019 お世話になったツルハシさんの使い道
見たところ冒険者と言うよりは職人に見えるオーバーオールを着ている少年にアストは珍しく自分から話しかけようとする。
「もし、そこの少年。何かお困りかね?」
「うおっ!? な、なんだよ、冒険者か……」
驚かせんなと胸を撫で下ろす少年。
どうやらコボルトか何かと勘違いしていたようだ。
「何か困ってるなら手助け出来るかもしれないよ」
再度尋ねるアストに少年は一瞬戸惑ったが、彼が装備している黒革シリーズからして、自分のような駆け出しの鍛冶師を取って食うようなことはしないだろうと話し始めた。
「実はな、せっかく親方に金を出してもらって三級許可証を手に入れたのは良いんだが、道具をケチって行商人から不良品のツルハシを買っちまったんだよ」
ほれ、と少年は自分のツルハシを見せてくれた。
【N】鉄のツルハシ
[攻撃力10 耐久値2]
壊れかけなのか耐久値がほぼ無い。
それに攻撃力が鉄製とは思えないほど低かった。
【N】鉄のツルハシ
[攻撃力40 耐久値75]
アストが買った通常品質の鉄のツルハシとは雲泥の差であった。
「これ買った時に気付かない?」
アストの素朴な疑問に少年は苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「人が作ったもんでのは自分で名前を付けられるんだ。そんで使われた素材によって同じ耐久値でも減り方が変わるし、耐久値が下がれば攻撃力も下がるのさ。……ほら、よく見てみろよ。表面は鉄のメッキで、中はただの銅だぜ? 柔らかすぎる銅で酷使するツルハシを作るやつなんざ居ねぇのさ」
銅は鉄より柔らかい。その為、道具に使う場合でも、日用品などに限られ武器はもちろん、鍛冶師が使う道具類には不向きである。
鉱物に叩きつけるという耐久値をゴリゴリ削るようなツルハシに使っていい素材ではないのだと、少年は熱弁する。
「その場合は不良品というより、偽物を掴まされたと言うね」
「ああ、そっか。そうだな。これは完全に偽物のツルハシだよ。はぁ……買い直さないとな。まだ見習いだから炉に立たせてもらえないし……」
今月は余裕ないのにと嘆く少年にアストはニヤリと笑う。
「な、なんでニヤニヤしてんだよ! 人の不幸を見て嬉しいか!?」
アストから距離を取って怒鳴る少年。
冒険者であるアストが本気になれば、自分など瞬殺されると分かっているがそれでも怒鳴らずにはいられなかったようだ。
「ごめんよ。違うんだ。ただ……タイミング良いなぁって思ってさ」
「……なんのだよ」
アストは自分のツルハシをリュックから外し鍛冶師の少年に手渡す。
「このツルハシはね、僕と苦楽を共にしてくれた大切な相棒さ」
「どう見ても新品に見えんだけど」
「……そんな相棒を、残念ながら僕は満足させることが出来なかった」
「採掘出来なかったのか」
「でも君みたいな道具を大切にしてくれそうな人を見つけた。運命だと思うよ」
「道具ケチったのにか?」
「だから受け取って欲しい。……もう、僕には必要のないものさ」
「なんでさ」
「インゴットが僕を呼んでいる!」
「ヤバいやつだなお前」
いちいち茶々を入れてくる少年に、アストはノリが悪いなぁと思いつつもスルーする。
「コボルトからインゴットがドロップする確率知ってんのか?」
「知らない」
「オレたち職人にはこんな言葉がある『千匹で銅、万匹でようやく鉄』だ……終わってんだよ、確率がよ」
「ほう……面白い!」
「本当にヤベェなお前」
少年はドン引きするように後ずさりながら、貰ったツルハシを強く握りしめる。何気にがめつい。
「んじゃ! 名も知れぬ少年よ、大志を抱け!」
アストは捨て台詞を少年に吐き、颯爽とダンジョンの奥へと向かっていった。
「なんだアイツ」
少年のもっともすぎる言葉が坑道に響いた。
アストは荷物が軽いと喜びながら、コボルトを狩る。
「ボスも狩ろうかな」
受付嬢曰くボスは放置気味らしい。
なら、こまめに狩っていこうかしらと考える。
そういうことで、早々に五階のボス部屋に向かう。
「たのも〜う」
ボスゴブリンとほぼ同格だと思われるボスコボルトに緊張することも無いと躊躇わずボス部屋に突撃。
扉が閉まり、武装したコボルトが姿を現す。
「君は何を落とすのかな?」
鉄の槍を両手に持ち、革のズボンと手袋、長靴を身に付けた姿からして、ドロップするものの予測がつく。
アストは自然と口角が上がり笑みを浮かべる。
「長期戦確定だ」
ゴブリンと同様、配下を呼びボスコボルトが突撃してくるがそこで一つの真実に気付く。
(思ったより、槍を突き出されるのは怖い)
剣みたいに振りかぶるのではなく、正面から見たら、ほぼ点に見えなくもない槍が飛び出してくるのだ。さながら、3D映画のよう。
人によってはこれだけでビビって距離を置きたくなるだろう。
アストもビクッと身体が反応したが、ステータスは嘘をつかない教を信仰するアストはむしろ正面から受け止めに行く。
「バオッ!?」
「ほらね!」
コボルトの槍はアストの黒革の鎧に阻まれる。
そもそも鎧を着ていなくても、素肌でも受けられただろうレベルの攻撃である。
その場合は多少赤く腫れるかもしれないが、それだけだ。
受け止められると分かれば何も怖くないと、舐めプを決行。
「ふははっ! この私を貫きたければヤドリギで出来た槍でも持ってくるがいい!」
不死身な光の神様ごっこも挟みつつ、ボスコボルトを倒すアスト。
「おおっ。新アイテムだ」
幸先良いスタートに笑顔が溢れる。
【N】革の手袋
[防御力20 耐久値30]
素手であったアストはすぐさま装備する。
「う〜む。少し感覚が変わるね」
手をニギニギし、感触を確かめる。
慣れるまでは違和感のせいでモヤモヤする。
だが、いずれは鉄の篭手なども装備することになるだろうし、この程度直ぐに順応してみせると意気込む。
その日はボスコボルトをある程度狩りながら、コボルトの殲滅に勤しんだ。




