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7.祝宴×事件(2)

 使用人ではない。ドレスを着た貴族の女たち——ああ、見覚えのある顔も交ざっている。


「ごきげんよう。お初にお目にかかります」


 話しかけてきたのは、王都に来た初日、魔女だなんだと騒いでいたあの貴族女だった。

 周りに似たようなニオイがする貴族女を引き連れている。


「わたくし、カリンと申します」

「わたくしは——」


 先頭の貴族女が名乗ったのを皮切りに、取り巻きたちも「わたくしは」「わたくしは」と次々に名乗っていく。

 一気に言われても覚えられないし、覚える気もないし、なによりカリンと名乗った先頭の女が好きじゃないので、わたしは立ち上がらずに口だけ動かすことにした。


「…………ヴィヴィよ」

「…………まあ」


 女の声が一段低くなる。取り巻きたちも、こちらを蔑むような目で見てきた。

 けれどこっちも仲よくする気は一切ないので構わない。

 音量を下げた声の届く範囲には、このグループ以外、使用人たちもだれもいない。だからこそ好都合。多少やらかしても、それを確実に証明証言できる人間はいないわけだ。


「それは、わたくしが侯爵家の者だと知ったうえでの態度なのかしら?」

「あなたこそ、わたしがファルクやゲイルのお気に入りだってご存じ?」

「な……! 王太子殿下だけでなく、国王陛下の名まで気安く……! なんて無礼な!」


 あーあ。

 そんなに声を荒げたら、周りに気づかれるじゃない。遊びたかったのに残念。

 多人数に囲まれて声を荒げられているわたしが、部外者からどう見えるかなんて想像すらしていないんだろう。

 わたしは笑いそうになる口元を隠すようにうつむく。


「おかしいと思いましたわ! 飢えた庶民のようにケーキを食べる浅ましさ、所作だけを取り繕ったところで隠せるものではありませんもの! 卑しい身の上でどうやって…………そうだわ」


 ハッとした女の唇が弧を描く。

 そして堂々とわたしを指さし、勝ったとでも言わんばかりに胸を張った。


「あなた、魔女でしょう! 王族の方々すらも篭絡してしまうその美貌もなにもかも、魔法の力なのではないですか? あの忌々しい魔女……あれが街に現れた日と、王太子殿下に恋人ができたという噂が出始めた日、とても近いような気がしませんこと? あり得ない話ではないですわよねぇ?」


 ふーん。バカっぽそうなのに、意外と鋭い。

 けど、やっぱりバカだ。証拠もないのに王太子殿下の恋人を、よりにもよって立太子したばかりのパーティーで魔女呼ばわりなんて。

 会場の全員に聞こえたわけじゃないだろうけど、これだけ声高に喋っていればだれかの耳には入る。

 案の定、わたしを取り囲むグループの向こう側から声をかけてきた人間がいた。


「失礼。なにか問題でも? 魔女という単語が聞こえましたが」


 顔をあげ、その人物を確かめて——内心、げっと呻く。

 取り巻きの数人が、「きゃあっ」と黄色い声をあげた。


「クルト猊下……!」


 短い黒髪に、白い祭服。

 ファルクに気をつけろと言われた片割れ、若い方。名はクルトというらしい。


「ああ、よいところに! 聞いてくださいませ、この方きっと魔女ですわ! 聖堂に連行して調べるべきです! 騙されている王太子殿下がお可哀想……!」


 媚を売る決断が早い。目を潤ませるという嘘泣きもうまい。

 ここに権力と金が加算されるのだから、そりゃまあバカみたいな話に乗るバカも出てくるわけだ。

 魔女をコロッと信頼する王族も大概だけど、バカ貴族と仲よくやっている聖教の人間も大概だろう。

 ——そう思ったのだが。


「左様ですか」


 カリンを見下ろす目は、非常に冷たい色をしていた。

 ある意味ファルクと同じく素直というか、カリンに対して微塵も興味を抱いていないという心中が透けて見える。


「それで?」

「え? ……そ、それでと申しますと?」

「以上ですか? どのような魔法が目の前で使われたかなどの具体的な話もなく?」

「え……ええと、あの……。いつも聖教の皆様は、魔女の可能性があるだけでも調べてくださるのですが……」

「あなたの知る教徒はそうかもしれませんね。しかし生憎、私は忙しい身です。曖昧な話で私の仕事を増やすような真似はやめていただけますか」


 色めきだっていた取り巻き含め、貴族女たちは黙り込んでしまった。


「ヴィヴィ!」


 そこへ、表情に焦りを滲ませたファルクが早足でやってきた。

 そしてなんの躊躇いもなく床に膝をついてわたしの手をとったファルクを見て、カリンが目を見開く。


「ファルク」

「大丈夫かい? ごめん、気づくのが遅くなって……」

「なんて顔してるの。心配しすぎ。わたしがそこの彼女たちに傷つけられるとでも思ったの?」

「ヴィヴィが強い女性だってことは知っているよ。でも……」


 ほんのわずかに、ファルクの視線が次期教皇の方へ動きそうになった。

 まあ、教皇と次期教皇に絡まれないようわたしを挨拶の場から遠ざけたのにもかかわらず、これだもんね。王太子殿下の仮面が剥がれそうなくらい慌てもするか。


「大丈夫よ。味方になってくれたもの、そちらの方が」


 気持ち『味方』という言葉を強調しつつ、次期教皇に目をやる。


「……味方?」

「ええ」

「いえ」


 ファルクの言葉に、わたしが頷き、次期教皇が否定した。

 ちょっとおもしろくて笑ってしまう。


「私は味方と称されるほどのことはなにも」

「ふふふっ。なにもってことはないでしょ。あんなタイミングで割って入ってきて、みんなを黙らせてしまうんだもの」


 ……あ、いけない。ファルク相手ならともかく、ちょっと馴れ馴れしい話し方だったかも。

 なにか反応が返ってくるより先に立ちあがり、スカートを摘まんで軽く持ち上げる。


「改めまして、ヴィヴィと申します。助けていただき感謝いたしますわ、クルト次期教皇猊下。ほら、ファルク殿下も」


 膝をついていたファルクも立ち上がる。

 まだ警戒心が薄れたわけではなさそうだが、わたしがわざわざ『殿下』とつけて呼んであげたことで、ファルクは王太子殿下の仮面をきちんと被れたようだ。


「クルト殿、礼を言う」

「恐縮です」


 とくに感情の伴っていない、端的なやり取り。

 ファルクは微笑みを浮かべているが作り笑いだし、次期教皇の方は相変わらず冷めた目をしている。貴族女たちに興味がないのはわかるが、次期教皇は王太子殿下にも興味がないのだろうか。


「さて。それで、きみたちだけど」

「あ……も、申し訳ございません、ファルク王太子殿下……! ですがわたくしたちは、王太子殿下のためを思って……!」


 次期教皇どころか王太子殿下まで相手取ることになってしまったカリンは、顔面蒼白になってうろたえている。

 謝るくらいなら、最初から騒ぎ立てなければいいのに。

 そう思っていたところで、嫌な音。耳鳴りがした。


「……ヴィヴィ?」


 すごく不快だ。

 これから悪いことが起きるかもと思うと、さらに不快。

 思わず顔を歪めてしまう。


「ヴィヴィ、大丈夫?」

「……大丈夫よ。でも、気がそがれたわ。今日はもうお暇したいんだけど」

「顔色がよくないね……。わかった。父上——国王陛下に顔だけ見せてから帰ろうか。……きみたちへの沙汰は後日言い渡す。連絡を待つように」

「そんな……! お待ちください、わたくしは——」


 甲高い声で騒ぐカリン。

 ああ、もう。耳鳴りと合唱しないでほしい。魔法を使って、一生声を出せないようにしてやりたくなる。


「王太子殿下!!」


 しかも、もっとやかましい人間たちまで来た。

 顔を強張らせた兵士たちだ。


「どうした」

「ご報告申し上げます。カイ伯爵が……カイ伯爵のご遺体が、第二庭園で発見されました……!」

「な……!?」


 ファルクの驚きの声に、聞き耳を立てていた周囲の貴族たちの声も重なる。

 会場全体がどんどんざわめきに満ちていくなか、わたしの耳鳴りは収まってきた。どうやら悪い予感は、この面倒な事態を指していたらしい。


「カイ伯爵……。つい先ほどまで挨拶の列に並んでいた気がしましたが……」

「クルト殿。あなたはすぐに父君の元へ戻った方がいい。護衛に聖騎士を連れて来ていたはずだ」

「……そうさせていただきます。王太子殿下と……ヴィヴィ嬢もお気をつけて」


 そう言って次期教皇は去っていったが……去り際にわたしをじっと見つめてきたような。気のせいだろうか。


「こ、この近くに人殺しがいるってこと……!?」

「これだけの警備のなかで、そんな不届き者が紛れるなんて……」

「そのようなことができるのって……ま、まさかとは思いますけど、カリン嬢が見たっていう……」


 カリンと取り巻きたちが勝手な憶測を囁き合っている。

 それにしても、すぐそうやって魔女に結びつけてこないでほしいものだ。しかもちらちらとわたしを見てくる始末。

 つい先ほどファルクに厳しく言われたばかりだというのに、それでも気に食わないわたしを悪者にしようとしてくる胆力はもはや天晴だ。

 彼女たちの視線を遮るように、ファルクがわたしの前に立つ。


「きみたちもご家族ところへ行きなさい。無駄口を叩いている場合ではないだろう」

「……は、はい。申し訳ございません……」

「殿下たちは、どうぞこちらへ。できるだけ我々から離れられぬようお願いいたします」


 せっかくの楽しいパーティーは、最悪の終わりを迎えてしまった。

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