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043 天使の涙

「おにいちゃーん!」

「ハフちゃん!」


胸元に飛び込んてきたハフをアストは優しく受け止める。


「久しぶり〜」

「うんっ!」


先程までの疲れなど消し飛んだアストは今日一の笑顔を浮かべる。


地面に下ろしたハフは、アストの腕にぶら下がるように抱き締め、上目遣いでアストを見上げる。


「あのねっ。おかあさんといっしょなのー!」

「えっ! ……あっ、ど、どうもっす」


ハフに遅れて近付いてきた女性にアストは頭を下げる。


「あ、あれは……」

「どうしたんだよ、ロザリー」

「いや。多分気のせい」


アストの背後で何か引っかかるロザリーに、グラムは少し真剣なトーンで声を掛ける。


先程までの気まずさなど感じさせないやり取りである。


アストは顔を上げハフの母親を視界に入れてそこで硬直した。


「こんばんわ。お金くれるひと?」

「あ、あの……」


ボロボロのワンビースとボロボロの靴。


そしてガリガリの体型。


目は瞳孔が開いており、焦点が定まらない。


どう見ても普通ではなかった。


「おかあさん! いまは、おひるだよ? こんにちわ! がせいかいっ」


そんな母親の様子にも慣れているのか、ニコニコと話すハフ。


「ねぇ。お金欲しい? お金なら沢山くれたらお金あげるね? そうしたら貴方は嬉しいわよね? ねぇ、ねぇ〜?」


支離滅裂な事を言う母親の様子を、ハフは一瞬だけ辛そうな表情を浮かべ直ぐにニコニコしだす。アストはそんなハフの表情を見逃さなかった。


「おかあさん。だめだよ。おにいちゃんをこまらせちゃ」


そう言って、アストに詰めよろうとした母親の胴に抱き着き押し止める。


「な、なによっ、あ、あんた! さっきから鬱陶しいわねっ!! あっち行ってなさい!」

「おかあさん……」


いきなり豹変した母親に、泣き出しそうになったハフはボロボロの裾をギュッと握って堪える。


思えばあれほどの大金とも呼べる額をアストはハフに贈っていた筈なのに、彼女の格好も母親の格好もボロボロのままだ。


「おにいちゃん。おかねをかしてください。ハフがおおきくなったらがんばってはたらいて、かえすからおかねをかしてください」


アストに向かって頭を下げるハフ。


そこには異常な母親のために尽くす献身的な少女が居た。


「あげます! 全部あげますから!」

「おはようね。ありがとうね。……ふひひ……また、気持ちなれるねぇ……楽しくなれるねぇ……ふひ、ふひひひ、あひゃひゃひゃひゃ! あ、その子ね、その子邪魔だから、あ、あげるねぇ〜うひひっ」


アストから手渡された金貨が詰まった皮袋を赤ん坊のように抱きながら、狂ったように笑い母親はそのままくるりと回り、アスト達から遠ざかっていく。


それを見送って、アストは膝をつきハフを抱き締める。


「おにいちゃん……いたいよ」

「……うん」

「おむねがね、いたいの……」

「うん! ごめんね! 気付いて上げられなくて! ごめん、ごめんね!」


アストの胸に顔を押し付けて震えるハフ。


アストに出来ることは唯、ハフを抱き締めることだけだった。


いきなりの事に、アストだけでなくグラムとロザリーも混乱する。


でも、明確に分かったことがある。


ハフの母親はどうしようもなく壊れてしまったのだと。


料理店を離れ、近くの屋台で肉を焼いた串を購入しハフに与える。


持っている金貨は全てあげたが、配る用の銀貨は残っていたのだ。


ベンチに座り、美味しそうに肉串を頬張るハフをアストは悲しそうな表情で見つめる。


「あの母親さ、多分クスリやってる」

「……詳しく聞いてもいい?」


ロザリーがハフに聞こえないように耳打ちした言葉にアストは聞き返した。


ロザリー曰く、非合法なクスリを調合する薬師というのは居る。


薬師に弟子入りする時に、師匠から絶対に作ってはいけない物の中に麻薬のような人を壊してしまう薬があったと言う。


貧困街ならそういう物が出回るのにはうってつけの場所である。


「最初は少額で買えるけど、どんどん値段がつり上がって……最後には身体を売ったり犯罪に手を染めさせるように誘導するんだって」

「そんな事をしてなんの意味が……」


ロザリーの説明にグラムはやるせないように言葉を吐く。


「アタシにだって知らないよ……師匠に聞きかじったことだし」

「そうだね。理由なんてどうであれ、もうどうしようも無いよ。それより、ハフちゃんをどうするか考えたいな」


アストはハフの母親の行動のおおよその理由を知った。


そして、強い怒りと激しい悲しみを抱いた。


父親が早くに亡くなりそれで女手一つでハフを育てるしかない。心労が積もりクスリに手を出してしまった。それには同情する。


でも、それでも、ハフの為に、だった一人の娘の為に踏ん張って欲しかった。


家族仲に恵まれ、何不自由のない人生を送ってきたアストとは境遇が違いすぎるのは分かっている。


でも、それでも、やはりやるせない気持ちで胸がいっぱいになる。


「アストが引き取るという選択肢はあるのか?」

「もちろん。責任の一旦は僕にもあると思う」


グラムの質問に、アストはそう答える。


アストが会う度にハフに金貨を渡していたからこそ、ハフの母親の状態がさらに悪化した可能性は十分に考えられる。


更に言えば、ハフの服装が変わらずボロボロだという点にもっと疑問を抱いていたのなら、結末は変わっていたのかもしれない。


(結局、僕は上っ面だけ見ていて、本当の意味であの子の事を見ていなかったんだ。……自分にも心底腹が立つよ)


だから責任を背負うのは自分の役目だと考える。


「だけど、あんちゃん。お金全部渡しちまったんだろ? 生活費はどうするんだよ」

「冒険者だからね。ダンジョンに潜るなり依頼を受けるなりして稼ぐよ」


Dランク冒険者になったアストならより大金を稼ぎやすい。


「と、言っても時間は掛かるし、ハフちゃんの傍にも居られない時間が多くなる。そこが心配なんだよね」

「ハフの母親を悪く言いたくないが、お金が無くなったら探しに来そうじゃないか?」

「あの大金でもいつかは使い潰すだろうしな」


ハフの母親は大金を得た今、お金を稼ぐ手段を考える必要は無い。


だがそのお金が尽きれば、お金を稼ぐ手段を探すだろう。


その時に、ハフを思い出しお金を無心しに来るぐらいならいいが、ハフを取り返し利用しようとする可能性もある。


そういう理由もあり、出来る限りハフを一人にすることを避けたい。


「なら、俺たちの育った孤児院で預かってもらうのはどうだ?」

「あ〜、そっか。ウチの孤児院は孤児以外にもたまに子供を預かったりしてたもんな」


(保育園みたいな場所かな?)


仕事に忙しい親が半日ほど子供を預けることも多いと言う。


もちろん無償という訳にはいかないが、ある程度のお布施をすれば誰でも子供を預けられる。


その時は年長者の子供たちが面倒を見るのが通例になっている。


「お願い出来る? 出来る限り早くお金を稼いで一軒家を買うからさ」

「サラッと一軒家買おうとしているぞ、コイツ」

「まあ、あんちゃんの暴れっぷりを見た身としては驚かないかな」


グラムはジト目をアストに向け、ロザリーはダンジョンでのアストと無双っぷりを思い出し苦笑する。

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