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貴族にぶつかっちまったよ!!

作者: ちゃこん

 

「ぎゃっ!」


 乙女らしからぬ悲鳴をあげてその場に倒れる。これで三十二回目。


「もうクロエ。そんなに転んで大丈夫なの?何回も言うけれど、次のパーティーの依頼人は王様なのよ。平民の私たちが粗相をしたらすぐにクビが飛ぶわ!」

「依頼が来なくなるだけでクビは流石に飛ばないでしょ。」

「わからないわよ。もしお貴族様にぶつかったりでもしたら……。」


 そう言ってガタガタと震え始めた同僚のメイから目を離し、ぶつけた膝をさすりながら立ち上がる。


 ……これ青あざできてるかも。コンシーラー塗りたくったら隠せるかな。


 今はダンスの練習中。それも、貴族が踊るその場で回転するようなものではなく、割と激しく軽やかに踊るタイプの。

 妖精舞踊団。それが私の所属する団体。お仕事は主にパーティーへお呼ばれしてダンスを踊りその場を賑やかすこと。割と古くからある職種だし、華やかな貴族のパーティーに行けるので、平民の子供達には結構人気の職業なのだ。そんな誇りある仕事に就いて早三年。踊りも上達してきて実際に人前で踊り始めて一年は経ったのに、物覚えの悪いこの身体はいまだにミスを連発する。


「まあ大丈夫だって。私本番で転んだことないから!」

「そりゃ本番で転んだら速攻で新人教育やり直しよ。あんたただでさえ覚え悪くて二年もかかったのに。」

「その節はすみませんでした。」


 そのままメイはちくりちくりと胸を刺す言葉をぶつけてくる。でも私だって普通半年で終わる新人教育を二年もやりたくはなかった。


「それにこの前だって間違えて塩の代わりに砂糖を……。」

「待ってその話今関係なくない?」


 結局私がいかに鈍臭いかということに論点が移り、そのままお説教に入ってしまった。


 ……全部身に覚えがあるから言い返せないんだけどね!




「それじゃあ本番だ。楽団の指揮をよく見ろ。何があっても俺たちはサポートにいけない。失敗するなら目立たないところでしろよ?」


 団長の言葉で空気が緊張する。パーティーが始まる五分前。露出が多めの真っ白な衣装に真っ黒なドミノマスクを身につけて、準備は万端だ。

 練習の結果なんとか転ばずに通せるようになったものの、本番は音楽が鳴り始めてから主催者がお開きの合図をするまで長時間踊り続ける。しかも今回は年末の報告会を兼ねた王族主催のパーティーで、全国の貴族が招待される。団員はひとかたまりにならず、てんでバラバラの場所に配置されるので、人が邪魔になり団員どうしでコンタクトを取るのは難しい。


「クロエ、ほんとにほんとにお願いだから絶対転ばないでよ。私クロエから遠いとこにいるんだからね。なんにもできないんだからね。」

「そんな大げさな。疲れてきたら休憩はとるし大丈夫だって。」

「ほんとによろしくね?」


 仮面の向こうからメイの不安そうな瞳がわかる。自主練を手伝ってもらったり、メイには一番苦労をかけた。その分私のポンコツさをよくわかっているのだろう。でも安心してほしい。私は本番で一度も転んだことがないのだ。


「まあこのクロエ様を信じなさいよ!」


 ……パーティーを飾る宝石になってきちゃうからね!




 とか思っていた時期が私にもありました。

 いやもうほんと、盛大に転んだ。そして人に当たった。


「本当にごめんなさい。あの、どうしたら……。」


 咄嗟に倒れたまま目の前の男性と、心の中でメイに謝る。どうしようめっちゃイケメンに当たってしまった。でも服装とかからして絶対偉い人じゃん。今日が私の命日だったか。


「いえ、こちらこそ周りをよく見ていなかったのが悪いので。大丈夫ですか?」

「アッはい大丈夫です……。」

「そうですか、良かった。」


 そういうとイケメンさんはニコリと笑ってこちらに手を差し伸べてきた。


 ……え、この手取っていいんですかね?不敬レベル上がらない?大丈夫?


 それでもなんとか意を決して手を取って立ち上がろうとすると、右足首に痛みが走った。


「っ!」

「どうかされましたか?」


 ……やばいやばいやばいやばい。


 重なる失態に頭が真っ白になっていく。この足じゃもう今日は踊れない。なんとか歩いて控え室まで戻らなければ。

 気合いで足を立たせ、笑顔を作る。


「本当にすみませんでした。ありがとうございます。もし何かありましたら妖精舞踊団のクロエまでお申し付けください。失礼します。」

「あ、待って!」


 くるりと後ろを向いて扉へ向かおうとして、呼び止められた。


 ……待てない!早く戻らせて!


 ぎぎぎ、と振り返る。顔を強張らせて笑うと、イケメンさんは満面の笑みで返してくれた。


「エスコートするよ!」


 ……メイまじごめん。




 *** *** ***




 その日は王族主催のパーティーで、全国の貴族が招待、もとい招集された。留学生である自分も例外なく王宮へ上がる。

 別に興味はないし、楽しくもなかった。同郷の仲間と共に王に挨拶をして、近況報告をして。それが終わったら夜が明けるまで煌びやかな箱に閉じ込められる。もともと大勢の集まりは好きではない。加えてここは他国なのだ。知り合いなんて学校の同級生ほどしかいないが、その同級生達も価値観の違いにより、自ら話しかけたいとは思えなかった。

 価値観の違い。例えばあのダンサー達。貴族の間を縫うように踊っている黒い仮面。彼らは平民なのだそう。とりわけ身分を気にするこの国でなぜ平民が王のパーティーで踊っているかというと、ただの盛り上げ役だそうだ。壁にかかる絵画や宝石がふんだんにあしらわれたシャンデリアなどと何も変わらない。


 ……人混みの中で踊るのは、むしろ邪魔でしかないだろう。


 だから気になった。彼らがどんな気持ちでこの場にいるのか。


「ねえ、君はどうしてこの仕事をしているの?」


 マスクを外したクロエに尋ねる。彼女はぶつかって倒れたときに足首を痛めたらしく、氷嚢を当てている。


「……この仕事、平民の、子供にとっては憧れなんですよ。お姫様にならなくてもおめかししてパーティーに出れるから。」


 クロエは氷嚢を睨むようにして答える。多分、気まずさを感じているのだろう。ぶつかった相手が貴族で、しかも逃げようとするとついてきたのだから。


 ……僕もあそこから逃げたかったんだ。呪うなら自分の鈍臭さを呪ってくれ。


「もしかして、可哀想だと思ってます?」

「……どうして?」


 心の内を見透かされたと思い、反応が少し遅れる。確かにクロエを運のない可哀想な女だとは思ったが、だからといってここから去る気はさらさらない。

 次の言葉を待っていると、不意にクロエがこちらを向いた。パチリと瞳が合う。


「平民にも平民なりの矜持はあるんです。可哀想だと思われるのは、お門違いだと思って。」

「……は。」


 予想していなかった言葉に、一瞬固まる。いきなり平民の矜持とは、何を言い出すのだろう。直前の会話を思い出して、ああ、と納得がいった。


 ……つまりこいつは、僕が平民を、パーティーに出ることを夢見る哀れな奴らだと思っていると勘違いしたのか。


「ふふっ。」


 思わず小さく笑ってしまう。そんな小さな、どうでもいいようなことを正すためにわざわざ目を見たのか。変なところで真面目な女だ。


「なっ、なんで笑うんですか!貴族とは違う幸せが平民にはあるんですからね!」

「へえ、例えば?」

「例えば……?あ、焼きたてのパンが食べれる、とか。」

「それは幸せなことなのかい?」

「幸せですよ!こう、なんか、あったかくて、香ばしい匂いが鼻の奥を通っていって……。」

「ふーん。」

「あからさまに興味なさそうなのやめてください。」


 確かに貴族は料理が出来てから提供するまでに時間がかかるが、焼きたてのパンを食べたいと思ったことはない。パンは冷めていても美味しいし、腹に入ってしまえば全部同じだ。


「価値観の違いですかね。焼きたての方が絶対美味しいのに。一回食べてみてくださいよ、絶対感動しますから。」


 ……価値観の、違い。


 この国に来てから常々感じていたことを、まさかここでも見つけるなんて。でも、それは彼らに突きつけられる大きなものではなく、なんだか些細なことのように思えた。


「他に何かあるかい?その、価値観の違いは。」

「ええ?……あの、何枚も布が重なったドレスとか。あれ絶対動きにくいですよね。」

「それは僕も思ってる。」


 なんだか楽しくなってきて、二人であれはこう、それはこうと話していると、あっという間に時間が経っていった。




 *** *** ***




 結局あのパーティーの日、予定時刻の直前までイケメンさんと語り合ってしまった。敬語もしっちゃかめっちゃかだったし、そもそもぶつかったりしたけど、そのことは全部水に流してくれるそうだ。


 ……メイ、私なんとか生き延びた!


 イケメンさんが去った後、心の中で静かに感謝していると団員のみんなが控え室に戻ってきて、しこたま怒られた。特にメイに。

 そんなことがあったのが大体一週間前。さて今日も練習しなければ、と事務所兼練習小屋で伸びをしていると、団長が私に気づいて寄ってきた。


「クロエ、お前宛に手紙が来てる。」


 渡された封筒は、紋章入りの立派な蝋で止められている。


「お偉い様からじゃない?」

「えー誰からだろー?」


 心当たりがないこともないが、それを言うとメイにもっと怒られるので絶対に言わないと誓っている。

 そうして私が目を泳がせている間に、メイは送り主の名前を読んでいた。


「アルバート……ウィキーニ……、え。」

「なにその反応やめて怖いじゃん!」


 ピシリと固まったメイをガクガクと揺さぶると、血の気が引いた顔でこちらを見てきた。

「アルバート・ウィキーニア。今うちに留学してる、隣国の第三王子。」

「……え。」


 封筒には、焼きたてのパンを食べた感想が書かれた手紙と、彼の屋敷への招待状が入っていた。

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