037 鍛冶師見習いの手伝い
翌日、いつもお世話になっている宿のベッドで目を覚ましたアストはEランクダンジョンに行きたい気持ちを抑えて、約束通り鍛冶師見習いであるグラムの手伝いをすることにする。
彼は街での情報収集になるだろうからと、鎧などの装備品を宿に置いていく。
【インベントリ】に収納しておくことも考えたが万が一部屋に入られて、もぬけの殻だった場合に疑われることを避ける為だ。
万が一盗まれても、前日のエンドレス周回で密かにドロップした黒革装備一式を【インベントリ】に収納しているので問題ない。
なので、鋼の剣のみを腰にぶら下げ宿を後にする。
今回はどれぐらいかかるか分からない為、一週間分の宿代を前もって支払い、部屋にも立ち入らないようにお願いもしている。
グラムから聞いていた勤め先に赴く。
生産ギルドに黒皮を納品して以来の職人通りを歩く。
黒革のリュックは作るのにもう少し時間が掛かると言われているので、グラムの手伝いを終えたぐらいで受け取りに行くのには丁度良いだろう。
「おすおーす! グラム君居ますか?」
「おお!? あんた噂の冒険者だよな? グラムなら雑用しているからちょっと待ってな」
「あーい」
工房主の男性は思っていたよりフレンドリーに接してくれた。
どうやら最近、大量のインゴットを納めていた冒険者の容姿が知れ渡っていたようで、アストのことをすぐに看破した。
「アスト! どうしたんだよ?」
「手伝いに来たよ」
「いや、今は仕事中だから……」
「グラム。飯まだだったよな? 丁度いいから飯休憩にしろ」
「わ、分かりました親方」
飯代を貰ったグラムと一緒に近くの料理屋に入り早めの昼飯にする。
「いきなり押しかけてごめんね?」
前世ならメールのひとつでも送れば良かったが、この世界での連絡手段が手紙である以上こうなる。
それを知っているし、職場を教えたのも自分なのだから気にしてないように首を振る。
「こっちこそ手伝ってもらうんだ。ありがたいよ」
「仕事は何時上がりなの?」
「お前のお陰でかなり素材採取が楽になったからな。お願いすれば午後には空くと思うぜ」
「なんなら掃除や雑用を手伝うよ」
異世界での鍛冶場がどういう風な作りなのか気になるアストはそう申し出るがグラムは断る。
「有難いが、一応門外不出の製法とかあるからな、工房には直弟子でもなけりゃ入れないよ」
「グラムは直弟子ということ?」
「一応見習いだが直弟子だな」
まだ成人して間もないのに既に立派に働いているグラムに関心するアスト。
(同じぐらいの頃は……うん、ゲームばっかやってた。いや、この世界に来る直前も同じ生活をしてたっけ)
何年も変わらずに同じ生活をしていた自分に苦笑してしまう。
今ではゲームのような異世界で冒険者をやっているんだから人生は分からない。
「そっか。なら、少しお店とかを冷やかして時間を潰すことにするよ」
「そうしてくれると助かる」
食事を素早く済ませたグラムは先に仕事に戻り、アストはのんびりと食事を楽しむことにした。
昼過ぎになり、グラムと共に街での聞き込みに繰り出す。
グラムが幼なじみの容姿や名前を伝え、アストが銀貨を支払うことで街ゆく人達は快く情報を提供してくれた。
「悪い。かなり金を使っただろ?」
「気にしないの。言い方は悪いけどお金はかなり有るからね」
「必ず恩に報いるからもうしばらく待ってくれよ」
「ゆっくり待つから慌てずにね」
義理堅いグラムだからこそ、アストは力になりたいと思えるのだ。
以前グラムが聞き込みをした時は、対価が無かったからかあまり立ち止まってくれる人は居なかった。
だが、今回手間賃を渡してやれば立ち止まってくれる人は大勢居る。
なんだかなぁ、と思いつつも聞き込みを続行する。
アストに関しては、人にお金を配るのが癖になりつつあった。
(お金持ちがお金を配る気持ちが少し分かったよ)
お金を渡した時はみんな笑顔になるのだ。
もちろん、中には当然の支払いだと仏頂面の人もいるが内心は喜んでいるのは確かだろう。
そういう個々の反応を見るのが楽しかったりする。
もしこの世界にSNSがあったら、金貨十枚を抽選で一人様にプレゼント企画を乱立させていたところだ。
もちろん、フォローとイイネとリツイートは義務です。幸福は義務なんです。
結局、夕暮れときまで聞き込みをしたが結果は芳しくなかった。
「しょうがないか……別に目立つような容姿でもないし」
幼なじみのロザリーは至って普通の女の子らしく、似た特徴を持つ女性は沢山いる。
ついでにロザリーという名前もそんなに珍しくない。
なので得られていくのは別人のロザリーの情報ばかり。
グラムは付き合ってくれたアストに頭を下げる。
「一日無駄にしたよな。ごめん」
「何言ってるの? まだこれからだよ。明日はどう?」
微塵も気にしないアストの懐の広さに感謝しつつ、翌日は休みだと告げ解散する。
翌日、早朝からアストとグラムは聞き込みを開始した。
「金、大丈夫か?」
1日経って色々思うこともあったのだろう。
しきりにアストの懐具合を心配するグラム。
いずれは満額返すつもりだが、それでも無制限に借りていいものでは無い。
そんな思いがグラムの表情を険しくする。
生真面目な彼の質問に苦笑しつつ、アストは懐から革袋を取り出し彼に放る。
「わっ! なにすんだよ……って、これ!?」
「それがあと何袋かあるぜぇ?」
「はぁ……わかったよ。変に心配して損した」
銀貨が詰まった革袋をアストに返す。
昨日の帰りに、商人ギルドで両替してもらったものだ。
手数料と革袋分を取られたが微々たるものであった。
一袋銀貨百枚入りが十袋ある。
それを差し引いても、金貨は四十枚以上残っているのだから気にするだけ無駄であった。
普通の冒険者なら稼ぎの大半は装備品の購入やメンテナンスで消えるが、アストの装備品は全てドロップ産であり、同じ品質のモノを揃えられるという強みがある。
消耗したら新しいのに切り替えたらいいじゃない。
そんな言葉が脳裏によぎる。
そんな訳で、アストに関してはお金の使い道が宿に泊まる。飯を食う。……以上! というぐらい使い道がないのだ。
大人のお店に行く度胸もなければ、ギャンブルには興味がなく、お酒も苦手ときた。
本などを買おうにも、ライトノベルか漫画しか読まない為、買う気がおきない。
暇ならダンジョンに潜れば暇が潰せると本気で考えているのだから娯楽をわざわざ探す必要もない。
ある意味、無敵の人であった。




