023 職人達の友人
いつもの如く、コボルトダンジョンに潜ってからひと月が過ぎた。
週一で街に帰ってるだけまだマシな生活を送っている方だとアストは思う。
「今日もありがとな!」
「また護衛してくれや。その代わり奢るからよ」
「あんたみたいな奴滅多にいねぇからよ、本当に助かるんだわ」
「おすおーす。んじゃ、まったね〜」
アストはブンブン手を振って、仲良くなった職人たちと別れる。
場所は街に入ったあたり。
コボルトダンジョンでの採掘作業を終え、帰宅しようとした職人たちをまとめて護衛し連れ帰ったのだ。
アストはそんなことを何度もこなし、ダンジョン内でも彼らの代わりにコボルトを狩りまくった為、今ではコボルトダンジョンに潜っている者で彼を知らない者はいない程だ。
それに関してギルドマスターがご機嫌そうにアストを呼び出し話してくれた。
「ウチは生産ギルドとは協力関係だが、そこまで仲は良くなかった。だが最近お前さんがインゴットを大量に納品してくれたお陰で和解する機会を得られた」
この辺りは基本的に鉱山と呼べるものが無く、コボルトダンジョンのようなダンジョンで手に入る物での生産が主な収入源であった。
そして当たり前と言えば当たり前だが、普通の鉱山と違い、常に魔物に襲われる危険なダンジョン内での活動は職人たちにはキツく、なおかつ安くは無い許可書での諸々の費用もあり生産ギルドはいつもカツカツであったようだ。
銅製や鉄製は大量生産物であり、単価は非常に安い。
それらで利益を得ようと考えるなら、自分で素材を集めるか、最低限の報酬金での依頼しかない。
結果、冒険者たちはインゴットや鉱物での納品依頼をあまり受けなくなり、職人たちもならば自分で掘りに行くと意固地になってしまったのが、ギルド同士での関係の不和に繋がった。
それをアストがある程度解消してくれたのだから、ギルドマスターも大喜びである。
だがアストは少し困ったように伝える。
「さすがにいつまでもコボルトダンジョンに潜るのは嫌なんですが」
アストの目的はドロップ品を集めて自分を強化することと、レベル上げである。
一週間で装備品を集めたアストからしたら、あとは目標のレベル18まで上げたら、ホーンラビットダンジョンに向かう予定なのだ。
今はレベル17。
遅くてもあと一ヶ月でコボルトダンジョンとはおさらばだ。
「安心してくれ。なにもお前さん一人に押し付ける訳ではない。手を取り合うきっかけを作ってくれただけで十分なんだ。あとは、温めてきた仲直りの提案をしに行くだけさ」
それを聞いてアストは一安心。
詳しく聞くと話が長くなりそうなので、手短に教えてくれと頼む。
短気な冒険者相手のやり取りが多いギルドマスターだからか、快く手短に話してくれた。
簡単に纏めると、Eランク冒険者を対象にしたコボルトダンジョンでの護衛依頼を恒常依頼として貼り出す。
内容は週に一度、早朝に依頼を受注したEランク冒険者たちと一緒に職人たちがコボルトダンジョンに向かう。
そして、ダンジョン内で参加人数に応じてグループ分けをし、それぞれ決まった採掘場所に向かう。
道中でのコボルトは冒険者たちに一任し、採掘は職人たちのみで行う。
夕暮れ時になったら、街へと帰還をして依頼達成。その際にドロップ品は通常よりも割増で買取を行う。
「いずれは五日に一度、三日に一度と依頼間隔を短くしていくつもりだ。この街は毎年多くの冒険者が生まれるからな。人手不足にはならんさ」
それに、低ランクの内は護衛依頼など受けられない為、いずれの為の練習にもうってつけだとギルドマスターは言う。
本来の護衛依頼というのは、街と街の間を護衛するのが基本になる。その為、依頼を受けられるのは実力が保証されるDランク以上の冒険者のみ。
Eランクの駆け出し冒険者たちはそれぞれ実力にばらつきがある。その為、信頼度が低く依頼主が嫌がることが多かった為、受けられなくなったそうだ。
Fランクは例外として、EランクからDランクに上がろうとしたら、早くても一年。大抵は数年掛かる。
依頼達成数が十分であっても、実力が不足していた場合は昇級出来ないのだ。
アストの場合、ブルタの一件で実力は十分とされており、あとは依頼達成数だけで昇級が出来る。
アストはそんぐらいは掛かるよねと納得する。
何せ爆速でレベル上げをしてなお、未だにDランク冒険者のボーダーであるレベル20にすら達していないのだから。
そんな短くない期間をひだすら同じような依頼だけで食いつないでいくのはかなりキツいのだろう。
ギルドマスターは言う。
「冒険者が一番キツイ時期というのはEランクなんだ。やれることは多くなく、稼ぎも少ない。そういう意味では簡単なものとはいえ護衛依頼をいち早く体験出来るのだから、人気が出る依頼になるだろう」
ギルドマスターは必ず上手くいく、いや上手くいかせると力強く断言した。
「以前の生産ギルドなら、上手くいくわけがないと冷たく突っぱねられていただろうが、今回の一件で話には耳を傾けてくれるだろう。改めて感謝する」
「いえいえ〜」
そう言ってギルドマスターは深々と頭を下げてきたので、アストも条件反射で下げた。
「そう言えば、生産ギルドの収入源というのはダンジョン由来の生産物だけなんですか?」
ふと疑問に思い尋ねる。
「そうではないんだが、大きな収入源ではある。街が新たに作られればその際に生産ギルドに大量の仕事が舞い込む。建築、舗装、水路などを一手に請け負う。だがそれも街が出来上がるまでだ。それ以降は住民たちの要望を叶える方向に移行する」
生産ギルドは各国に根を張る冒険者ギルドと違い、地域密着型なのだと言う。
その為、国から援助金を貰え、領主によっては更に支援が受けられる。
「生産ギルドがカツカツなのは所属する職人たちに対する支援であり、経営が困難という訳では無い。生産ギルドが潰れたら国や領主が困るからな」
「この街の領主様はどういう方なんですか?」
そもそもどの貴族の領地すらアストは知らない。
今更だが、悪い領主ならばこれ以上目立つのは不味いのかもしれないと思い至る。
「そうだな……街の住民からは慕われているぞ。貴族連中からは『辺境の豚伯爵』などと呼ばれているようだがな」
「ぶ、豚!? それ悪口じゃないですか!」
前世でも悪役貴族を豚公爵と呼ぶみたいな文化があった。領民から搾取してそのお金で贅沢をする。ブクブク太った豚みたいな比喩だ。
アストはやはり悪い領主なのかと怯える。
(ど、どうしよう。拠点移そうかな……?)
アストが何を考えているのか予想できたのか、笑いながらギルドマスターは否定する。
「がはは! あの御方はそんな警戒されるような人じゃないさ。むしろ、その呼び名を気に入って自ら名乗るぐらいの器の大きい御人だ」
心底敬服すると言わんばかりに言うギルドマスターにアストはますます、どういう人物なのか分からなくなる。
「まあ、いずれは分かるさ。年に一度の“祭り“が来たらな」
「祭りですか?」
「おうよ! この領地名物の“豚祭り“さ。お前さんが街に来るひと月前に行われたばかりでな、次に行われるのは半年以上先になる」
アストがこの世界に訪れたのは四ヶ月近く前になる。
その更にひと月前なら五か月前。あと七ヶ月ほど後になるだろう。
「お前さんの実力なら、その頃にはDランク冒険者になり、オーク狩りを手伝うことになるかも知れんな」
楽しみだと笑うギルドマスター。
アストもこの街には最低でもその豚祭りとやらまでは滞在しようと決意する。




