025 幼なじみが怪しい
「俺には孤児院の頃からの幼なじみが居るんだ」
「孤児院出身なんだね」
アストの質問に頷く鍛冶師見習いの少年。
小さい頃から少年は幼なじみの女の子に片想いをしていた。
「互いに将来を語ったもんだよ。俺は鍛冶師。アイツはお花屋さんってさ」
でも、その幼なじみとは成人し、孤児院を出てから中々会えない日々を過ごしていた。
「久しぶりに会ったらさ、アイツなんか変なんだよ。花屋で働いてるって言うけど、そんな様子もないんだ」
「どうして分かるの?」
「そりゃあ、街にある花屋は全て回ったからだよ」
ストーカー気質な少年にアストは突っ込むべきか悩む。
「タイミングが悪い可能性は?」
「この前改めて聞いて回ったが、ロザリーという女の子が働いている花屋は見つからなかった」
「そっかー」
アストは少年の執着心にも驚くが、そのロザリーという幼なじみも何かきな臭く感じた。
(でも、違うよね? こっちの世界での花売りが同じ隠語として使われてたりは……)
流石にハフぐらい幼なければ変に勘ぐらないが、成人して間もない少女が花屋で働いていると言うが、実は働いていないという事実。
それはアストが嫌な汗をかくのに十分な憶測であった。
「それを僕に相談って、どうすれば?」
普通に考えて土地勘も知り合いも居ないアストに話したところでどうしようも無い。
だが、少年は困ったように言う。
「どうすればいいと思う? 追求するべきか、何も聞かないで接するべきか」
「なるほど、そういう相談なんだね」
別に幼なじみを探って欲しいとかではなく、どう接すれば良いのか悩んでいた。
それならアストでも相談に乗れなくもないだろう。
「そうだね……その子に困ってることは無いか聞くってのもアリかも? ほら、幼なじみだから顔を見れば分かるとか言えばごまかせるし」
「そっか! お前頭良いな!」
「まあ、ね?」
ドヤる彼を見て少年は微笑ましそうに零す。
「俺もお前ぐらい能天気に生きてられたらな」
「……喧嘩売られてない?」
その後は、相談してくれたお礼として、奢られてしまい申し訳なくなってしまう。お金だけなら同年代トップを独走しているのだから。
「これはあれだね。少し自分でも探ってみようかな」
念の為、念の為だからと面倒事に首を突っ込むことにしたアスト。
そして一番の懸念点であろう、大人の繁華街に足を踏み込む。
既に薄暗くなり労働者たちの帰宅ラッシュに巻き込まれつつ、やたら露出している衣装を来て店前で客引きをする若い女性や、男性にビクビク怯える。
だがこのままでは来た意味が無いと、覚悟を決めて同性の男性に話しかける。
「あの〜」
「ん? おや、これはお若い。どうしたのかな?」
透け透けな上に、胸元が大胆に見える衣装の男性は、人好きする笑顔をアストに向けた。
当然、美男子である。
「人を探してて、ロザリーという女の子が働いてませんか?」
「うちにかい? 悪いね。ここでは僕のような男性しか働いていないよ」
「ですよね〜。あ、これお礼です」
「気前が良いね。どうかな、少し休憩していかないか?」
「え、遠慮しときますぅ〜!」
下腹部に伸びてきた手にビビり散らかしながら退散するアスト。
「うそうそ! 今度は普通に呑みに来なよ〜」
そう言っておっとりと手を振る男性の様子からして、からかわれたのだと分かった。
「やっぱり女性に声を掛けないといけないのか〜」
人生であれほど扇情的な格好をしている女性と会話したことの無いアストは、ついチキって男性に話しかけたのだ。
女性のことなら女性に聞くのが早いのは分かっているのだが、話しかけたら最後、店に連れ込まれそうで不安になる。
やめればいいのに、変なノルマを自分に課すと逃げられないのがゲーマーの性である。
(一人話しかけよう。それで何の手掛かりもなければ帰ろう)
意を決して若い女性に話しかける事にする。
大学生ぐらいの女性で、胸に立派なモノをお持ちである。
「あら〜? ボクちゃんどうちまちた〜?」
ポヨンと跳ねるおむね様にたじろぎながら、何とか声を絞り出す。
「あ、その……ロ、ロザリーという女の子が働いておりませんか?」
「ざ〜んねん。私じゃお眼鏡に叶わなかったか〜」
「そ、そんな事ないっす。凄く魅力的っすよ!」
「なんか言わせたみたいで〜ごめんね〜?」
そう言ってアストは優しくおむね様に抱き締められてしまう。
「っ!?」
(こ、呼吸が出来ませんけど!?)
柔らかいという思いより、呼吸出来ないことにパニックになるアスト。
「っと、ごめんね〜君があまりにも可愛かったから〜つい」
「ふぅ……ふぅ……も、もんだいないっす」
既にSAN値が無くなりそうなアストは膝をガクガクさせながら、懐から金貨を取り出す。
先程の男性には銀貨一枚だったが、人によってはある意味ご褒美を貰ったのだからこれぐらいは支払わないと言う気持ちがある。
そう、アストは混乱して思考が纏まっていないのだ。
いきなり金貨を払わないといけないという思考に支配されている。
「あら〜お客さんだったのね? ほら、いらっしゃい」
だが、それはおむね様による勘違いにより、腕を抱き締められ店に引きずり込まれそうになって、ようやく混乱が解ける。
「し、失礼しましたー!」
おむね様を傷付けないように腕を解きながら、音速でその場から立ち去る羽目になった。
そして、路地裏で息を整えるアスト。
「し、死ぬかと思った……」
あまりにも失礼な言い方だが、ああいう夜のお店に行ったことすらないアストにとっては、かなりお腹の奥がぐるぐるする感覚に襲われるのだ。
要は、ダイレクトにエッチなことに繋がるような行為が苦手なのである。
伊達に純潔を守ってきていない。
元々性欲が薄い彼をその気にさせるには、アレな薬でも盛らないと無理であろう。
「し、暫くはダンジョンに篭ろう。そうしよう」
ただ無心で魔物を狩れるあの場所に“戻ろう“。
もはや、アストにとって街の方がダンジョン扱いであった。




