013 ゴブリンダンジョンのボス
アストは五階構造のゴブリンダンジョンの最下層の最深部。ボス部屋の前にて入念に準備運動をしていた。
これから人生初のボス戦だ。
死にゲー以上にシビアだ。
何せ死んだらアウトなのだから。
でもブルタほど苦戦はしまいと上がった精神値により楽観視する。
だがそれでも僅かに緊張しつつ、ボス部屋に突入する。
ボス部屋に入った瞬間、扉が閉じられ黒い光の粒子によりボスの身体が構築されていく。
「待ち構えるタイプじゃないんだ」
さすがに魔王みたいに豪奢な椅子にふんぞり返って待ってくれているとは思っていなかったが、まさかのポップに苦笑をする。
四方を石に包まれた正方形のボス部屋。
その部屋の主が姿を表す。
「なっ……ゴブリンの誇りはどうしたの!?」
鉄の剣を構え、革兜と革鎧、革のブーツで装備を固めたゴブリンにアストは訴える。
武装ゴブリンの後に四匹の腰布だけ身に付けた真っ裸のゴブリンたちも現れるものだから、その対比が酷い。
「君たちはいつだって裸で生きてきたじゃないか!! なのに、文明に頼ってしまうなんで……君たちにはガッカリだよ」
アストは悲しそうに呟き、キリッと表情を引き締め剣を構える。
もちろん本音ではなく、ネタに走っただけでありノーダメージである。
アストに手下のゴブリンたちを仕掛け、武装ゴブリンも重たそうな剣を引き摺りながら迫ってくる。
「くっ……五対一なんて卑怯だぞ!」
ゴブリンたちの猛攻に打つ手なしのアストは、悔しげに後ずさる。
それを見た武装ゴブリンは醜悪な顔を歓喜に歪め、トドメと言わんばかりに剣をアストの首筋目掛けて振るった。
「ギャギャ!」
殺した! と喜ぶ武装ゴブリン。
だが、結果は全く違う方向に。
「さすがになんも感じないわけじゃないか」
だがそれも発泡スチロールでペコと殴られた程度で、痛みと呼べるものではない。
鉄の剣を首に叩き込まれているというのに、アストは微動だにしない。
ゴブリンダンジョンで痛みを感じなくて久しいアスト。
彼は自分の手のひらを見て、興奮するように言う。
「これが痛み……痛みなのか!」
まるで産まれてからこのかた痛みを感じたことの無い、光の神みたいなことを言って遊ぶ。
武装していたことには驚いたが、武器が鉄の剣であっても、ゴブリンの膂力程度での威力補正はたかが知れている。
と言っても、舐めプして死んだらダサいので前もって攻撃を受け止めて威力チェックはしていたのだ。
瞬殺は出来る。
だが、経験は得られないのだ。
ならば、ある程度相手の強さを測れる余裕があるなら試しておこうと判断した行為である。
決して舐めプではない。
という事にしておこうとアストは後付けで設定を追加した。
基本的に行き当たりばったりな彼らしい考え方である。
ゴブリンたちはパニクったようにしっちゃかめっちゃかに攻撃を繰り出してくるが、両手を広げ全てを受け止めるアストには何のダメージも与えることが出来ない。
「ふはーっははは! これこそステータスの暴力だ! ふむ……小鬼共風情が不敬ぞ」
今度は覇王みたいなことを言って、鋼の剣を一閃。
それだけで五匹のゴブリンの首が刎飛ばされる。
どこぞの首狩り兎もびっくりな手際の良さである。高められた器用値による賜物だ。
それだけで人生初のボス戦は幕を閉じた。
白い光の粒子になっていくゴブリンたちを一瞥し、天井を切なそうに見るアスト。
「こうやって、僕は孤独になっていくのか……」
比類なき強者プレイも挟みつつ、ボスドロップは何かな〜とか考える。
「宝箱……じゃないのか」
良くあるボスを倒したら出現する宝箱ではなく、道中のゴブリンたちと同じくドロップ品が地べたにそのまま出現する形式のようだ。
だが五匹居たというのに、ドロップしたのは一つ。
今のアストの幸運値からしたら有り得ない結果だが、取り巻き込みでのボスドロップだと考えれば納得出来る。
ドロップしたものは何かなと近付き見たアストは目を見開くことになる。
「うそっ!? か、か、兜だって!?」
そこには先程武装ゴブリンが被っていた兜より少し大きく、人間でも被れるサイズになった革兜であった。
【N】革の兜
[防御力30 耐久値40]
「こんなことって!?」
兜を手に取り辺りを足り回るアスト。彼の喜びようは凄まじかった。
何せゴブリンダンジョンで初めて見る防具なのだから。
このゴブリンダンジョンでは、黒パン、水、腰布、木の棍棒がハズレ枠であり、一番ドロップする。
次に、錆びた、銅、青銅、鉄、鋼の五種類の短剣、剣の順番にドロップ率が下がっていく。
幸運値210の頃での鋼シリーズのドロップ率は体感0.5%程度。幸運値1050になった今でも2%無いのではないか? と思うほど低い。
故にアストはゴブリンダンジョンでは、防具はドロップしないのだと思っていた。だから、頑丈を上げたのだ。
さすがに裸が戦車ばりに硬いと言われる忍者プレイをするつもりは毛頭ない。普通に街の鍛冶屋にでも行けば防具はある程度揃えられるが、ハクスラ脳であるアストにはそれは甘えだという認識があった。
それにハクスラのゲームの鍛冶屋は使わない武器防具を売っぱらったり、ランダム付与された効果を書き換えるために行く場所というゲーマーならではの考えもあり敢えて行かなかったのだ。
恐らく街の鍛冶屋に行けば、アストが手に持った兜より高性能なものはあるだろうが、アストはそれについてこう公言する。
「違う違う、そうじゃそうじゃない。こういう装備品はドロップした物を集めて揃えるのがロマン」
一方的にチュートリアルボス扱いのブルタを倒したことで、アストにはもう時限イベントは無いのだ。
ならばやりたいようにやる。
その結果、死んでしまうなら別にいい。
などと、どこぞの将来の海賊王ばりの決意をしている。
この世界には彼と縁が深い人間は居ない。
なのでアストが死んだからと悲しむような者は居ないだろう。
とても寂しいことではあるが、逆に言えば好き勝手生きて死んでも文句は言われない。
孤独が苦にならないアストからしたら身軽でちょうどいいと笑いながら答えるだろう。




