21.祭×覚悟(1)
翌日も朝から耳鳴りがひどかった。
けれど驚くべきことに、プライベートダイニングルームでファルクと顔を合わせた瞬間、いままで魔法でも消せなかったその不快感が吹っ飛んでしまった。
「お、おはよう、ファルク」
「……おはよう、ヴィヴィ」
これまでと変わらない日常のはずなのに、少し心が落ち着かない。わたしにこんな変化をもたらしたんだから、やっぱり恋ってすごい。
昨夜は邪魔が入ったせいでゆっくり眠れなかったけど、早起きして肌と髪と爪を細部の細部まで魔法で完璧に整えてしまった。
どう? さらに最強美人になったわたしを見なさい! ——なんて気分でドキドキしながらファルクを見たのだが。
肝心のファルクは心ここにあらずといった顔で、ぼんやりとわたしを見下ろしていた。
「……具合悪い?」
「えっ」
「あんまり顔色よくないわよ。看てあげようか?」
「あ、いやっ……その、たぶん寝不足だと思う。ありがとう、具合が悪いわけじゃないから大丈夫だよ」
「そう?」
寝不足程度で顔色が悪くなるんだから、人間って本当に大変。わたしだって寝不足だけどいつも通りなのに。
朝ごはんのあと、強制的に眠らせてあげようかな。ついでにわたしも同じベッドに潜り込んでみたら、起きたときどんな反応をしてくれるか……まずい、すごく楽しそうで我慢がきかなくなりそう。
ファルクっていろいろと面倒な立場にいるし、ちゃちゃっと既成事実つくって逃げられないようにした方がいいよね? うん、絶対その方がいい。そうするべき。そうしよう、今日。
はああ~……楽しみすぎる……。ファルクが起きるまでちゃんと我慢できるかな?
「……ヴィヴィ、なにかいいことあった?」
「ん~? ふふふっ、これからある予定!」
「すっごくご機嫌だ……。なにがあるの?」
「いま言ったら楽しくないでしょ! あー、ごはんまだかな~。早く持ってきてって言ったら困らせるかしら?」
しかし往々にして、楽しみにしすぎていると横やりが入るものである。
急ぎ足でダイニングルームに入ってきたのは朝食を運ぶ使用人ではなく、国王付きの近衛兵だった。
「お食事の時間に申し訳ございません。国王陛下からのお呼び出しです。お二方とも、急ぎ陛下の書斎へとお越しください」
「急ぎ? こんな時間に珍しいな」
「アクセル侯爵邸の件でお話があるとのことでございます」
気分急降下である。
わたしは夜のことを城の人間には言ってないけど、さすがにどこかから報告は入ってしまったか。
「……ヴィヴィ、なにかした?」
「わたしもしたけど、わたしじゃな————うっ」
「ヴィヴィ!?」
くらりと体が傾ぐほどの耳鳴り。
危うく椅子から転げ落ちるかと思った寸前で、すばやく隣へと来てくれたファルクに肩を支えられる。
そしてファルクに触れられた瞬間、強烈な耳鳴りは嘘みたいに消え失せてしまった。
「だ、大丈夫……!?」
「うん……もう平気。——あ、やっぱり平気じゃないかも」
「えぇ!? ど、どっち……!?」
「平気じゃないから、しばらくこのままでいて。もっとぎゅっとしてくれてもいいわよ」
「…………からかってるでしょ」
「ふふっ」
わたしが笑うと、ファルクも仕方なさそうに笑う。
直後のことだ。
ドォン、と遠くから揺れるような衝撃音が響いてきた。
「殿下!」
「全員こっちに集まって!」
とっさにファルクへ駆け寄る近衛兵も、使用人たちへ声かけするファルクもさすがだ。
衝撃音は一度では収まらず、不規則な大きさで何度も続く。
一体なんなんだ、とみんなは困惑しているが、わたしにはすぐに原因がわかった。
「——ミラリア」
「あっ、ヴィヴィ!」
「お待ちを! 窓の方は危険です!」
ファルクと近衛兵の声を無視して、わたしは窓を開け放つ。
高台にある城のバルコニーからは、街並みがよく見えた。ひと際目立つ建物——大聖堂から炎があがっている。
「これは……!」
あとを追ってきたファルクは、その光景に愕然と目を見開いた。
しかも被害は大聖堂だけではない。また衝撃音が響いたかと思えば、次はその周辺の広場や民家から炎が立ち昇る。死人が出ていてもおかしくない騒ぎだ。
「祭りってこのことかしら。思ったよりも派手でビックリ」
「祭り……? なにか知ってるの、ヴィヴィ。さっきミラリアって言ってたよね。彼女の仕業?」
矢継ぎ早に問いかけてくるファルクは、不安と混乱を抱えつつも事態収拾に努めようとする顔をしていた。
ただ、これはファルクがどうこうできる事態を越えている。
ミラリアがあちこちで爆発を起こしていることが事態の原因なのだ。魔女に対抗できるのは同じ魔女だけだと相場は決まっている。
「ファルク、この国は好き?」
「え? う、うん、もちろん」
「わたしのことは好き?」
「……えっ!? いや、それは、もちろん……うん……」
この事態と全然関係なさそうな質問に答えてくれたファルクの律義さ、素直さはわたしの好むところだ。
だから、ちゃんと『好き』とは言ってくれなかったけど、いまは許してあげよう。
わたしはファルクを見上げ、はっきりと告げる。
「この国を助けてあげる。対価はあなたよ」
「は…………え?」
「わたしがみんなから嫌われてここを追い出されることになっても、ファルクはわたしのもの。記憶を消さないようにしてほしいって、ファルクが言ったんだからね。もしここにいられなくなったら、そのときはわたしたちのことを知る人間がいないところまで、ファルクを連れ去っちゃうんだから」
「え、ま、待って……! ヴィヴィ、なにをするつもり?」
わたしはただファルクに笑いかける。
そして、近衛兵も使用人もこちらを見ているなか、わたしは転移の魔法を使用した。
◇
「これ、どういう遊び?」
燃える大聖堂を見下ろすミラリア。さらにそのミラリアを見下ろせる上空にわたしは転移した。
こちらを振り返ったミラリアは、予想外に真剣な顔をしていた。てっきりニヤニヤ笑いながら破壊活動をしているものだとばかり。
「一応聞くけど……魔女だってバレていいのお?」
「いいわけないでしょ」
「はぁ……。いいわけないのに、マジでわざわざ人間助けに来るとかさあ……」
「なによ。そっちがこんなことするから来ることになったんでしょ。ため息つかないでくれる? ムカつくから」
「はいはい、ごめーんネ。……じゃ、テキトーに喧嘩しよっかあ」
「は?」
状況説明もなにもなくいきなり? と思った瞬間、稲妻が宙を裂いた。明らかにわたしの脳天を狙ってきたそれを転移で避け、こちらも稲妻をお返しする。
けれどミラリアはわたしと違って避けることなどせず、わたしの稲妻でも砕けない岩石を飛ばしてきた。それも転移で避け、同じく岩石をお返し。しかし、わたしの岩石はあっさりミラリアに砕かれてしまった。
「どーしたのお? 真似っこばっかじゃ、つまんないゾ! 報復の魔女の娘がこの程度なんて言わないよねえ?」
ミラリアを睨みつける。
……悔しいけど、魔女としては彼女の方が圧倒的に格上だ。
暑いわけじゃないのに汗がにじみ出る。
どうしよう。ファルクに『助けてあげる』なんて宣言した手前、絶対に負けたくなんてないのに。




