6.祝宴×事件(1)
「もう話聞いてるよね。ごめん、こんなことになっちゃって……! どうにかパーティーに出なくていい流れに持っていくから……」
部屋に来たファルクが、ソファーにも座らず謝ってきた。
なんの話なのかはすぐに察せたが、なんで謝られたのかはわからず、「え?」と首を傾げる。
「いいじゃない、出させてよ」
「いいの!?」
大げさに驚いたファルクは、力なくよろけるようにソファーに腰を下ろして項垂れた。
出会ってからしばらく経ったが、ファルクの印象は最初のころから変わらない。わかりやすくて素直な反応——その様が近ごろはなんだか心配に思えてきている。
「本当になにがダメでなにがいいのか基準が難しすぎる……!」
「そんなに予想外だった? 物語で読んだような、まさしく最上級のパーティーを見せてくれるんでしょう? 一度くらいは体験しておきたいわよね」
王妃からファルクの生誕パーティーに参加してほしいと頼まれたのは、今朝方のことだ。
詳細を聞く前に、わたしは二つ返事で了承した。
あとあと朝食を食べながら聞いた話によると、王城に連れ込むほど熱を向けている相手がいるのに、自分のパートナーとしてパーティーに参加させないのは、『うしろ暗い理由があるのでどうぞ詮索してください』と言っているようなものなのだそうだ。
ともあれ、そんな面倒な事情はどうでもいい。
煌びやかなドレスを着て、優雅に歓談する——辺境の山育ちなら、憧れても仕方がない世界だと思うのだ。
そりゃあ魔法を使えばいつだってパーティーにも忍び込めるが、堂々と参加できるならその機会を逃す手はない。
多少作法の勉強はした方がいいらしいので、パーティーまでの間ちょっと忙しくなりそうだが、それすらも楽しなみくらいわたしはパーティーに乗り気でなのであった。
◇
そうして、いよいよ迎えたファルクの生誕パーティー当日。
ドレスもアクセサリーも、王妃が用意してくれた。初めての化粧もして、ヘアセットもばっちり。気分は最高だ。
ファルクにエスコートされて会場へ入れば、みんながわたしに注目する。
礼儀作法の教師からパーフェクトという評定をもらったわたしに死角はない。だから思う存分に注目するがいい。というか、見惚れて褒めたたえろ。
「美しい……」「あのようなかわいらしい女性、王子は一体どこで……」「羨ましい……」という囁きが聞こえるたび、最高だった気分がさらに上がっていく。
その気持ちよさが表情に出ないようにするのだけは大変だったが、恙なく挨拶や祝辞は進行し、そして立太子の儀礼も終了した。
この国では王の直系だとしても、二十歳になるまで王位継承権は与えられない。
つまり本日二十歳を迎えたファルクは、この儀をもって王子から正当な次期国王、王太子となったのである。
そして、そんな王太子が連れている女性は出自不明の美女————ふふふ、なかなかいい展開じゃない? 昔読んだロマンス小説に引けを取らない気がする。
儀礼的なものがすべて終わり、歓談の時間になった途端、ファルクとわたしの元には挨拶待ちの列ができた。
貴族たちが話す内容はどれも似たり寄ったりで面白味には欠けたが、気分のいいわたしは魔法で蹴散らす気にもならず「お嬢様はどちらのご出身で?」という質問に「海の向こうです。一度でいいから世界樹を拝見してみたくて、こちらに参りました」と笑顔で噓八百を並べることもできた。
ただ、ファルクは心配だったのだろうか。
ある程度の人数をさばき、けれどまだまだ列が途切れない状態で「申し訳ない」と一旦流れを止めた。
「彼女が緊張で疲れてしまっているようだ。少し外してもいいかな」
「もちろんでございます。よろしければ、わたくしどもがお嬢様をお休みできる場所までお連れしますが……」
「それには及ばない。僕が連れていく。きみたちはここで待っていてくれるかい? 僕はすぐに戻ってくるつもりだから」
「承知いたしました」
ファルクは公の場だからか、言葉遣いが僅かに変わり、作り笑いを浮かべている。
わたしもそうだから特別言及するつもりはないが……素直なばかりではないようで、少し安心した。もし素直さのせいで狡猾な貴族に言い含められたり見下されたりしていたら、魔法でちょっかいをかけていたかもしれない。
ファルクに腰を抱かれてその場から離れる。
背筋を伸ばしてキビキビ歩くより、疲れているフリをした方がいいのだろうか。
周囲からは「案内役すら譲らぬとは……」「本当にご寵愛されていらっしゃいますね……」などの声がちらほらと聞こえてくる。
寵愛の信憑性をもっと確かにするなら……と考えて、わたしは重心を少しファルクの方に傾けて歩くことにした。
◇
恐らく休憩スペースとして設けられている会場隅のテーブルには、軽食と飲み物がすでに用意されていた。
わたしたちが歩いてくる間に、使用人がすばやく給仕してくれたようだ。魔法を使わなくてもラクできるというのは、とてもいい。
ファルクに促されるままソファーに腰かけると、ファルク自身は座らずに身を屈めてこちらへ顔を寄せ、小声で話し始めた。
「しばらくここでゆっくりしてて」
「べつにまだ付き合ってあげてもよかったのに」
「あのままじゃ、いつまで経っても食事にありつけないよ。パーティー、楽しみにしてたでしょ? 軽いものしかないけど、せっかくだし食事も楽しんでいってよ」
そういうことなら、と頷く。
たしかに隅から会場全体の雰囲気を眺めつつ食事というのも悪くない。
「それと」とファルクが続けた。
「貴族たちが並んでいた列、見える? あ、ほら、いまちょうど先頭に順番を譲ってもらった二人」
目線だけで示された方を見る。だれを指しているかはすぐにわかった。
長い黒髪と、短い黒髪の二人組。髪の長い方が背も高い。
格好も同じようなもので、白い服と冠にも似た帽子。長髪の服の方が少し装飾が豪華にも見える。家族——親子とかだろうか。
「あの二人が来そうだったから、早めに切り上げたっていうのもあるんだよね。……トゥリエ聖教の教皇と、その息子の次期教皇だよ」
「……へえ。あれが」
魔法で視力を強化する。ついでに視界を遮る邪魔な貴族を無視するために透視も付与。これで顔の造形の隅々まで観察できる。
……ふむ。どちらも見目は整っている。線が細いというか、身長が低ければ女性でも通りそうな美形。
とくに髪が短くて背がい低い方——若い方は、青年と少年のあわいという雰囲気も相まって、ますます女みたいに見える。
というか、父親若いな。……本当に父親でいいんだよね? 兄弟だって言われても違和感がない。二十代に見える。もし性別が女だったら、教皇のくせに魔女だと疑われていたに違いない。
「いまのところ、なにもバレてないと思うけど……あの二人には気をつけてね」
「わかったわ」
ファルクが挨拶待ちの列へと戻り、わたしは軽食に手をつける。
小さいケーキもいろんな種類があって、しかもなくなりそうになるとすばやく使用人が近づいてきて追加してくれる。そのうえ、追加される度に違う種類のものばかり並べてもらえるから大満足だ。日々のおやつだとここまで多種多様なデザートは食べられない。
ちょっとお腹が苦しくなったら魔法で解消して、また新しい味を楽しむ。パーティー万々歳だ。
次にパーティーが開かれたときも参加しよう。誘われなかったら勝手に忍び込もう。
そんなことを考えていたとき、ふいに人間が近づいてきた。