044 君も家族だ
「金貨千枚は入るよね?」
「どんな豪邸を探してんだよ。ロザリー、お前の借りている家を買うとしたらいくらぐらいだ?」
「う〜んっと、そうだな……毎月銀貨八十枚払っているから、金貨三百枚ぐらいか?」
「あ、あんなボロ屋が金貨三百枚!?」
「ボロ屋で悪かったな!!」
大体三十年程度の家賃で購入出来る物件のようだ。
(流石にもう少しまともな家の方が良いなぁ)
ロザリーに殴られたくない為、口には出さないが内心はグラムと同じ感想であった。
「あのなぁ〜一応、ここはご領主様が住んでいる街だぞ? この一帯で一番安全だし発展してんだよ。都市と言ってもいいレベルなんだぞ!」
都市と呼べるほど人口密度は高くはないが、街と言うには発展している。そんな微秒なラインにいるせいか、街と呼ぶ派と都市と呼ぶ派に分かれている。
ダンジョンが複数近くにある辺境ということもあり、王都との物流はそこまで盛んでなく、大抵はダンジョン産のドロップアイテムで賄っている。
その為、逆に言えば流通に頼らずに発展出来る強みがある。
それに冒険者の数だけなら王国一である。
「だから、物価は普通に高いんだよ。分かったか、この世間知らずが!」
「お前だって、どうせぽわぽわレベッカからの受け売りだろう?」
「ぐっ……そ、そんなこと、ないし」
二人の微笑ましいやり取りに和みながらアストはベンチに座って、足をぶらぶらさせてボーッとしていたハフの前にしゃがむ。
「ハフちゃん。少しお話があるんだ」
「う〜? なあに?」
少し仄暗い瞳がアストの目を真っ直ぐに見つめる。
痛ましいと思いながらも目を逸らさずにアストはハフの両手を優しく握る。
「少し唐突に聞こえるかもしれないけど……僕の本当の妹になってくれる?」
孤児院に預けるとか、今後のこととかよりも、アストは自分とハフの関係を明確にすることを優先にした。
アストにとって家族というのは何よりも強い繋がりを感じる関係だ。
前世は散々迷惑を掛けたというのに、家族は誰もがアストを……明日人を愛してくれた。
だから受けた愛を今度はアストがハフに注ぐ番だとふと思ったのだ。
アストの言っていることを数秒経ってから理解したのかハフは目をまん丸に見開く。
「い、いいの〜? ハフ、じゃまもの、だよ?」
ハフは母親に言われた言葉が深く心に突き刺さっていた。
アストは精一杯の優しい顔を浮かべ、首を横に振る。
「役に立つとか役に立たないとか、関係ないんだ。僕はね、ハフちゃんが大好きなんだ。だから、妹になって欲しい。僕の……家族になって欲しい」
これはひとつの覚悟。
この世界で決定的な繋がりを持つ決断をするアストなりの覚悟だ。
これまでとは違う。
好き勝手生きて、適当なタイミングで死ぬ。そんな自分勝手な生き方が出来なくなる。
ハフを妹として家族に向かいれるのは、この世界で真剣に生きるという決意でもある。
ハフの頬を涙がとめどなく流れる。
表情は無く、ただアストの顔を見てハフは泣く。
「僕の妹になってくれるかな? ハフちゃん」
「う、ん……うん……うん! う゛ん゛っ!!」
何度も何度も頷き、握られた手をぎゅっと握り返す。
この瞬間、アストとハフは家族になった。
泣き疲れ眠ったハフに膝枕をし、頭を撫でるアストは申し訳なさそうにグラム達に頭を下げた。
「ごめんね。もう少しだけ待ってくれる?」
「いくらだって待つさ。当たり前だろ?」
「アタシが急かすようなせっかちに見えんのか?」
「ありがとね」
アストはこの世界で一番大切なものを手に入れた。
やることも目指す先も変わらないが、それでも一切の繋がりがない異邦人ではない。
ハフの兄という一人の人間としてこの世界との繋がりが出来たのだ。
カチリとアストの中で、何かがかたちを得て固まった。
夢のような感覚が消え去り、しっかりとアストはこの世界をひとつの現実として捉えられるようになった。
「ご立派な教会だね」
アストの手を握り、横を歩くハフには事情を話してある。
歳の割に聡い彼女はアストの提案を受け入れてくれた。
グラムとロザリーに案内されたのは貧民街と繁華街の間に建てられた教会であった。
外壁には細かいヒビとかが走ってはいるが、全体的に綺麗な状態に保たれていた。
「月に一回はみんなで壁を綺麗にするからな」
ロザリーは少し誇らしそうに言う。
「成人してからは初めて来たが相変わらず変わらないな〜」
グラムは懐かしむように目を細める。
「ハフ、これからここにすむの?」
「そうだよ。しばらくはここに住んで、僕がお家を買ったら一緒に住もうね」
「うんっ!」
買うと言っても、一、二ヶ月で買えるほど安い買い物では無いだろう。
暫くはハフにとっての家になるのだ。
アストは残っていたお金の大半を食材に変えて、リュックの中にありったけの夢と一緒に詰め込んでいる。
この孤児院にはアファステーゼ神に祈りを捧げる本堂もあり、そこに通う人達から食材とかを分けてもらっていると聞き、急遽買い集めてきたものだ。
(ダンジョンドロップの食材とかは定期的に寄付しよう)
【インベントリ】に入れとけば腐らないが、使い道があるなら使うべきだと判断した結果だ。
「じゃ、行くぞ」
「おっす!」
「おっすぅ〜」
「か、かわいいぃ……」
アストなりの返事をしたら、ハフが真似る。
それでアストがだらしない表情になる。
既に骨抜きにされているご様子。
「ほら、さっさと行くぞ。この時間は夕食時だからな」
なんだかんだ時間は過ぎて、夕暮れときである。
このままハフはここに泊まることになるだろうし、教会の人が一堂に会する夕食時に紹介しておきたいという話になったのだ。
本堂に隣接する広い食堂では幾つもの長テーブルが並んでおり、そこに小さな子供たちが等間隔に座り祈りを捧げていた。
イメージとしては某丸メガネの少年が通う魔法学校の講堂である。
最奥の椅子には初老の神父と修道女が座っており、神父から聖句が唱えられていた。
アスト達はそれを隅っこで終わるまで黙って待つ。
ふとグラムとロザリーの様子を見やると、二人とも目を瞑り口をパクパクさせている。
どうやら口癖になるほど繰り返し行われた行事のようだ。
ハフも真似て口をパクパクさせているが、本人からしたらなんの意味があるのか分からないだろう。
金魚とかが餌を貰うために口をパクパクさせているようにも見えて、餌付けしたくなる可愛らしさにアストはメロメロである。
(もしかしたらアファステーゼ様? が僕をこの世界に招いてくれたのかも知れないね……ありがとうございます)
アストも簡素にだが、しっかりと気持ちを込めて祈りを捧げた。
だが、アストは祈った結果に違和感を感じた。
(なんだろ。な〜んか、変な感じ)
上手く表現出来ないが、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けている感覚に似ているとアストは感じた。




