010 レベルの差 才能の差
「こんな僕の言葉が君に届くとは思わない。でも言わせて欲しい」
「ハッ、何をだ!」
攻めが激しくなるブルタにも負けないほど激しい攻撃を繰り出し、押し始めるアスト。
いつも眠だけな半目は見開かれ、顔は上気する。
「僕はこの世界が好きだよ! ステータスやスキルが見れるのも最高だ! 愛していると言っても過言じゃない! ましてや、レア掘りが出来るときた! 最高すぎて夢なら覚めないでといつも考えてる! 君はズルいよ! こんな面白い世界で生きてきて、どうしてそんなに落ち込むの? だってステータスもスキルも武器でさえ、君を裏切らないってのにさ!」
アストの溢れる熱量にブルタは圧倒される。
思い返せば、アストは一度も怒りや憎しみをブルタにぶつけていない。
こんな理不尽な目に合わされているというのに、アストはとても楽しそうだ。
(ああ……そうか……そうだったのか。才能の差だけじゃねぇーんだ)
ブルタは何かを察して、剣を振るう力が抜ける。
「気持ちの差だったんだ」
アストの一振りでブルタの剣は吹き飛ばされ、ついでにブルタの負の感情もすっ飛んでいった。
既に精根尽き果てていたのだろう。
ブルタは倒れ込み仄かに発光するダンジョンの天井を見やる。
そんなブルタの視界にアストが映り込む。
「やった。僕の勝ちだね」
年相応の笑みを浮かべるアストを見て、本当に敵わないと苦笑するブルタ。
「おめでとう坊ちゃん。さっさとトドメをさせよ。冒険者ギルドは俺を疑っていたから、素直に話せばお咎めなしだろうさ」
観念してブルタは目を閉じる。
脳裏には小さい頃、近所の友人たちとやった冒険者ごっこが思い出される。
『おれ! ぜったいにぼうけんしゃになってやるんだ!』
あの頃の自分は才能やスキルの事なんか眼中に無かったのにと。
いつからか、強いスキルを持ってないことが劣等感になり、持っている者に嫉妬し、貶すようになった。
あまつさえ何人もの冒険者を裏切り、売り飛ばしてしまった。
閉じた瞼から涙が溢れる。
償いきれない罪を犯したのだ。
ここでアストに殺されても文句の一言も言えない。
そうして後悔するブルタにアストの呑気な声が聞こえた。
「へ? なんで? 殺さないよ。普通に捕まってハキハキ吐きなよ。それが一番みんなの為になるんだから」
「……なら、ここで俺がつるんでいた連中のことを話す。それなら良いだろう?」
「やだね。めんどくさい。僕は口下手なんだ。自分で言いなさいな」
出会ってから初めて見るアストの面倒くさそうな顔に呆れるブルタ。
本心から言っていることが伝わったからだ。
「どうしても俺を生かすのか? 殺そうとしたんだぞ?」
それでも聞かずにいられない。
どうして許せるのだと。
アストは即答した。
「だって親切にされちゃったから」
からかうようにそう言いのけた。
ブルタの真意は兎も角、異世界の地にひとりぼっちで放り出され、ましてや記憶に無いのに自分が死んだ実感だけがあった。
異世界に来れた事は間違いなく幸運な事だが、心細くないわけでない。そんな彼に話し掛けて、色んな事を教えてくれたブルタはアストにとってやはり“いい人“なのだろう。
だから、ブルタに対する恨みや怒りはアストには無い。
なんだそれは。ふざけるな。いい加減にしろ。
そんな言葉たちが喉から出かかったが、結局はため息だけが出た。
「はぁ……そうか……ならしょうがねぇーか」
「うん。しょうがない」
そう言ってアストもブルタの横に寝っ転がる。
すぐに寝息を立てたアストに本日何度目か分からないため息をついて、目を閉じながらもブルタはゴブリンに備えて、寝ずに過ごす羽目になった。
アストが目を覚ましたのはそれから丸一日経ったあとだった。
「はよ〜」
「寝すぎだ坊ちゃん」
律儀にアストを起こさないように、静かにゴブリンを狩っていたブルタが言えたことではなかった。
逃げなかったブルタに今更アストは思い出したように【インベントリ】から縄を取り出し、ブルタの両手を縛る。
「よし、行こうか犯罪者」
「釈然としねぇーが……しょうがねーか」
「うん。しょうがない」
こんな事なら逃げれば良かったと思うブルタ。出来たとしてもしなかっただろうが。
結局、ダンジョンの構造を把握しているブルタに先導されダンジョンを脱出することになった。
ダンジョンの外には沢山の冒険者と街の衛兵が待ち構えていた。
彼らの中には商人の格好をした男も居る。
「ブルタ! 何故縛られているのだ?」
商人はブルタと知り合いのようだ。
ブルタに近づこうとし、衛兵の槍にて止められる。
それを見てブルタは全てを察する。
「俺はこの坊ちゃん……アストだけじゃねぇー。何人もの冒険者を奴隷として売っぱらったんだ。俺を捕まえてくれ。なんでも話す」
「……分かった。身柄を拘束しよう」
抵抗しないブルタを衛兵が連れていく。
「どうしてだよブルタさん……」
冒険者たちの中にも知り合いが居たようで、沈痛な面持ちで問いかける。
ブルタは立ち止まる。衛兵たちもそれを咎めたりはしなかった。
「才能があるやつに嫉妬したんだよ……そんだけさ」
それだけ言ってブルタはまた歩き出す。
そんな彼に商人の男は声を張り上げて言う。
「誰も売っていない!」
ブルタが驚いたように商人に振り返る。
「誰も売ってはいないんだ! 全員別の街で逃がしたんだ」
「それは……本当か?」
「ああ……ブルタお前だけじゃない。他の連中が売ろうとした人達も同じように私が逃がした」
「……ど、どうしてだよ?」
ブルタは責める為ではなく、どうしてそんな回りくどいことをと問いかける。
商人の男は優しげな眼差しをブルタに向けた。
「幼なじみなんだ。止められなくても罪を一緒に背負うことぐらい出来るさ」
「あ……あぁ……あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
ブルタは泣き崩れる。
商人がブルタに近づくが誰も止める者はいなかった。
寄り添い共に涙を流す商人。
アストは少し離れたところでそれを見てボソリと言葉を零した。
「友達は才能じゃ手に入らないんだよね。ましてや親友はきっと計り知れないスーパーレアだ」
アストの脳裏に髪をやたら伸ばしたロン毛面の友人が浮かんだがすぐに消え失せた。




