026 ホーンラビットダンジョン
アストは心機一転として、一足先にホーンラビットダンジョンに潜ることに決めた。
これからコボルトダンジョンの方が賑わいそうだと判断したのだ。
ギルドマスターが新たに貼り出した護衛依頼は既に話題の的である。
「確かホーンラビットダンジョンは一番Eランク冒険者が居るんだよね」
ゴブリンダンジョンと同じく草原のど真ん中に生えたように存在する横穴がホーンラビットダンジョンの入口である。
「おー本当に賑わっておるぞ〜」
遠目からも、入口には皮鎧を身に付けた冒険者や、装備品が弓のみの冒険者など、装備が整っていない者たちばかりである。
皮鎧は革鎧と違い、加工されておらず、野性味が出ている。
性能についての詳細は分からないが、アストの黒革装備より良いものでは無いだろう。
「パッと見て、僕みたいにドロップ装備の人は居ないね〜」
恐らく、全員が鍛冶屋などで買い揃えた中古品ばかりだろう。
表面が傷んでたり、大きな切り傷を糸で縫合しているのが伺える。
そんな駆け出し冒険者たちの元に、黒革装備のアストが近付いてくるのだから、注目の的である。
「こんにちは〜! ……では〜」
そのまま横をすり抜けてダンジョンに突入しようとしたアストを止めようとする連中が現れる。
「待てよ。ここを通りたいなら通行料を払え」
「幾らですか?」
「金貨一枚だ」
「ほい」
「は?」
ニヤニヤしていた若い冒険者の手のひらに金貨を一枚落とすと、素っ頓狂な声を上げる。
「それではお先に〜」
今度は誰も止める者はいなかった。
コボルトダンジョンで毎週金貨十枚以上稼ぐものだから、金貨一枚程度痛くも痒くもなかった。
「でも、それはやめた方がいいと思うなー」
少し進んだところで立ち止まり、アストは彼らに警告をする。
「僕は別にいいけど、他の冒険者にせびったら……不愉快だからね」
半目のアストはさらに目を細め、金をせびった冒険者たちを睨みつけたりせずただ見つめる。
その瞳はあまりにも暗く、見つめられた冒険者たちは震えて何も言えない。
「さいなら〜」
レベル17とは言え、【天賦の才】持ちの彼は既にDランク冒険者に匹敵する強さがある。
そんなアストに威圧されたら、駆け出し程度ではひとたまりもない。
彼が立ち去った後には、重たい空気だけが残った。
アストは別に正義の為にやった訳では無い。
唯、不平等や不公平、理不尽が嫌いなだけだ。
これに尽きる。
それで十分なのだ。
その為なら、脅しの一つでもして良いのかもしれないと考えるほど。
「それにしても、ゴブリンダンジョンより野性味溢れてるね」
アストは気分を切り替えるようにダンジョン内をうろちょろする。
「こんにちは」
「おっす。何をしてるんですか?」
「薬草採取ですよ」
「へ〜」
「あ、それはただの雑草です」
違いがあるとすれば、所々に草が生えている事だろう。
そういう場所で薬師の人があくせくと薬草を摘み取っていた。
「これで何を作るんですか」
「あなたが手に持っている雑草で作れるのはせいぜい苦いスープぐらいですよ」
「じゃあ、こっちは?」
「お尻を拭くのに使える葉っぱですよ」
「ポーションは作らない?」
「それならコチラですよ」
草が生えているだけなのに、何故か大きめな葉っぱなども混じっているという訳の分からない群生地である。
薬師の人が持っている薬草と、アストが持っている雑草を見比べるが、よく分からなかったようだ。
「見分けるには、【最下級薬術】のスキルが必要ですよ」
「どうすれば手に入ります?」
「毎日採取して一年ぐらいあれば」
「ふっ……邪魔しましたね。これお礼です」
「多すぎますが、貰っておきますね」
流石に採取一筋で一年も費やせないという考えに至り、薬師の人に金貨を一枚渡し離れる。
アストの金銭感覚が行方不明である。
「おおっ。角が生えた普通の兎だ」
飛びかかってきたので、鷲掴みにして握りつぶしてみる。
「ギュッ」
「これ、ドロップ品はどうなるんだろう」
手の中で白い光の粒子に変わっていくホーンラビットの亡骸を見て呟く。
「おおっ。これは便利かも……石鹸?」
【N】低品質な石鹸
[そこまで綺麗にはならない]
「ハズレ枠か〜」
そして次々襲いかかってくるホーンラビットたちを素手でしめていく。
次々にドロップ品が集まる。
【N】通常品質の石鹸
[手の汚れが落ちやすい]
【N】肉
[普通の肉]
【N】獣肉
[生臭い肉]
【N】上品質な石鹸
[ほのかに香る石鹸]
【N】 希少肉
[希少性の高い肉]
【N】最下級体力回復ポーション
[体力回復+500]
「こんなもんかな。雑魚ドロップは全部消耗品オンリーっぽい。なるほど、確かに一番人気になるよね」
アストは先日、酒場で食べたステーキはここからドロップしたお肉なのだと推測する。
「多分、ドロップ率も高めかな」
幸運値が千を超えるので、ドロップしない方が珍しいアストだが、遠目から見た他の冒険者たちも割とドロップしているようなので、元々ドロップしやすいようになっているのかもしれない。
「うぅ〜ん。どうしようか。ここじゃ人は多いし、ボスも多分消耗品タイプでしょ?」
自己強化に繋がらないダンジョンだと発覚して、少しやる気を無くす。
「取り敢えず、ボスを覗いてみよう」
そう判断し、五階まで降りる。




