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4.噂×恋人(1)

 王太后の葬式は、彼女が死んだ翌日に執り行われた。

 死ぬ予兆は前々からあったからか、覚悟は追いつかずとも準備だけは進んでいたらしい。王太后なだけあって、かなり大々的な式になっている。


「愛されてるわね。家族に長く生きてほしいと願われて……それに、お花も。こんなにたくさん」


 大聖堂前の祭壇に供えられている花は、すべて平民からのものだ。もはや祭壇の元の形すらわからないほど、花で埋め尽くされている。

 土の下のお母さんには魔法の花畑を贈ったけど、わたしが想像で生み出したものより素敵に見えるのはなんでだろう。

 想像だけじゃ——魔法だけじゃ満たせないものがあるってことなのかな。

 ふいに『一人前になったら家を出て、いろんな経験を積むといいわよ~』とお母さんが言っていたのを思い出す。

 ……経験かあ。

 人間嫌いのお母さんが、人間が密集している王都を楽しい街だなんて評価していたのは、『いろんな経験』によるものなんだろうか。

 わたしも経験を積めば、多少は人間や王都を好きになれるのか。あるいは——。

 あたりをぐるりと見渡してみる。

 手向けの花の数に比例して、集まっている人間の数も多い。でも、この人混みのなかに交ざっていられるくらいだから、自分で思っていたほど人間を嫌ってはいないのかもしれない。

 王族貴族たちは聖堂のなかで式の真っ最中。人間は普通どういった弔い方をするのか気になるところだが、さすがに魔女を敵とみなすトゥリエ聖教の本拠地に足を踏み入れるのは憚られる。

 今日はお店もすべて休みになると聞いているし、やることも終わったから帰ろうかな。


「本当にいやだよ。酒屋の息子さんの葬式だってまだ終わってないのに……」


 どこからともなく聞こえてきたその囁きには、恐怖の色が乗っていた。

 なぜだか興味を惹かれて、わたしは魔法で聴覚を鋭くする。


「先月のほら、人相書きが出てた騎士。あれもまだ見つかってないらしい。最近ますます酷くなってきてないかい?」

「今月で二人。その前は一人。さらに前は五人だもんな」

「死体が見つかってないのも入れたら、もっと多いだろ」

「やっぱり行方不明の人らも、全員殺されてるのかねえ……」


 ……つまり殺人が頻発してるってことだろうか。ものすごく物騒な話だ。

 魔女に厳しくて窮屈な街かと思いきや、どうやらここは魔女以外にも厳しい街であるらしい。


「この間の魔女が出たって噂は、結局どうなったんだ?」

「まさかとは思うけど、王太后陛下も魔女に呪い殺されたんじゃ——」

「シッ! さすがに罰せられるぞ……!」

「だが、みんな心のなかじゃそう思ってるだろ。聖教の人らが早く魔女をとっ捕まえてくれりゃあ、こっちだって……」

「いやあ、それを期待するのは……。だって、ねえ。先代教皇も、魔女の呪いで死んだって話じゃないかい」

「ああ、もう、お前ら……! この話はやめだ、やめ! どこでだれが聞いてるかわからんってのに……」


 わたしも関心を持っていた方がよさそうな噂だった。

 魔女とは一切無関係な事件なのか、それともわたし以外の魔女が潜伏しているのか。

 妙な巻き込まれ方をしないためにも、この前みたいに騒ぎに首を突っ込んで魔法を見せびらかすみたいな真似は控えた方がいいのかもしれない。



 ◇



「ごめん。全然会いに来られなくて……」


 ファルクが申し訳なさそうにやって来たのは、葬式の翌日、おやつを食べている時間だった。

 ちゃんと話をするのは、王太后が死ぬ前の朝以来だ。


「謝ることじゃないでしょ。忙しくしていたのは知っているし、気持ち的にも大変だったんだろうし。使用人たちは変わらず世話を焼いてくれていたしね」


 焼き菓子を一口サイズに割って食べる。生地自体は素朴だけど、飾りも兼ねたシロップ漬けの果物がいいアクセントになっていておいしい。

 しかもこの飾り部分がものによって違う果物だったり、あるいはナッツ類だったりと飽きない。

 さすが王室御用達のお菓子だ。村で買うお菓子とは全然違う。


「そう言ってもらえると助かるよ。実はこのあともまだすることが残っていて……」

「落ち着いてからでもよかったのに。わたしのために時間を作ろうとして無理してぶっ倒れたとしても、魔法で看病なんてしてあげないから」

「あはは、さすがに倒れるほどじゃないよ。お爺様の体は少し心配だけど…………そうだ、ヴィヴィ」

「ん?」

「お婆様に魔法、使ってくれた?」

「……は?」


 眉間にしわが寄ったかもしれない。

 なに言ってるんだ、この王子。


「どこかの魔女に記憶でも消されたの? 使ったに決まってるでしょ。病気治してあげたじゃない」

「あ、いや、そっちじゃなくて」


 慌てたようにファルクが首を振る。


「ヴィヴィ、言ってたでしょ、瞼を開けられるかさえ……って。それなのに最後の日、少しだけだけど目を開けて、お爺様の話に言葉を返してくれたんだ」

「……ふうん」


 それはわたしとしても驚きだ。

 病気を治したあと、念のために魔法で体の状態を調べた段階では、最初の予測と変わらず目を覚ますことなく眠るように息を引き取るはずだったのに。


「お爺様、もちろんいまも悲しんではいるけど……最後に話せてよかった、お前がヴィヴィに頼んでくれたおかげだって、嬉しそうに言ってくれたんだ。またちゃんとお礼がしたいとも言ってたよ」

「……王族ってお礼好きな一族なの? いらないって言ったわたしにこんな部屋を貸して……あげくに、まだお礼し足りないだなんて」


 王太后の病気を治したあの日、わたしはファルクに頼まれてファルクの父母である国王や王妃、祖父である先王に会った。

 最後の家族団欒みたいな名目で王太后の部屋から使用人たちを遠ざけて、わたしが魔女だってことも王太后に魔法を使ったこともファルクが包み隠さず全部話した。

 もしこれでわたしと敵対するような素振りでも見せようものなら、ファルクも含めて全員の記憶を吹っ飛ばしてやろうと考えていたが、なぜか感謝され、それどころか宿代わりに王城の客間をお礼として受け取らされたのだ。

 魔女が国を滅ぼしたっていう昔話は珍しくないと思うんだけど、国のトップが揃いも揃ってこれだから拍子抜けしてしまった。

 ……もしかしたら裏の意図としては、魔女の力を取り込みたいとか、近くに置いて監視しておきたいとか考えている可能性も否定はできないけど。


「普通、お礼はいらないって言われたらラッキーって思うものなんじゃないの?」

「それだけ嬉しいってことだよ。僕からも改めて、本当にありがとう」

「だから、言葉もいらないってば……。一応言っておくけど、わたしはあくまでも病気を治しただけ。それ以降のことは本人の気力か奇跡のおかげとでも思っておけばいいんじゃないかしら」

「そっか……。でも、お婆様自身の力だったとしても奇跡の力だったとしても、やっぱりまずヴィヴィの魔法があったうえでの話だと僕は思うから」


 結局王太后は死んだんだから、本当にそこまで大したことはしてないっていうのに、ファルクは「お礼、なにがいいか希望はある? 嫌じゃないなら受け取ってほしいな」と追撃してくる。

 そこまで言われたら、逆に断るのも面倒だ。

 ……しかし、希望と言われても。

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