042 就職難?
「お陰で採取はクソ楽だったし、懐も潤ったしで大助かりだ。本当にありがとうな」
軽く頭を下げるロザリーにアストは忘れていたことを申し訳なく思いつつ照れる。
二人の事情を察したグラムはヤンデレ化を解き納得した様子。
「あちゃ〜僕がみんなの名前を聞いてればもっとスムーズにことが進んでたのに。ごめんね」
「しょうがないだろうよ。聞いたところによると百人超えてたんだろ? 覚えろという方が無茶って話だ」
アストはもっと気を配っていればと反省するが、グラムがそれを慰める。
二人の思っていたより親しい距離感にロザリーは驚く。
「アストのあんちゃんをグラムが連れてきたことにも驚いたが、そんなに仲が良いとは知らなかったぞ」
「僕達友達だもんね」
「お、おう……」
アストの邪気のない言葉にグラムは少し照れながら頷く。
「そんな仲良しのお二人がアタシに何の用だよ……てか、どーして家が分かったんだ?」
教えて無いんだけど、とテーブルに頬杖しながらジト目で二人を睨むロザリーの疑問に、今更だがどう答えれば良いか困る二人。
「と、取り敢えずお腹が空いてるからさ、僕の奢りで美味しいお店に行こうよ」
「行く!」
「そ、そうだな。そうしよう」
食い気味のロザリーと、言い訳の時間稼ぎが出来ると同意を見せるグラム。
三人は店を出て、ロザリーが一度は入ってみたかったと言う料理店に入店する。
そこでは豚肉を使った料理をメインに添えたラインナップであり、あまり食事にこだわりのないアストは取り敢えずオススメを頼み、ロザリーとグラムは隣り合って座りあーでもないこーでもないとメニュー表とにらめっこしていた。
店員は苦笑しつつ待つ。
ごめんね、とアストは銀貨を店員に握らせ笑顔にさせることに成功する。
最早、お金をあげる動作に淀みがない。
そんなことにも気付かず、和気藹々と二人は食べたい物を提示してはこっちの方がと熱い議論を続けた。
料理が決まったのはそれから十分後であった。
その間に、アストが何枚銀貨を店員に握らせたかは秘密である。
「美味いね」
「はぐふぐ」
「もぐもぐ」
(聞いてないし)
野生児に戻ったグラム達を微笑ましそうに眺めつつ、のんびりと豚肉の料理を楽しむアスト。
食事がひと段落したところでグラムがある程度ぼやかした説明をロザリーにする。
「そっか……心配させちまったみたいだな」
やましいことなど何一つないし、夜のお店にも行っていないことにしたグラムは額の汗を拭う。
ロザリーは少しだけバツの悪そうな表情を浮かべグラムに頭を下げる。
「心配させてごめん」
「いや、無事でよかった。でも、どうして花屋じゃなくて薬師見習いになってるんだ?」
ここは口を出す立場ではないと察し、アストは背景に徹する。
グラムの疑問に、ロザリーは少しだけ顔を赤らめつつボソリと言葉を零す。
「……つ……ち……た」
「ん? ごめん。聞こえなかった。もう一度頼む」
ロザリーは顔を真っ赤にし、叫ぶ。
「面接に落ちたのー!」
「えーっ!? って、ほかの花屋もあったろ? そんな一件ぐらいで……」
「全部落ちたの! どこも個人経営ばっかで、雇うとしても親戚とか知り合い最優先だし。縁もゆかりも無いアタシなんかを雇う余地なんか無いんだよ!」
「せ、世知辛い」
背景に徹せられずつい言葉を零してしまう。
「ましてや、花屋の仕事なんて専門知識の店長と力仕事が出来るステ振りをしている作業員が一人居れば事足りるし、雇うのも数年に一人あるかないかだし……こんな食える雑草ぐらいしか知らない小娘を雇うような奴は居ないよ」
ズーンと沈んだように机に突っ伏すロザリーに、グラムは何を言ってやればいいか分からずに慌てている。
何事か店員が見に来たので、銀貨を握らせて謝るアスト。
「そんな時に、レベッカに会ってね。一緒に薬師やらない? って、誘ってくれたんだよ」
「レベッカが? あの、いつもぽわぽわしてたアイツが?」
「そうだよ。アタシたちの中で一番心配されてたぽわぽわレベッカだよ。世間に出て一番頼りになったのはぽわぽわレベッカだよ!」
どうやらぽわぽわレベッカというのは、一緒の孤児院で育った女の子のよう。
「知ってる? ぽわぽわレベッカもう彼氏居るんだよ」
「か、彼氏!? そんなに進んでたのかよ……」
「この前一緒に居るどこチラッと見たけど、男の方がゾッコンだった。パン屋の息子だって」
同年代で一番ちゃっかりしていたのは一番ぽわぽわしていた女の子だったことにグラムは驚きが隠せない。
「……ははっ。女って怖ぇ……」
「アタシは女だけど、同じ感想だよ」
毎日を精一杯生きるのに手一杯のグラムと、花屋に就職出来ずに途方に暮れていたロザリー。
同じスタートの筈なのに、ロザリーに救いの手を差し伸べ、彼氏すら作れる余裕があるぽわぽわレベッカ。
「待って。もしかしてそのぽわぽわレベッカ嬢も薬師ーズに居た?」
「居たぞ。まあ、あんちゃんとは一言も話してはいないと思うぞ。アタシの隣りにいつも居たし」
「あ、そうなんだ」
アストは一番仲良くなった薬師じゃなかった事に何故かホッとする。
(そもそも、ぽわぽわというより……なんだろ? 自然と一体化しているような……むむ、上手く表現出来ぬ)
何故か、その薬師の顔を思え出せず輪郭だけしか記憶に残っていなかった為、本人の印象を明確に例えられない。
「そんな訳で、アタシはいずれ自分の花屋を開く為の資金が貯まるまで薬師として生計を立てることにしたんだ」
「そうか。なるほどな。でも、そうならそうと素直に言ってくれれば力になれたのに」
水臭いと言わんばかりのグラムに、ロザリーは恥ずかしそうに言う。
「い、言えるわけねぇーだろ! アンタが鍛冶師になる為毎日頑張ってるのは知ってたのに……そんな時にアタシが困っていると分かったら、絶対にアタシを優先するだろ?」
「当たり前だろ? 俺はお前の為ならなんだってやるぞ!」
「ばっ……!? うぅっ……」
グラムの男前過ぎる発言に、ロザリーは顔を真っ赤にし俯くことしか出来なかった。
「ど、どーして?」
ロザリーは上目遣いでグラムを見つめる。
(か、完全に恋する乙女じゃないですかー!)
あまりにも分かりやすい反応をするロザリーにアストは何とも言えない気まずさを感じていた。
(そういう質問は二人きりの時に言って欲しいかな!)
少なくとも第三者が大勢居る場所で言うことでは無い。
恋愛波動を探知した店員さんを銀貨で撃退したアストは事の顛末を見守る。
そんなロザリーは最早他人どころかアストの存在すら消え、グラムしか目に入っていない。
ラブ乙女になったロザリーの質問にグラムは優しい笑顔で答えた。
「お前は俺にとって“妹“みたいなものだからな。兄として出来ることはなんでもやるのが家族だろ?」
「…………」
「あちゃ〜」
グラムは決まったと言わんばかりにキメ顔をそのままロザリーに向けるが、当の本人は凍り付いていた。
そしてラブ乙女ロザリーは鉄仮面ロザリーへとモードチェンジ。
アストもやってしまったかと顔を手で覆う。
(両想いなのに! わかりやすいぐらい両想いなのに! グラム君がチキリやがった!)
しかも恐らく無意識で。
本人からしたらこれ以上ないぐらいの告白モドキなのだろう。
だが、ロザリーからしたら女としてでは無く、妹として見ているという遠回しの拒絶にも聞こえた筈だ。
(恐らく、グラム君はロザリー嬢の好意に気付いてない。そして、自分の想いがロザリー嬢の幸せの妨げにならないように無意識に本音を隠したんだ)
何とも不器用で、なんて優しい男だろうか。
ロザリーに想い人が居たのなら、確かにグラムのその行動はとても紳士的だ。
だが、自身の想いを告げることが苦手であろうロザリーからしたら、とてつもなく辛い対応とも言えた。
ロザリーが素直になるか、グラムがもっとダイレクトに想いを告げるかしない限り、これ以上の進展は望めないだろう。
「アタシはアンタのことなんか、いっっっちども! お兄ちゃんなんて思ったことないけどな!! むしろ、そういうことならアストのあんちゃんの方が適任だし! 強いし、お金も持ってるしアンタより優しいし!」
「なっ!?」
ぐはっ! と、グラムは致命傷を受けたように胸を抑える。
その後は、つんつんするロザリーと、落ち込むグラムを連れて店を出るアストは疲れたような顔を浮かべていた。
「あ! おにいちゃんだ!」
そんなアストに小さな天使が舞い降りた。




