あの日の話を聞く
やっと対等な?立場の話し相手が出来たルクレイツィアは、ここぞとばかりに怒涛の様な質問攻めをする事にした。
だってねー!、今の今まで市井の中で暮らしてきたので、王族とはよっぽどのことが無い限り接触する事が無い街の人々との会話は、そりゃ普段の生活や買い物についての談義はとても楽しかったけれども、でも王族特有の内情とか、昨年の戦争は結局どこが勝利してどこがどんな風に敗北したのか?とかの情勢は、市井の中では全くと言って良い程誰も語っては来なかったので、ああ何となくタブーな話なんだろうとルクレイツィアも薄々感付いていた訳なんだけど。
それでもやっぱり誰かとその事について話したい!って言う欲求の不満は蓄積していた訳で、そんな中でたまたま偶然と言うか、昨日うっかり・・・いや必然的に街で治癒の魔法を使ったお陰?で、ちょっとした騒動になっていたのを助けてもらうために鳴らした鈴で、まさかの本物の王族の青年が来てくれたことには、おっとり目のルクレイツィアでも流石に驚きを隠せなかった訳だったが。
「あ、あの!レイン様、結局昨年のあのドロドロの四ツ巴な侵攻戦は一体どんな風になってカタが付いたんでしょうか?オルトフレイルは今、どんな状態になってるんでしょうか?」
矢継ぎ早にルクレイツィアはレインに尋ねた。
「おっと!そのレイン様ってのは止めてくれ・・・本当、俺はちょっと変わり者でね。王族だけど敬われるのが滅法苦手なんだ。気さくにレインとかレイン君とか、そんな感じでよろしく頼むよ。見た感じ、俺とアンタは何か歳も近そうだしな。因みに俺今24歳。」
レインは、首を横に振りながら手のひらを前に出し、呼び方の拒絶を表しながら年齢を言ってきた。
おや?そう言えば今のルクレイツィアは、来月で24歳になる23歳だったような?
「あ!本当、歳が近いと言うか同い年ですかね?私は来月で24歳になりますよ。」
と、今の自分の年齢を申告した。
「いや、やっぱり俺の方が少し年上だったわ。俺は再来月で25歳になる24歳なんだよね。」
レインはそう言って、舌をペロリと出した。
もう、どっちでもイイや!何か歳の近い者同士で話すのはこんなに楽しかっただろうか?とルクレイツィアは、あの戦争の起こる前のまだ父王が生きていた頃の三姉妹での談笑を思い出していた。
「25歳って事は、私の姉より一つ下って事になるかしらね。」
言いながらルクレイツィアは、レインの顔を見上げた。
レインはルクレイツィアより頭一つ程身長が高かったので、目線を合わせるにはルクレイツィアが少し見上げる感じにならなければならなかったのだが、姉のマルグリッドも同じ位の身長だった事を思い出すと、少し涙が溢れた。
「お!おいおい大丈夫か?何か俺が気に障る事言ってしまったか?」
それを見たレインは途端にオロオロしだしたが、
「あ、ふふっ。いえレインの身長が姉とほぼ同じかな~と思い出しただけなんです。こちらこそ、スミマセン。」
オロオロしているレインにルクレイツィアは頭を下げた。
そんな感じで打ち解けて行った二人だったが、
「ああ~例の質問に答えるとしますか。」
と言うレインの言葉を皮切りに、ルクレイツィアがずっと疑問に思っていた昨年の戦争のその後を聞く事となった。
何だか長丁場になりそうな気がしたので、
「その前に、お茶を淹れますね。スルキドのハーブ茶で大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
ルクレイツィアは、2人分のお茶を沸かした。
「オルトフレイルのルクレイツィア、アンタが気にしていたあの侵攻戦だが、最終的にはメルルーク・ラングルスが制圧した。」
ルクレイツィアが予想していたのとは全く違った話を、レインはサラりと言い放った。
「あの時、確かスレアドニスの魔導士兵団が先行してオルトフレイルに入ったのはルクレイツィア、アンタら王族も目にしているどころか被害に遭っているから知っているだろうけど、最初の段階ではスレアドニスが優勢だったのは確かだ。」
言い終わると、一口お茶を飲んだ。
「結局の所、スレアドニスの魔導士兵団はオルトフレイル城に入って色々と何かしら探索したんだと思うんだけど、オルトフレイルってさ、古の超文明をそりゃ後生大事に大事に受け継いできた大国であると同時に、その超文明を恐ろしい程に使いこなしていてさ、何万年もの大昔からの伝承や口伝で繋いで存続している魔道とは違って、ありとあらゆる調度品や生活用品に至るまで、何かしらの仕掛けが存在していた訳だよ。その辺は住んでたルクレイツィアは当然知ってるよな?」
レインは、侵攻戦で一番先にオルトフレイルに入ったスレアドニス帝国の所業を話したが、ルクレイツィアが想像していたよりもカワイイものだった。
やはり、オルトフレイルの者でないと動かせなかったり使えないモノが多いのね?と、納得したような不思議なモノを見た様な、そんな感覚を感じた。
「そうなんです。オルトフレイルは古の超文明の保護と管理を昔から任されていて、それを実行しているだけなんですが、その任されたと言うのがあの3000年前の大天変地異の前だったそうなので、今この時代を生きている人には全くピンとすら来ないのが正解でしょうね。でもオルトフレイルでは、王族も国民も分け隔てなくその事について学んでました。3000年以上前にオルトフレイルに任された大事な任務なんだって、小さな子供でも知っていましたよ。」
レインの話の中に出てきた、オルトフレイルの超文明は、本当に古の前文明時代の遺物だった。
過去の文明を完全に捨てきる事はせず、保護して保管して修復してまた使える様にして国全体で、王族も国民もオルトフレイルに住まう者なら誰でも古の超文明を扱うことが出来た。
それがオルトフレイルと言う国だった。
「そんな感じだったんでな、結局スレアドニスは何をするでもなく引き返して行ったんだそうだ。その際に、首謀者とか大将を何人か捕えて制圧したのがメルルーク・ラングルスって訳。で、後からやってきたナル・アルファストラだけど、またメルルーク・ラングルスに領土を削られて戻って行ったよ。あの国、そろそろ国土が無くなるんじゃないかな。」
やれやれ、と言った手ぶりをすると、レインは今度はお茶を完全に飲み干した。
レインの話を聞く限りでは、オルトフレイルにはそんなに被害は出ていない?様にルクレイツィアは感じた。
オルトフレイルがオフトフレイルたる根源的な古の超文明の遺物が、そのまま誰の手に渡ることなく城や街の中に残された事に安堵していた。
が、
「でもな、ルクレイツィア。オルトフレイルの王族や国民は、目も当てられない程に酷い扱いだった。スレアドニスは、手土産が無いと知ると手のひら返した様に、非戦闘民は襲わないという戦争規範を安々と破ってな、目についた市民を皆殺しにして行った。その数数万・・・とも言われてる。だからメルルーク・ラングルスは、大将クラスを何人か捕えたと言ったけど、更にスレアドニスに報復戦をしかけたのさ。」
え?
レインのこの話が本当なら、オルトフレイルの国民の多くが助からなかった事になる。
あの日、夫と子供と城から逃げ出すことに成功していたとしても、虐殺の手から逃れられなかった可能性があった。あの日の惨劇があっても無くても、ルクレイツィアの一家は殺される運命だったのか?と、悲しみで身体が震えた。
「非道い・・・。」
ルクレイツィアはその場に座り込み、涙を流した。