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5.噂×恋人(2)

「部屋は広いし、ベッドも寝心地いいし……ごはんおいしいし、お菓子までついてくるし……読んだことない本もたくさん持ってきてくれるから、宿としてはこれ以上ないくらい十分なのよね……。まあ、強いて言えば、使用人の目がいちいち煩わしいくらいかしら」

「う……それは、ごめんね……。使用人たちはきみが魔女で僕らの恩人だなんて知らないから、僕が急に連れてきた客人……その、恋人の類だと勘違いされてるみたいで……」

「ああ……あれって、そういう視線だったの」


 道理でちょっと庭を見学しに部屋の外を歩いただけで、すれ違う人間全員から凝視されるわけだ。

 いまは廊下で待機している部屋づきの使用人たちが業務中に無駄話をしないタイプでよかった。『殿下の恋人なんですよね?』とか質問されていたら、辻褄の合わない返答をしていたかもしれない。


「本当に申し訳ない……」

「ま、そっちの方が都合いいなら、それでいいわよ」

「え。いいの?」

「ただ、魔女は恋愛禁止だから。それは頭の片隅にでも入れておいてちょうだい」


 ファルクが瞬きをして首を傾げる。


「魔女は恋愛禁止……? 聞いたことないけど、どうして?」

「教えない。恋愛のママゴトなら問題ないから、気にしないで。べつにあなたのことが嫌いってわけじゃないし、噂されるくらいならなにも————ああ、そうだ。噂といえば」


 深く突っ込んで質問されても困るし、話を切り替えるためにもちょうどいい。ファルクに聞こうと思ってたことがあったんだった。


「この街ってわたし以外にも魔女がいるの? 死体が出たとか行方不明者が出たとか……先代の教皇が魔女に殺されたっていう噂も聞いたわよ」

「あー……うーん。その噂かあ。たしかに死者や行方不明者の続出は十年以上続くこの国の問題で、ならず者たちには僕らも頭を悩ませているけど……先代教皇の死因は毒だよ。その直後に現教皇の奥方——先代教皇から見て義理の娘が失踪してる。王家が派遣した調査団としては、彼女が犯人の最有力候補だったんだけど……」

「魔女に罪を押しつけちゃおうってところかしら」

「うん、たぶんね。聖教側が苦し紛れに流した噂なんだと思う。……ただ、民衆のなかには、街に魔女が隠れ住んでて悪事を行っているって強く信じている人もいるし、魔女を捕まえようと躍起になっている人がいるのも事実なんだ。そしてその心理を利用する貴族や聖教徒もいる。ヴィヴィと出会った日みたいにね」

「ああ……あのいけ好かない貴族」


 無関係の人間に向かって魔女だと糾弾していた女を思い出す。

 魔女の噂を言ったり信じたりするだけならいちいち気に留めるつもりはないが、関係ない悪事に利用されるというのは気分のいいものではない。

 次に魔女を利用しようと企む人間を見つけたら、脅かす以上の意地悪をしてやろうかな。


「……ちなみになんだけど」


 急にファルクの声が小さくなった。

 なにやら緊張の面持ちだ。


「ヴィヴィは……人を殺したりしそうな魔女に心当たりってあったりする……? その、犯人が全然見つからない事件もけっこう多くて……。も、もちろん、それ全部に魔女が関わってるわけじゃないのはわかってるけど、でも悪い人間がいるように悪い魔女もいるのかなっていうか、どうしても魔女ってなんていうかほら、前にヴィヴィもほかの魔女には会わない方がいいみたいなこと言ってたし、優しい魔女だっていることは十分にわかってるんだけど……!」


 ファルクは矢継ぎ早に言い訳じみたことを並べていく。

 べつにほかの魔女を容疑者扱いしたくらいで怒ったりしないのに。

 だって。


「知り合いの魔女は全員、平気でそういうことすると思うわよ」


 わたしも含めて魔女って自分一人でなんでもできるから、他人のルールになんか従わない傲慢タイプっていうのが標準だし。

 だから魔女同士でも我が強すぎるせいか、ほとんど仲良くできないのよね。


「たとえば有名どころでいうと、災厄の魔女とか、願望の魔女とか」

「え……お、おとぎ話の? 国を滅ぼした過去を持つっていう、三大魔女のうちの二人?」

「ちなみに、三大魔女のあと一人、報復の魔女はわたしの母親」

「ええぇ!?」


 ファルクの声がひっくり返る。その驚きっぷりがおもしろくて、笑ってしまった。


「ほ、報復の魔女って……庭の花一輪を盗まれた報復に、とある国全土の植物を奪って不毛の地に変え、結果国を滅ぼすに至ったっていう魔女であってる……?」

「ふふふっ、あってるあってる。つまりわたし、国を滅ぼした魔女の娘なの。怖くなっちゃった?」

「そ、れは……いや、うーん……どうだろう……。正直、昔の話すぎて実感が……。というより、あの……ヴィヴィって何歳……? 報復の魔女って、少なくとも五百年は昔の——」


 笑いが引っ込んだ。

 わたしの表情の変化にはすぐに気づいたようで、ファルクが口を噤む。


「二度と年齢なんて聞かないで。わたしが魔女だってわかってるやつには絶対教えないし、同じ質問を繰り返すようならこの国を滅ぼすから」

「そこまで嫌だった!?」


 ああ、もう。せっかく気分よく笑えていたのに、いろんな屈辱を思い出してしまった。

 十歳をとうに過ぎてなお、『かわいいベイビーちゃん』『あんよがじょうずー!』『どうちたの怖い顔して。おむつ替えまちゅかー?』などと言われる地獄。人間のファルクには想像できまい。

 百歳未満が珍しいからって、年齢を明かした途端に魔女は全員これだ。なんだったら自分で明かさなくても、魔法を使ってまで暴こうとしてくる。本当にムカつく。

 だから、わたしを人間だと勘違いしたうえで十代扱いするならともかく、魔女なのに十代、ましてや人間のファルクより年下だとか知られたくない。


「ご、ごめんね……! もう絶対に聞かない……!」

「あなたの家族にも言っておいて。わたしだって、こんなくだらない理由で後世にまで語り継がれたくないから」

「わかった……!」


 気持ちを落ち着かせるためにお菓子を摘まみ、紅茶を飲む。

 ……うん、おいしい。

 ファルクも紅茶を飲んでから、ふーっと息をつく。


「あの……ほかにも嫌なこととかあったら、遠慮せずに言ってね。というか……僕の恋人扱いされるかもしれないことは、本当に大丈夫……?」

「それはべつにいいわよ、どうでも」

「いいんだ……。基準が難しいな……」


 そして紅茶をもう一口飲み、ファルクは時計を一瞥した。


「僕、そろそろ行こうかな。結局、お爺様からのお礼はどうする? 欲しいものがパッと思いつかないなら、ひとまずお金や宝石なんかを用意することになると思うけど」

「そうね……。お金も宝石も、魔法で作れるから特別欲しいとは思わないんだけど……」


 かといって、欲しいものなんて本当に思いつかない。

 だったらもう、お金を受け取ってこの話はおしまいってことにした方がいいだろう。

 そう思って『お金でいい』と返そうとした瞬間、ファルクが身を乗り出して「待って!」と叫んだ。


「お金を魔法で作って、それを使ったりした!?」

「え? そりゃあ、作ったら使うわよ。サンドイッチ買うくらいしかしてないけど」

「お礼はお金にしよう! だから、魔法で作ったお金をこれ以上使うのだけはやめよう! ね、お願い!」

「な、なによ急に。そんなに慌てること?」


 ファルクは大仰に、何度も頷いた。

 そうして時間がないからと端的に説明してもらったところによると、魔法だろうとなんだろうと、国を通さずにお金を作ることは結構な大問題なんだそうだ。

 後日、経済に関する書物とかいうおもしろみのないものを、たくさん読むはめになってしまった。

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