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9.手紙×菓子(2)

「次期教皇猊下からも、贈り物を頂いておりますよ」


 わたしが次期教皇の顔は覚えていると言ったからだろう。

 面倒くさいけど、善意で差し出された紫色の箱を受け取る。

 手紙つきだ。繊細な字で封筒に書かれているのは、『高潔なる神秘のあなたへ』と『クルト・エーヴェルトレン』。

 この国じゃ男は父親の名前を名字に使うから、教皇の名前はエーヴェルトか。初めて知った————とかいう話じゃない。

 なんだこの宛名部分。わたし、自分の名前ちゃんと名乗ったよね? あの冷めた目をする人間が放つとは思えない言葉選びなんだけど。

 あまりにも意外すぎて……面倒という思いよりも興味が勝った。

 読まずにポイするつもりだった中身を取り出す。


『月のようなあなた。しかし自ら輝く陽のようでもあるあなた。初めて目にしたとき、私がどれほどの衝撃を受けたか、あなたは気づいていないのでしょう』


 もうこの冒頭だけで吹き出しそうだった。そこから続く文章もそりゃあもう酷くて、おもしろすぎた。

 要約すると、『せっかくの機会を得たのに緊張してうまく言葉を紡げなかった』『途中、体調が優れないようだったが大丈夫か』『悍ましい事件のせいであなたの心が陰っていないといいけれど』『ケーキを食べる姿が愛らしかったのでお菓子を贈ります』だが、とにかく総じて修飾語が多い。そのせいで手紙が五枚にも及んでいる。都度都度挟まれる褒め言葉も過剰で、ともすれば薄っぺらく思えてしまいそうな文面だ。

 検閲したからか、渡されたときから封は開いていた。つまり、ほかのだれかもこの手紙は読んでいる。

 きっと次期教皇だって、検閲が入ることは予想の範疇だったはずだ。なのにこの内容ということは、相当肝が据わっているのか、あるいはこれが普通だと思っている天然なのか。


「……そんなに嬉しいことが書いてあるの?」

「ん?」


 知らず知らずのうちに笑いでもしていたのだろうか。

 ファルクがじっとこちらを見ている。……少し眉が寄っているような。


「読んでみる? びっくりするくらい情熱的よ」

「え。わっ」


 テーブルを滑らせてファルクの方へ手紙をやり、次は箱を開ける。

 手紙に書かれていた通り、お菓子の詰め合わせだ。

 見た目が華やかというか、キラキラしている。花を模したキャンディーと、果物が乗った小さなタルト。

 うん。城で出るお菓子にも負けず劣らずおいしそうだ。


「これ食べるから、合いそうなお茶をちょうだい」

「あ、は、はい。かしこまりました」


 使用人が慌てて動き始めるのを横目に、キャンディーを摘まみあげる。

 どうやら花弁一枚一枚を薄いキャンディーで作って、あとで花の形に見えるようセッティングしているらしい。

 花弁一枚だけを口に含むと、パリパリとした食感ののち、甘い香りを残してスッと溶け消えた。


「そちらのキャンディーは、紅茶に溶かして味わうのもよいかもしれませんね」

「へえ。そういう楽しみ方もあるのね」


 使用人に言われ、淹れてきてくれた紅茶にさっそく花弁を一枚落とす。

 すぐに溶けてくれたので一口飲んで……もう一枚追加。再度飲んで、さらにもう一枚を追加し……うん、ちょうどいい。この飲み方、好きかもしれない。


「一応、次期教皇からのなんだけど……」


 小声でファルクが囁いた。

 わたしを見る目が、要注意人物からのプレゼントだってわかってる? と言いたげだ。

 べつに忘れているつもりはないけど、たとえばこれが毒だったとしても魔女のわたしはその程度じゃ死なないし、プレゼントを受け取ったら魔女確定だなんて話になるわけでもない。

 だから目の前に聖教関連の人間がいるときだけ魔法を使ったり魔女らしい話題を出したりしないようにすればいいだけで、それ以外は気を抜いても問題ないはずだ。

 心配性なファルクに、わたしは「大丈夫よ」と返す。


「それより、なかなかいいお手紙だったでしょう?」

「えぇ……? たしかにびっくりはしたし、情熱的といえば情熱的かもしれないけど……こういうのが好きなの?」

「つまらないよりずっといいじゃない。あとはこれが本心からの言葉だったら百点満点ね。クルトはどっちかしら。昨日、もっと素を出して話してみればよかった」

「ふーん……」


 ファルクは理解できないような、あるいは理解したくなさそうな顔をしている。


「でも、これにも返事はしないんだよね? 一人だけ特別扱いになんてしないよね? ね?」

「うん? まあ……うん、そうね。おもしろいけど返事が面倒なのには変わりないし」

「……じゃあいっか」


 なにが?

 そう聞く前に、使用人が口を挟んできた。


「ですが、ファルク殿下。次期教皇猊下にすら本当になにもしないとなると、聖教側との関係が悪化してしまうのでは……? 口さがない者から常識知らずだと言われ、侮られてしまう可能性もありますし……」

「いや、聖教と王家との関係は気にしなくていい。公にもらったものならともかく、非公式で、しかも王族に加わるかも不確定な女の子への贈り物だ。この程度の問題をつつくような真似をすれば、逆に聖教側の格が落ちるだろうからね。……つまり、あとはヴィヴィ自身が悪く言われてしまうことに対して、どう思うかっていう問題なわけだけど」

「わたしはむしろ、常識知らずだと思われて敬遠された方がラクよ」


 それで煩わしい付き合いが減るなら万々歳だ。


「それより、お菓子ってほかにも来てる? どんなのがあるか見たいんだけど」と続ければ、大量の箱から急いでお菓子を探す使用人と、困った顔でファルクを見つめる使用人の半々に分かれた。

 仮にも部屋の主であるわたしの言葉を無視する使用人が半分もいるなんて……そんなに不安にさせているんだろうか?

 ファルクは苦笑しながら「大丈夫」と困り顔の使用人たちへ言う。


「たぶん強がりとかじゃなくて、ヴィヴィは本気で言ってるし、本気で気にしない子だから。きみたちも嫌な噂を耳にするかもしれないけど、気にしなくていいよ」

「あら?」


 ファルクの声に少し重なるように、使用人の声がした。

 当然、部屋にいる全員がその使用人を見ることになる。


「し、失礼いたしました、申し訳ございません!」

「いいよ。どうしたんだい?」

「あ……その……」


 使用人は兵から箱をひとつ受け取り、こちらへ近づいてきた。


「贈り物のなかに、名前の記載もなければ手紙もついていないものがありまして……。こういった品はきちんと弾いてお持ちしているはずなのですが、一体どこで紛れ込んだのか……」


 見せられた箱の外装は、とくに変わったところはない。

 色は紫で奇しくも次期教皇からの箱の色と同じ——と思ったところで気づいた。わたしの目の色と同じだ。近くでわたしの目をちゃんと見ただれかからだろうか。

 使用人がもともと箱を持ってきた兵へ視線を投げると、慌てたように兵は口を開いた。


「じ、自分は指定の場所から持って参りました。ほかの……いま持っている箱と同じ場所にあったものです。調べ終えているもので間違いないはずですが……」

「だとすると、検品担当のミスかな」

「べつにだれのミスかなんてどうでもよくない?」

「いや、次また同じことが起きないように、きちんと——」

「これに問題がなければいいんでしょ」


 わたしは使用人から箱をもらう。ちょっと不意打ちで奪うような形になってしまったかもしれない。

「えっ、あ!?」とうろたえる使用人は無視してさっさと箱を開けてしまう。

 中にはさらに三つの箱。それぞれ中身は紫色の宝石、紫色の花、あとは紫色でもなんでもない普通のクッキーだった。

 やけに紫色が目立ちはするが、一通り人間の女の子が喜びそうな物を詰め合わせたって感じのプレゼントボックスだ。

 適当にクッキーを一枚摘まんで、口に放り込む。

 ファルクも使用人も兵も揃って「あっ!?」と大声をあげた。


「ヴィヴィなんで!?」

「だ、だだ、出してくださいませ! 毒味が済んでいないものかもしれません!」


 みんなものすごい慌てっぷりだ。

 でもこれ、めちゃくちゃにおいしい。甘ったるいしっとり系。好みど真ん中の味だ。

 魔法を練り込んだわけでもない毒に負けるつもりはないから、普通に飲み込む。その瞬間「ああぁ~……」という情けないファルクの声が聞こえたけど無視だ。

 二枚目のクッキーも口に入れる。

 本当においしい。それなのにあと二枚しか残ってない。

 また同じものがほしいので、外箱もクッキーの小箱もいろんな角度から見てみたが、店名やブランドロゴらしきものはどこにもなかった。となると、使用人の目を盗んで魔法で作るしかないか。


「か、体は平気? なにか違和感とか……!」

「杞憂ね。毒なんて入ってないわよ、これ」

「そう……なの……? なら、いっか…………いや、よくはない!!」


 贈り主がわからなくて、どこの店のクッキーなのかもわからなくて、なのに宝石なんて高価なものまで入っている。

 もはや怪しんでくださいと主張しているプレゼントだ。

 そして、それでもなお、わたしの手元まできっちり届けられてしまっているんだから、また怪しくて——おもしろい。


「ねえ。次期教皇とこの名前のないだれかさんからの贈り物、また来たらすぐに持ってきてくれる? 毒味も検閲もいらないから」

「……え」


 使用人たちの目がファルクへ向かう。

 わたしもファルクを見ると、ファルクは難しい顔をして頭を抱えてしまった。


「まだなにか悩んでるの? 毒はないって言ったでしょ」

「いや……それもだけど……」

「じゃあ、お返しの話? なにもしないってもう決まったじゃない」

「いや……だからそれもだけどそうじゃなくて……なんで……」


 そのあとの続きを待ったけど、ファルクは口を閉じてしまう。代わりに、ふたつの紫の箱を睨むように見た。

 わたしはその意味をしばし逡巡し、問いかける。


「食べたいの?」

「そうでもなくて——」

「クッキーとタルトは数が少ないからダメだけど、こっちのキャンディーも普通においしいわよ。あーん」

「えっ!?」


 一瞬で難しい顔が解けた。

 みるみるうちに真っ赤になるファルクは本当に素直で、こちらの笑みを誘ってくれる。

 多少強引にお菓子を口に入れてやれば、慌てる反応がかわいくて、またさらに笑ってしまった。

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