぶ。
「取り敢えず数をこなして慣れよう」
何事も経験しなければ身につかない。
逆に言えば経験さえすればどんどん楽になるし、早く済ませられる。
それを仕事を通して理解しているアストはリュックに豚肉を回収し美味しい豚肉は【インベントリ】に収納して立ち上がった。
その表情は非常に楽しげであった。
「ふぅ……もうこんな時間か〜」
オークダンジョンから外に出た頃にはすっかり日が暮れていた。
ダンジョン内で寝泊まりせずこうして地上に帰ってきたのには二つ理由がある。
一つは豚肉を納品する為だ。
生モノである豚肉をそのまま放置しては置けない。
美味しい豚肉はハフや孤児院の子供たちに振る舞う為に全て【インベントリ】に収納しており、劣化を気にする必要は無い。
そしてもう一つ新たな豚肉がドロップした。
【N】希少な豚肉
[滅多にお目にかかれない極上の豚肉]
一つ、百グラム〜五百グラムまでしかドロップしない本物の当たり枠。
見た目は霜降り肉に近い美しさがある。
まさに極上の豚肉の体現だ。
(これは流石に数が用意出来なさそうだから、いつかの祝い事の時に取っておこう)
下手な量出して、孤児院で仁義なき戦いが起きるのは忍びない故の決断であった。
そしてもう一つの理由は宿場町なんだから、宿で寝泊まりしてもいいじゃないかという至極真っ当な理由であった。
黒革のリュックにぎっしりと詰まった豚肉が幾らになるのかによっては以後、寝泊まりがダンジョンの床になる。
アストは冒険者ギルドの出張所に向かって歩いた。
冒険者ギルドの出張所の外に置かれた看板には、この出張所で出来る事が書かれていた。
「豚肉の納品オンリーか」
それ以外のドロップ品などは持ってきても納品出来ないとも注意書きとして書き足されている。
逆に言えば豚肉の納品だけで手一杯になるぐらいは持ち込まれるという事であろう。
「ご丁寧に納品した時の額まで記載されてるよ」
豚肉、百グラム銅貨三十枚。
美味しい豚肉、百グラム銀貨一枚。
希少な豚肉、百グラム銀貨五枚。
と、なっておりかなり金になる。
因みにホーンラビットダンジョンでドロップする肉の値段は、
肉、百グラム銅貨五枚。
獣肉、百グラム銅貨二十枚。
希少肉、百グラム銅貨五十枚。
になっており、しかもドロップ量が豚肉よりかなり少ない為、大金を稼ぐのは難しい。
アストは背負っていた黒革のリュックにはおおよそ百キロの豚肉が詰まっている。
金貨三枚分にはなるであろう。
一軒家の購入資金は金貨千枚を予定している為、まる一年休まずに通い詰めれば溜まる計算になる。
(しかもこれボスドロップとか抜きの雑魚ドロップだけの戦果なんだよね)
二階層分のみで稼いだもので、最下層まで行きボスを倒したら幾らになるのか期待に胸が膨らむ。
もっと言えば美味しい豚肉や希少な豚肉も溜まっていくのでそれらを売ることにすれば更に稼げる。
ハズレ枠である農具シリーズもそこそこ落ちるのでそれらも頃合いを見て商人とかに売れば小銭稼ぎにもなる。
「ドロップした物全部金になるダンジョンだなぁ〜」
Dランク冒険者達が入り浸る理由も分かる結果になった。
アストは早速出張所に入り、豚肉を納品した。




