024 鍛冶師見習いからの相談
「なあ。相談があるんだけど」
アストにそう声をかけてきたのは以前ツルハシを譲った少年であった。
「なんだい? ……っと」
曲がり角から現れたコボルトたちを素早く処理し、ドロップ品を回収するアストの手際の良さにドン引きしつつ鍛冶師見習いの少年は続きを話す。
「ここじゃちょっと」
「了解。それじゃあ、街に戻った後に酒場とかで話を聞くよ」
「頼む」
なんだかんだ顔を突き合わせることが多い為か、ある程度仲良くなった二人である。
「おにいちゃーん!」
「ハフちゃん!」
鍛冶師見習いの少年と街の門を抜けた所で、ハフが出迎えてくれたことにアストは今日一のテンションになる。
「久しぶりだね! 元気にしてた?」
「うんっ! あのねっ、おかあさんがありがとうって言いなさいって」
「僕に? 嬉しいな。僕もどういたしましてだよー」
「はふぅ〜」
よしよしとハフの頭を優しく撫でるアストと、いきなり始まったやり取りに困惑気味な鍛冶師見習いの少年。
「その子、お前の妹か?」
母親がお礼をとか言っている時点で違うと思いながら、少年は尋ねる。
「うーん? 違うよ。でも、妹にしたいぐらいは仲良しだよね〜?」
「ね〜」
あれから何度も偶然会い、二度目以降は金貨を対価に花を一輪貰っていたアスト。
そんな大金をバンバン使うもんだから、ハフの母親からしたらありがたい存在だろう。
「あのねっあのねっ! おにいちゃんにおくりものがあるの!」
「な、なんだって!? そりゃあ楽しみだよ!」
「えっと……これ!」
花籠から取り出したのは月桂樹の花で出来た花冠であった。
「つけるからしゃがんで!」
「あいさー!」
その際、アストは片膝をつき兜を外す。まるで女王からの褒美を待つ騎士のような形だ。
頭に乗せられた花冠の感触はお世辞にもいいものではなかったが、アストは号泣する。
「わわっ、どーしたの? どこかいたいの?」
ハフに頭をなでなでされて更に号泣。
(産まれて初めて女の子から贈り物されたー!)
そんなことで号泣していたのであった。
まだ幼げであるがそれでも黒革装備を纏った冒険者が幼女に頭を撫でられ、号泣している姿はかなり目立つ。
「お、おい! もう良いだろ? ここから離れるぞ」
「あ、ちょ!? まだ! まだぬくもりが!? ハフちゃーん! またねぇーー!!」
「ばいばーい!」
少年に無理やり引っ張られる形でその場を退散することに。
「へぇー花売りの少女ね。初めて見たよ……ああいう子もやっぱり居るもんなんだな」
「うん。凄く可愛くて癒されて、なんでも貢ぎたくなるんだ〜」
「よくもまあ、そこまで素性も知れない子に入れ込めるもんだな。……お前って、俺と同い歳だよな?」
「そうだね……ステータス上は」
「何言ってんだコイツ」
アストがふっと遠い目をし、それをジト目でボヤく少年。
「その割にはやたらわんぱくつーか、はしゃぐよな? 実は年齢偽ってね?」
「ぎくっ!?」
分かりやすいぐらい動揺するアストに呆れ気味な少年は言葉を続ける。
「分かりやすい反応だな。まあ違ったみたいだけど」
どうやらアストがふざけているだけだと判断した様子。
(しょうがないじゃないか。この世界に来てからやたら感情の振れ幅が大きいんだから)
アストはこれでも前世は社会人を何年かやっていた大人だ。
だがその記憶は虫食いみたいに欠けており、夢にまで見ていたファンタジーな世界に転生し、もはや感情のタガが外れたように大はしゃぎしている。
自分でも大人の面影が無いなあ〜、と思いつつも特に不都合も無いからとスルー気味であった。
「ごめんね。次からはもっと落ち着いた態度で居られるようにするよ」
だが、それを不愉快に感じる者も居るのだろう。
人のはしゃぐ声は、気分が落ち込んでいる人や、ストレスが溜まっている人にとって能天気で神経逆撫でするような声に聴こえるのだ。
(そろそろ夢心地から目を覚まさないといけないかも?)
「いや、別に悪いとは言ってねぇーよ。ただ……新鮮だからさ。そうやって毎日が楽しくて仕方ないって身体全身から迸る奴はさ」
「そうかな?」
「まあな。ほら、あそこだよ」
目的地に着いたようで少年が指さす酒場に入り、テーブルに向かいあわせで座り、店員に注文をする。
待つことしばらくして、テーブルに運ばれた料理に舌鼓を打つ。
「場末の酒場料理でさえ、ご馳走みたいに食べるなんて変なやつだな。お前の稼ぎならもっと美味いもんだって食えるだろ?」
「普通に美味しいと思うんだけどなぁ」
そう言って、謎の肉のステーキを頬張る。
肉汁が口の中に広がり、アストの顔が蕩ける。
それを見た他の客たちが生唾を飲み、同じ料理を頼む。
その流れを見て少年は苦笑しつつ、自分も今日は奮発しようと同じものを注文する。
アストは滅多に街に帰ってこない為、普通に調理された食事をすることも少ない。
確かに異世界の料理は味付けが大雑把だ。
だが、不味いという訳ではない。
むしろ限られた中から研鑽を重ねた料理というのは、ある種の完成系なのだ。
毎日、黒パンと水で喉を潤し、ゴブリンやらコボルトやらを狩り続ける彼には酒場の料理は十分ご馳走であった。
お互い食事がひと段落したところで少年は本題に入る。
「実は相談したいことはな、俺の幼なじみについてだ」




