021 インゴットの山
金貨でもよかったかもしれないと、花束の少女に未練ダラダラのアスト。
本当は花籠の幼女だが、勝手に改変している。
きっとアストの脳裏では、歌で世界を救うような物語が繰り広げられている事だろう。
(あの子の未来に幸運がありますように)
彼に出来るのは祈ることぐらいであった。
アストの街でのエンカウント率を考えるともう会うことは無いのかもしれないからだ。
さすがにハフと出会うためだけに街をうろちょろするのは事案であろう。
(末っ子だからかな、ああいうのに弱いんだよね)
上に姉や兄が居た彼からしたら、お兄ちゃんなんて呼ばれることが新鮮で嬉しかったのだ。
基本的に末っ子は甘えたり頼ったりするが、その逆はあまりない。
実際、アストが思い出す限り兄弟たちに甘えられたことも頼られることも無かった。
みんなして彼を心配し面倒を見ようとしてくれた。
(ああ、いかん。会いたくなっちゃう)
ハフどの出会いはアストをホームシック気味にさせる結果になった。
もう会えないだろうとは思っている。
何せ自分は死んだのだから、とアストは珍しく神妙な気持ちでボトボト歩く。
(親不孝者だよ、ほんと。みんな元気ならいいなぁ)
異世界の地にて、彼は親兄弟の幸福を祈った。
「失礼しま〜す……」
ローテンションな挨拶をし、冒険者ギルドに入る。
「おう、兄ちゃん。元気ねぇじゃねぇーか」
「もう会えない家族に思いを馳せていました」
「お、おう……げ、元気出せよ、な?」
「ありがとう……えっお父さん?」
「ちげぇーよ!?」
気さくに話し掛けてくれた先輩冒険者に、ヘビーな返しをして困惑させながら受付カウンターに向かう。
今日は昼過ぎということもあり、さほど冒険者は居らず直ぐにアストの番になった。
「あれ? 今日なんだ。ごめんね、あの子今日休みなんだ」
「そうなんですか? いつも居るから休み無しで働いているのかと」
「はははっ、さすがにそんな激務じゃないよ。まあ、あの子は休みをあげないと本当に無休で働いちゃうだろうけどね」
そんな人間が居るのかと戦慄したが、そもそも前世の職場でも何人か居たことをおぼろげながら思い出す。
(僕より早く出社して、遅く退社するのに、いつもニコニコしてるんだよね)
なんでそんなに平気そうなの? と聞けば、家でやることが無いやら、帰れるときに帰ってるから平気とか、忙しいのは今だけだからとか。もはや仕事場が家になってるレベルだ。
(無理無理。ゲームの新発売があるのに好き好んで残業なんて無理)
仕事は定時まで。残業になりそうなら休憩時間を削る覚悟のゲーマー明日人君である。それでもどうしようもないなら、早朝出勤も辞さない。
「っとと、空いているとは言え、お喋りがすぎると怒られちゃうからね。こほん……ご要件はなんですか?」
「おおっ……お見事」
「でしょ〜この顔を作るのに何年もかかったんだから」
アストのヨイショにもノリよく付き合ってくれる快活な受付嬢。
多くの冒険者を虜にしてしまう魅力を肌で感じられた。
「って、違う違う! もう、茶化さないの!」
「うーす。反省してマース」
「うっわぁ……絶対反省してないヤツ〜」
「実はコボルトダンジョン関連の納品が有るんです」
「いきなり素に戻った!? 君面白いね。まあ、それは置いといて。コボダンなら鉱物関連でしょ?」
そうです、とアストはリュックを降ろし、適当にインゴットをカウンターに並べる。
【N】鋼のインゴット
[精錬した鋼の塊]
【N】鉄のインゴット
[精錬した鉄の塊]
【N】銅のインゴット
[精錬した銅の塊]
三種類あり、ボスドロップのハズレ枠である鋼のインゴットもある。
一週間で約百五十週。
ドロップ数五十ぐらい。
鉄のインゴットは四十程度。
銅はちょくちょくドロップして七十ほど。
店売りで一番頑丈なリュックでもこれぐらいの重さになるとキツいようで、少し余裕を持って帰ることにしたのだ。
「ま、待って、出さないで、乗っけないで! あっち、あっちに行こう!?」
納品カウンターを指差し、移動を促す快活な受付嬢。
「あいあいさー」
悪ふざけが過ぎたと、出したインゴットをリュックに戻し、うんしょっと背負い移動する。
「ダメだ。これはあたしの手に負えないや……ちょっと待っててね。直ぐには〜戻れないけど、待ってて!」
そう言うやいなや何処かに走っていく快活な受付嬢を見送る。
納品カウンターで行儀良くお座りして待つ。
「鋼のインゴットが一つ〜鋼のインゴットが二つ〜鋼のインゴットが三つ〜」
暇すぎて、座って一分で直ぐにインゴットをカウンターに積み上げていく。
良くネットの映像で見る積み上がった金の延べ棒みたいにピラミッド型にする。
伊達に納品に特化したカウンターしていない。
全て乗せても平然としているカウンター先輩に敬意を称する。
快活な受付嬢がいつもの受付嬢を連れてきたのは、それから三十分経ってからのことであった。
「お、お待たせうぇーっ!?」
「はぁ……予想はついていましたが」
若草色のワンピースにミルク色のカーディガンを羽織った顔なじみの受付嬢。明らかに家で寛いでいた姿である。
「こんにちは、受付嬢さん。一週間ぶりですね〜」
「こんにちは、アストさん。それでは経緯を聞いてもよろしいでしょうか」
「もちのろん」
インゴットの山により、冒険者ギルドに入ってきた冒険者たちが野次馬と化す。
快活な受付嬢はやりきった表情でぽけーっとしていたがいつもの受付嬢に脇腹を抓られて悶えていた。




