022 気持ち程度で十分
アストは喋ろうとし、ふと思い出す。
名前聞いてないと。
「受付嬢さん」
「はい、なんでしょうか?」
「名前教えてください」
「フェイルです」
「了解っす」
「それで良いの若人諸君!?」
アッサリと名乗ったいつもの受付嬢ことフェイルに、そんなので良いのかとツッコミを入れる快活な受付嬢。
「何がですか? お名前を聞かれたのですから、これが最良の返事だと存じ上げますが」
「そうだけど! そうなんだけどね!? ……もうちょっとどうにかなんなかったのかなぁ……」
一人だけバグり出した快活な受付嬢。
アストはそう言えばと、彼女にも聞くことに。
「お名前はなんで言うんですか?」
「うわぉ。聞いてくれるの!? 嬉しい。凄く嬉しくて泣きそうだよ、こんちくしょう!」
「先輩の名前はラズリーです」
「後輩が答えるんかい!」
「それ、あたしのセリフゥーー!?」
快活な受付嬢ことラズリーのツッコミが冒険者ギルドに響いた。
そしてアストは語った。
四桁を超えるコボルトたちとの終わりなき戦い。そして、ボスコボルトとの激しい死闘。
涙無しでは語れないものを、フェイルたちは真顔で聞き流していた。
どう考えても、黒革装備を全身に纏ったアストが死闘をコボルト程度で繰り広げられるわけが無いのだから。
「着色塗れの経緯を聞いてもにわかには信じられませんね……過去、幸運に多くSPを振った方でも、これ程持ち込んた記録はございません」
「張り切りました」
「なるほど。なら、不可能では無いですね」
「うぅぉい! そんなので納得しちゃうの?」
「現物があるのですから、納得するしか無いのでは?」
なんだかんだアストに甘いフェイル。
ラズリーは普段揶揄う側なのだが、この二人を相手にするとツッコミに回らざるおえないようだ。
「出してはみたのですが、インゴットの納品依頼ってあります?」
ボードに張り出されたのは採掘した鉱物の納品依頼である。
「インゴットの依頼もありますよ。例に漏れずドロップする頻度が低く、埃を被っています」
「なら、今回も全て納品と言う形に?」
「はい。とは言っても、依頼主が生産ギルドですので報酬も最低限になるかと」
「大丈夫です。お金の使い道ないですから」
「お金の為に冒険者になった人達が聞いたら怒りそう」
苦笑したラズリーはちゃっかり見つけ出したインゴットの納品依頼をアストに差し出し、受注させる。
「銅のインゴット一つで銀貨二枚。鉄のインゴットで銀貨五枚。鋼のインゴットは銀貨二十枚ですか……」
フェイルが零した呟きを又聞きした冒険者たちがあまりの安さに、今までインゴットの納品が無い理由の一端を知る。
因みに鉱物で納品するのと大差ない。
「それでお願いします」
「本当によろしいのですね?」
さすがにフェイルもこの値段には不満を感じているようで念を押す。
「良いですよ〜僕はドロップでしか装備を更新するつもりは無いので、少しでも生産職の方々に貢献出来るなら、タダでもいいぐらいです」
アストが欲しいのは冒険者のランクアップに必要なポイントで、お金はオマケなのだ。
出なければ武器でも防具でもない、インゴットをわざわざ運んだりしない。
伊達に大型モンスターを狩って、素材がランダムかつ、報酬金がしょぼい狩りゲーをやっていない。
アストのさっぱりとした物言いに、フェイルやラズリーは関心したように目を見開き、野次馬の冒険者たちもアストに対する評価を爆上げする。
「畏まりました……少々お待ちください。直ぐに精算して来ますので」
「それならあたしがやるよ。休日に呼び出してそこまでやってもらえないよ」
「そうですか? なら、お言葉に甘えます」
「だからそれはこっちのセリフ。いつもありがとうね、助かっちゃった」
そう言って、軽くフェイルの頭を撫でたラズリーは受付の奥に消えていく。
「良い先輩っすね」
「……はい。自慢の先輩です」
照れくさそうにするフェイルにアストはあたたかい目を向けていた。もちろん、青タヌキが活躍する劇場版のアレである。
「お待たせ〜銀貨で統一すると凄いことになるから、金貨をメインにしたけど良かった?」
「問題無いっす」
「念の為改めてください」
「あーい」
鋼のインゴット五十五個、金貨十一枚。
鉄のインゴット四十七個、金貨二枚と銀貨三十五枚。
鉄のインゴット七十二個、金貨一枚と銀貨四十四枚。
合計、金貨十四枚と銀貨七十九枚。
日本円換算、百四十七万九千円になる。
一週間で稼いだ額ならかなりのものだが、前例が無いレベルの量の納品でこの額は割に合わない。
だが、ホクホク顔でアストは革袋を受け取った。
(推しに会えたら貢げるぞ〜)
本人がそんな呑気なことを考えているとは、誰も知る由もなかった。
「貴方には毎度のことながら驚かされますね」
「サプライズは突然だから楽しいんですよ」
レア掘りはいつだってサプライズ。
何故かそんな名言? を思いつくアスト。
「ふふっ……そうですね。楽しいですね」
柔らかく微笑むフェイルは美しく、見る者を魅力する。
だが、アストはどうやってこの名言を広められるかに思考を割いていたので気付かない。
結局、この世界にレア掘りという言葉はないから、広められないというくだらない結論に辿り着いた。
「あれ? なんでしーんとしてるんす?」
「君ってば本当に大物になれるよ」
ラズリーのため息がやけに大きく聞こえるほどはギルド内が静かになっていた。
「先輩。アストさんとの取引は終わったとみていいですね?」
「まあ、そうだね。……まさか、まだなんかある?」
自分の笑顔の破壊力を知らないフェイルに尋ねられたラズリーは警戒したようにアストに聞く。
彼は真剣な眼差しを彼女たちに向け、言いづらそうに言った。
「実は……」
「えっ!? まだあんの!?」
「無いんですよね〜」
「張り倒すぞ」
「私も参加します」
「じ、冗談……トーゼンジョーダン!」
名馬の名前みたいな捨て台詞を吐いてアストは逃げ出した。
最後まで人騒がせである。
そして残されたインゴットの山を見てラズリーは遠い目をする。
「生産ギルドに持っていくの……きっつ」
フェイルも帰った後、男性職員達と一緒にインゴットの山を生産ギルドまで運搬するラズリーの姿があった。
本人曰く、一キロほど痩せたとか。




