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8.手紙×菓子(1)

「すまないな、ヴィヴィ。人払いのためとはいえ、こんな夜更けに呼び出してしまって」

「べつに構わないけど。国王っていうのも案外大変ね。こんな夜更けまでお仕事ご苦労様」


 薄暗く冷たい部屋のなか、この国の最高権力者にしてファルクの父親——ゲイルが苦笑した。

 隣に立つファルクと同様に、その顔には疲れがにじみ出ている。パーティーからぶっ通しで動き続けているせいだろう。

 部屋の中央には台が設置されており、その台の上には横に長い箱が乗っている。

 この場にいるのはわたしとファルク、ゲイルの三人だけ。使用人も兵士も、ここにわたしたちがいることは知らないだろう。それぞれ自室で寝ていると考えているはずだ。

 ファルクが箱の蓋を外す。

 中で横たわっていたのは男。日中、パーティーに参加し、遺体となって発見された貴族だ。


「ヴィヴィ、大丈夫? 気分が悪くなったりしてない?」

「これくらい平気よ、心配性。けっこう綺麗な状態だしね」

「……むしろ、綺麗すぎると言うべきかもしれないな」


 ゲイルがため息をつくように言った。


「刺し傷や打撲痕どころか、地面に倒れた際にできてもおかしくないような、小さな怪我すら見つからない。毒や病気の線も疑って調べさせたが、医者も原因がわからずお手上げ状態だ。魔女の呪いだと囁く者たちが早速出てしまっているのも困った問題でな……」

「それで、ヴィヴィの魔法ならなにかわかるかなって。ちゃんと原因を公表できれば、呪いなんて噂も消えるだろうし……あ、もちろんお礼はするよ!」

「だからお礼とかはいらないって……。パーティーの邪魔をした犯人がいるなら、わたしも知りたいし」


 裁判で取り決められる処罰とはべつに、わたしの楽しみを奪った罰として嫌がらせくらいはやってやりたい。


「ちなみに、この男はゲイルの味方だったの? それとも敵?」

「あまり民を敵味方で分けたくはないが……聖教派かつ教皇が国の指導者となるべきと考える過激派という立場を鑑みれば、敵にあたる男だったな」

「そうなの? 予想外れちゃった。ファルクのお祝いの場を台無しにしたくらいだから、犯人は王家の敵だと思ってたんだけど。王家の敵が王家の敵を殺したってこと? 敵の敵は味方って言葉は、現実には当てはまらないのね」


 わたしは魔法を発動させる。

 男の死の直前の記憶を読み取れば、犯人の顔なり名前なりがわかるだろう——そう思っていたのだが。


「————は?」


 自然と顔が歪む。

 舌打ちしてしまいそうだった。


「ど、どうしたの?」

「魔法」

「え?」

「魔法の気配がする。この男から」

「えっ!?」

「なんだと!?」


 ファルクとゲイルが目を見開き、まじまじと遺体を観察する。

 いくら細かく見ても、人間に魔法の気配が感知できるはずもないけど。


「つまり、あれか。カイ伯爵は魔女に殺されたということになるのか?」

「魔女に殺されたか、人間が殺した証拠を魔女が隠したかってところかしら。……ムカつくことに、わたしより熟練の魔女の仕業よ。だから詳しくはわからないわ」


 わたしはまだ魔法を使い始めて十数年しか経っていない未熟者。ほかの魔女や彼女たちの魔法と相対すると、それをまざまざと見せつけられているようで悔しくなる。


「……少なくともあのときこの城に、ヴィヴィ以外の魔女がいたってことになるよね?」

「まあ、そうなるでしょうね」

「……でも魔女がいるって公表したら、真っ先に疑われるのはこのタイミングで現れた身元不明のヴィヴィってことになるよね?」

「そうなるでしょうね」

「……父上」

「わかっている。公表はしない。……が、なんとも頭の痛い話だな。こちらがなにも言わなければ余計な憶測がますます広がり、結局はヴィヴィを追い込むことになるやもしれん」


 ……正直、魔女の噂が広がりすぎてあまりにも居心地が悪くなったら、全部放り出して逃げるつもりだった。魔女嫌いの聖教関係者や貴族たちと律儀に関わらなくちゃいけない義理もないし。

 でも、面倒になったからってこのまま城から出て、この国からも出て行ったら、まるでわたしがこの件に関わっている魔女から逃げたみたいじゃない? 完全敗北のお手上げ状態だって思われたら? さらにムカつくことに、もしその魔女が知り合いで、『アタシが犯人だってわかんなかったかあ。ベイビーちゃんには難しい問題だったカナ?』とか言われたら?

 ああ、想像しただけで耳鳴りがしそう。

 そんな未来になったら、この先千年以上後悔する。避けなければならない。


「……この国では、死者や行方不明者がよく出るって言ってたわよね」

「え? ああ、うん、言ったけど……」

「魔女のせいだって噂になってたわよね」

「あ、でも、それはあくまで噂で……」

「この男も死者続出のうちの一件に含まれるわよね。じゃあ、そっちも魔女が絡んでる可能性、あるわよね」

「ちょ、ちょっと待って、ヴィヴィ! もしかしてその……怒ってる? なんだか少し、雰囲気が怖いというか……」


 ファルクの疑問に肯定も否定もせず、わたしは話を続ける。


「一連の事件の情報、全部教えてくれる? 絶対に魔女を捕まえてみせるから」


 もうわたしのなかでは、わたしを赤ちゃん扱いしてくるムカつく魔女がすべての元凶で犯人だと決まっていた。



 ◇



 翌日の昼過ぎ。騎士団や兵団で保管している事件資料をファルク経由で融通してもらい、朝からずっと読み調べ続けてさすがに気疲れを感じてきたころ。

 ものすごく申し訳なさそうな顔をした使用人が部屋にやってきた。


「お忙しいときにこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、ファルク殿下とご一緒にいるいまお伝えした方がよいかと思いまして……」

「嫌な含みを持たせるわね……。なに?」


 わたしとファルクが手を止めてそちらを見ると、使用人は扉を開け、廊下へ向かって「お願いします」と言った。


「えっ。なになになんなの」

「うわ……。予想はしていたけど、想像以上にすごいな……」


 扉から続々と入ってきたのは、大小さまざまな箱を抱えた使用人や兵士たちだ。

 二、三人どころではない。十や二十を優に超えている。その全員が箱を持っているのだから恐ろしい。


「昨日の今日だっていうのに、早いなぁ」

「はい。今朝から贈答品、それからお手紙や招待状などがひっきりなしに届いておりまして。いまこちらにお持ちしたのは、午前中に中身を検め終えたもののみになります」


 思わず眉を寄せてしまう。

 ファルクはなにやら予想がついていたことらしいけど、わたしにとっては予想外の事態だ。


「贈答品……なんでわたしに?」

「理由はいろいろだね。ヴィヴィを自分の派閥に取り込みたい人、ヴィヴィを通して僕に媚を売りたい人、純粋にヴィヴィに好意を持った人、あとは……逆にヴィヴィを罠に嵌めたい人とか、ね。本当に理由はいろいろ」


 人が死んだパーティーの直後にこれだなんて、人間って図太いな……。

 しかもわたし、容疑者扱いされてもおかしくないくらい怪しい立場にいるんだと思ってたんだけど。もしかして図太いんじゃなくて、考えなしのバカなのかな。


「それで、どういたしましょうか。お相手によっては返礼品やお返事が必要になりますが、量も量ですし……」

「面倒だからなにも返さなくていいんじゃない? お相手によってはとか言われたって、送り主の名前見てもわたし、だれからのプレゼントかなんて絶対わからないわよ」

「たぶん何人かはパーティーで挨拶した人が該当すると思うけど」

「教皇と次期教皇と、わたしに絡んできたカリンって女の顔しか覚えてない」

「……そっかあ」


 ファルクが苦笑した。


「どうしようかな。僕が代わりに選別して返礼を決めて手紙を代筆するっていう手もあるけど……あとあとその人たちと関わることになって、手紙の内容とかを持ち出されたら話がかみ合わなくなりそうだし……。うーん……ヴィヴィの生まれ故郷ではそういう風習がないってことにするのは……でもなぁ……うーん」


 唸りながら真剣に考え込むファルクには悪いが、返礼も返事も自分でする気は一切ない。そんなつまらないことをする暇があるなら、魔女探しの方に時間を割きたいのが本音だ。

 だから大量の箱と難しい顔をしているファルクたちは放って事件資料を読み続けていると、「そういえば」と箱を抱える兵の一人が声をあげた。

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