イワシ
僕はイワシ。僕は、日本海の近くを泳いでいる。好きな食べ物はプランクトン。特に、ミジンコが好き。僕には、父と母と三人の兄がいて、仲良く暮らしている。でも、僕たちを食べようとしている魚がいるから、いつも父や母から食べようとしてくる魚が来たらすぐに逃げなさいと言われている。特にサメは、とても凶暴だから、近くに他のイワシがいても、一人で、とにかく逃げなさいと言われている。
僕には友達がいる。友達も僕もイワシだから名前はないけど、お互いの顔を覚えているからすぐに分かる。僕はその友達と、毎日かけっこをして遊んでる。もちろん人間みたいに走るんじゃなくて、泳ぐ速さを競うんだけど。1048対1049で僕は1つ負けている。毎日速く泳いでいるおかげで、僕は家族の中でダントツで一番速い。
ある夏のこと、友達が
「えびが浮いている。」
と言って僕を呼んだ。本当にえびが浮いていて、友達に
「同時に食べよう。」
と言った。それで、友達と同時にえびにかぶりつこうとしたら、ほんの少し早くえびにかぶりついた友達が、一瞬で上に上がった。僕は何が起こったのかわからなかった。だがすぐにわかった。友達は、人間に釣られたんだ。
それからしばらく、暇な日が続いた。唯一の友達で、唯一の遊び相手だったからだ。最初はとても悲しかったが、時間が経って、もうその事もあまり覚えていない。友達が釣られたのが初めてイワシが釣られるところを見た事だったが、最近はよくイワシが釣られるところを見るので、友達が釣られたこともあまり特別なことではないと思うようにもなってきた。
父親は寿命で死んだ。特に何も感じなかった。いつか死ぬのが当たり前だから。家族一人死んだところで、自分が何か困ることもないから。
ある日、僕たちのいる群れにサメが襲ってきた。僕は岩陰に隠れた。岩の隙間から覗くと、たくさんのイワシが食われているのが見えた。サメは二頭で、前と後ろからはさみうちして食べている。その時僕はとても無力に思えた。
サメは帰っていき、岩陰から出るとほとんどのイワシがいなくなっていた。家族を探したが、誰も見つからなかった。僕は悲しくなかった。自分が生きていた事がとても嬉しくて、悲しみより嬉しさが勝っていたからだ。
最近は、死んだ後のことを考えるようになった。死んだら無になるのか、死んだら別のところへ行くのか、死んだら体は消えるが魂は残ったりするのか、と想像していた。死ぬ前はどんな気持ちになるのかなどと考えたこともあった。死ぬことについて考えていたら、家族や群れのイワシたちとは違う死に方をしたいと思うようになった。群れのイワシたちや友達は人間に釣られて、家族や他の群れのイワシたちはサメに食われて、父は寿命だから、自分で陸に上がって陸がどんな感じなのかを見て死のうと思った。
それで、僕は勢いをつけて陸に出てみた。肌にザラザラの砂がついて気持ち悪かった。陸を見ようと思ったが、水のようにうまく動けない。右目には砂が見えて、左目には曇った空が見える。とてもつらかった。息ができなかった。なぜこんなことをしてしまったのかと思うほどにくるしかった。
その時大きな波が来た。僕を吸い込んで海の中に戻った。こんな事はもう絶対しないと思った。