046 オークダンジョン
ロイシェンの街から山を一つ越えた先にある山の麓。
そこにはオークダンジョンがあり、アストは早朝に駆け足で走り続け、昼前に辿り着く。
「わあ、本当に宿場町みたいなのがある」
オークダンジョンからは豚肉がドロップする。
その肉は非常に美味く、高く取引される。
その為、Dランク冒険者にとっての稼ぎ場になっており、毎日百人以上の冒険者が通い続けた結果、宿が建ち、料理屋が建ち、商人が商売を始めた。
冒険者ギルドの出張所も設置されており、ここでドロップ品を納品出来る。
そして納品した品は、定期便の馬車がロイシェンの街に運ぶ。
その馬車の護衛依頼などは小銭程度しか得られないが、頻繁にオークダンジョンに通う冒険者が受けて損のある依頼では無い為、非常に人気ある依頼だ。
アストはそういう依頼を受けることなく、普通に突っ走ってきた。
ああいう依頼は前もって受注しなければならず、冒険者ギルドには納品する時ぐらいしか行かないアストがその存在を知るわけがなかった。
「取り敢えず、お金稼ぎとレベル上げだね」
ハフの一件でお金が底をつきそうであり、レベルとて18とDランク冒険者の平均より二つも低い。
そういう訳で、需要が尽きない豚肉を集めつつ、経験値稼ぎする為にオークダンジョンから攻略することにしたのだ。
「このリュックなら沢山運べるしね」
朝一に生産ギルドで作ってくれていた黒革のリュックを受け取りに行ったアストは頼もしそうにリュックを見つめる。
黒革装備一式に、黒革のリュック。
そして腰には鋼の剣と鋼の短剣。
おおよそ考えられるDランク冒険者の最上位装備であった。
そんな格好でほぼ冒険者しか居ない宿場町に足を踏み入れれば目立つのは必然。
そんな注目などなんのそのと、真っ直ぐにオークダンジョンの入口に向かう。
彼の頭にはダンジョンのことしか無い。
(みんな、パーティーを組んでるんだ)
入口付近には冒険者達が集まっており、誰もが数人で固まっている。
アストみたいにソロで活動する冒険者は数えるぐらいしか居ない。
ブルタとおおよそ互角の実力者達がパーティーを組み挑む。
それはすなわちダンジョンの難易度の高さを如実に表していた。
「おい、あんた。一人か? ここのオークはタフで力も強い。悪いことは言わねぇ。パーティーを組んだ方がいい」
てっきりアストに忠告してくれる親切な人だと思ったが、実際は少し離れた場所に一人で不安そうに立っていた十代の冒険者に話し掛けていただけであった。
「こんにちは〜。僕も今日初めて潜るんですが、何かアドバイスはありますか?」
少し寂しくなり、自分から話し掛けにいくかまってちゃんのアスト。
アストが話し掛けてきたことに驚いた様子を見せた親切な冒険者は直ぐに困った顔を浮かべる。
「勘弁してくだせぇ。ブルタの兄貴に勝つようなお方に忠告なんて野暮でしょう?」
「……もしかしてあの場に居ました?」
「居やしたぜ」
ブルタとゴブリンダンジョンから出てきた時に居た冒険者の一人のようだ。
「ブルタの兄貴は確かにレベルこそ低いがその分経験豊富で、面倒見も良かったんでさ」
長年Dランク冒険者として活動していたブルタは顔が広い。
そんな彼にお世話になった者は少なくないのだ。
「そっか……慕われていたんですね」
「へい。あんなことになっちまって、ブルタの兄貴を知ってる奴はみんな後悔しやした。相談に乗るなり、パーティーに誘うなりすれば良かったと」
そんな彼の後悔の言葉に、周囲に居た冒険者の中からも同意するように頷く者が居る。
「少し聞いてもいいですか? どうしてブルタ氏はソロで活動していたんですか?」
「少し前……いや、数年前ぐらいに面倒を見ていた冒険者が王都でBランクに昇級したと風の噂で聞きやして、その時に組んでいたパーティーをいきなり抜けたんですよ」
今やAランクに昇級しやしたけど、と付け加える。
(才能……か)
ポンポン昇級していく後輩にブルタは自信を喪失してしまったのだろう。
そこから腐ってしまった。
「話をありがとうございます。今は手持ちが少ないから、これぐらいしか……」
「いやいや! 結構でさあ」
アストが取り出した銀貨を受け取らない冒険者の男性。
(くっ……やっぱり少ないか!)
金貨をばら撒く快感を知ってしまった今、たかが銀貨では少なすぎるのだろうとおかと違いの考えをする。
「あ、あの〜俺は?」
最初に話し掛けられた十代の少年は自分の存在が忘れ去られていることに困惑した。
「ご、ごめんね。邪魔したね。ばいばい」
アストは一刻もばら撒く為の資金も調達せねばとそそくさとその場を後にした。
残された者たちはアストの背中を見送った。
「あの子は良いんですか?」
同じ十代なのに自分とは大違いな対応をされた事で、少し不満げな表情で親切な冒険者に愚痴る。
親切な冒険者は苦笑しつつ、去っていったアストの背中を見る。
「あの人を同じDランク冒険者とは思わないことだな。お前さんも十分早く上がってきた方だ。だがな、“ようやく上がれた“のと、“おっ上がった“とじゃあ、わけが違ぇのさ」
Dランク冒険者は一端の冒険者として扱われ、色んな依頼が受注出来るようになる。
故に多くの冒険者の目標がDランクに上がることであり、それ以降は才能に左右されると考える者も少なくない。
「Eランクの頃を思い出せ。辛かったろ? 今度あの人に聞いてみろ。間違いなくこう言うぞ……“楽しかった“ってな」
「よく……分かんねぇっすよ」
親切な冒険者の言っていることにピンとこない少年。
そんな少年を回りに居た冒険者たちは暖かい目を向ける。
「いずれ分かる。嫌でもな」
散々な言われようのアストはなんの気負いもなくダンジョンに足を踏み入れて行った。
アストはオークダンジョンに入って早々に他のダンジョンとの違いを感じ取っていた。
ゴブリンダンジョンなどのFランクのダンジョンは数人が横に広がれば、まともな戦闘が出来なくなるほどの広さだ。
だが、オークダンジョンはパーティーで戦闘しても問題無いぐらい横幅が広く、天井も高い。
「確かにこれならパーティーを組む方が賢いね」
稼ぎという点では大きなマイナスになるが、安全面という点では補って余りあるほどのプラスだろう。
そして日に百名以上もの冒険者が足を踏み入れているというのに、歩いて十分近く経っても冒険者には遭遇しない広大さは今までのダンジョンとは規模が違うことを分からされる。
そして薄暗い洞穴の奥から熊の手や桑などのリーチの長い武器を軽々しく持ち歩く大きなシルエットがいくつも現れた。
アストは口元を少しだけ歪ませ、笑みを浮かべる。
「オークさんのお出ましだ」




