この国では珍しい
一人で急に笑い転げるルクレイツィアを見たレインは、一体何が起こったのか?と驚いていた。
「おいおい・・・どうした?俺には皆目見当も付かないが、何かが笑いのツボに入ったんだな?そうだろ?」
若干呆れ気味に、ルクレイツィアにそう投げかけた。
「あはは、ふふふ!ごめんなさい。何か本当に久しぶりにその、笑いのツボって言うのに入ってしまったみたいで。あの日から私、全然心の底から笑ったり出来て無かったのよね。いつも上辺だけの笑顔だった。そうか、笑うってこんな感じだったのね。」
姉のマルグリッドの行動とレインの行動があまりにも酷似していた事が面白かった、それだけだったのに本当に久しぶりに心の底から笑ってしまったルクレイツィアは、何だかさっきまでよりもかなり清々しい気持ちになっている事に気が付いた。
「あ~、本当ね。古の国の言葉で、『笑う門には・・・ええとフクロウ来たる』だったかしら?何か、幸せを運ぶ白フクロウが来るような気がしてきたわ。」
それを聞いたレインは、
「いや、俺が聞いた話では、『笑う門には服屋が来たる』だった。何でも、その時の気分に見合った服を見繕ってくれるって話だぞ?」
な~んか、どちらも微妙に間違っている様な気がするけど、二人は顔を合わせて大笑いし始めたので、これはコレで良いって事にしておこう。
とりあえず、長年ルクレイツィアの心の中にずっと刺さっていたトゲの様な、わだかまりの様なモノが晴れた事は間違い無かった。
あの日からずっと、その先に全く進んでいなかった足が一歩先へ、歩み始めたのにルクレイツィアは気付いたのだ。
「何か私達、今日初めて会った気がしないわね。昔どこかで会ったりした事あるのかしら?」
ふと、ルクレイツィアはレインに問いかけた。すると、
「実は昔、オルトフレイルのお祭りに兄と一緒に出かけた事があってな。その時の俺はまだ10歳だったけど。兄はお祭りとは言ってたけど実は、何かの式典もあったらしい。俺はその時の事あんまり覚えて無くて。だからもしかすると、ルクレイツィアとはそこで会った事があるのかも知れない。本当、俺は全然覚えてないんだ。お祭りの華やかさと出店の食べ物が美味しかった事位しか。」
レインは、また顔を真っ赤にしながらお茶を飲み、呟く様に話した。お茶はもう、ほとんどカップに入っていなかったが、たくさん入っている様に誤魔化しながら飲んでいた。
この話にルクレイツィアは、
「ああ~、もしかして、その式典は封印祭だったかも。お父様のお父様、つまりは私達姉妹のお祖父様に当たる方を、封印・・・つまり弔った後に完全にサヨウナラする葬儀の様な何と言うか・・・。」
オルトフレイルでは、他の国々で行われるような一般的な葬儀をしていない事は、一国の国王の弟であるレインも薄っすらと聞き及んでいたが、今まで聞いたり参列した経験のある葬儀とは全く違う方向性の葬儀だと言う事だけは、今少しだけルクレイツィアが話した内容だけで理解した。
「って事はつまり、サヨウナラをした後はお祖父さんのお墓参りとか何か節目の報告会とかをしないって事なのか?」
レインは、今思った事をそのまま質問する。
「そうね、そうなるわね。オルトフレイルでは、死者は死んだら次の生を受けるのが当たり前だと思っていて。お祖父様も、あの封印祭の時には亡くなられてから一週間は経っていたから、もう既に次の人生を始められているだろうって事で、亡骸や思い出の品は全て封印塔に封印してしまうの。」
言い終わると、ルクレイツィアは少し天井の方を仰ぎ見た。
「だから、私の夫も息子も今はもう、どこかの誰かに生まれ変わっているのよ。そこの近所で最近生まれた子供になっているかも知れないのよね。」
と言って、窓の外の方を眺めた。
ルクレイツィアの、オルトフレイルの死者への感情に不思議な疑問の様な違和感の様な謎の感情が湧いたレインだったが、今のレインにはそれを何と説明したら良いのか?の語彙力が無かったので、モヤっとした気持ちのままルクレイツィアに向き合うしか無かった。
「なるほどね。オルトフレイルは色々と謎な事が多い国だったけど、色んな所でも他の国とは考え方とか違う所なんだな~俺もまだまだ無知だな。」
言い終わるとレインは、ふは~~っと深い溜息をついた。
しかしそれがレインの何かの区切りになった様で、
「ま、とりあえず、今住んでいるこの家は住み慣れてる所悪いんだけど、やっぱりルクレイツィアは城の方に移動してもらおうかなって思った。治癒の魔法の事もそうだけど、まずオルトフレイルの人間って所が色々と・・・。」
話が急にふりだしに戻ってルクレイツィアは一瞬、はて?と思ったが、すぐにハっとなって首をブンブンと縦に振った。
「そうよね・・・今も結構物騒と言うか、あんなに魔法に街の人が反応するだなんて思ってなかったの。スレアドニスみたいな国民全員が魔法を使える国もあるけど、総合的にこの大陸全体で考えてみると、魔法を使える人って少ないのよね。」
頭の中にムルニム大陸と、国々の地図を思い浮かべながら、ルクレイツィアはは引っ越しの決断をした。
実はこの世界では、魔法を使える者の人数はそう多くはないのだった。
魔法を力の根源と決めて古より伝承し続けているスレアドニス帝国は、国民の殆どが魔法を使える珍しい国であったが、他の国では主に王族や、魔法を使う素質の高い者にしか魔法を扱えないのだ。
つまりこのラフェトニカでも、城下町に住む人々の大半は魔法に滅多に触れる事無く生活していると言っても過言では無かった。
治癒の魔法など、よっぽどの法術師に来てもらうなどしない限り目にする事は無かったのだ。
「となると、早速で悪いんだけど、明日の早朝7時頃で良いか?俺と俺の配下3人の計4人でこの家に来るので、持っていきたい荷物なんかはまとめておいてくれ。そこの野菜入れている箱とかに。」
レインは言いながら辺りを見回して、ふと目に付いた木箱を指さした。
「そうね。旅行カバンの様なモノを私、持っていなかったわ。」
ため息混じりにルクレイツィアは、今その野菜が入っている箱に視線を落とした。
「こんな時の為に、荷物を簡単に運べるカバンとか何か準備しておくんだったわ。」
今度はルクレイツィアが、やれやれ・・・と言った様子で手をひらひらと動かした。
「本当、急で悪いな。でもそれは、ルクレイツィアの身の安全の為なんだ。理解してくれると助かる。」
レインはそう言って、今日何度目かの頭を下げた。