新しい事を始める
何だかんだで、ここラフェトニカのスメルリナ城の城下町にルクレイツィアが来てから約1年が経とうとしているのだけど、そう言えばラフェトニカがどれ位の大きさの国なのか?と言う説明をしていなかった気がする。
ラフェトニカは、メルルーク・ラングルスの領国3国のうちの一つで、他にルシルラドとニルギリシアと言う国がある。
それらの領国の中でも最もメルルーク・ラングルスの中心部に位置しているのがこの、ラフェトニカと言う国だったりする。
と言うか、大昔にメルルーク・ラングルスがラフェトニカを支配下に置く時に、たまたまラフェトニカがメルルーク・ラングルスの首都に近い位置にあった事から、ラフェトニカは最も安全な国の一つになったと言う訳だ。
で、ラフェトニカの中には3つの大きな街があるのだが、そのうちの一つがメルルーク・ラングルスの首都の近くにある、ラフェトニカの王城のスメルリナ城の城下町なのだった。
つまりルクレイツィアは、メルルーク・ラングルスの首都近くのラフェトニカと言う国の、王城の近くに匿われている?と思ってくれると良いかな。
1年も経とうと言うのにルクレイツィアは、実際問題今の今まで特に何をするでもなく生活していた。
城下町に買い物に行くための費用、つまりお金と言う事になるのだが、一般的な国民の1ヶ月の給金に当たるほどの額を、毎月無条件で受け取っていた。これって、ある意味ヒモ?状態なんじゃないですかね?
そんな事は百も承知でルクレイツィアは受け取り続けていたけれど、でも何か最近は受け取るたびに罪悪感の様な背徳感の様な、モヤっとする感情が心の中で渦巻いているのは確かだった。
このままじゃいけない様な、でも自分はこの国に軟禁されている身だから仕方が無いとか、グルグル考えて考えていた。
ある日、いつもの様に買い物かごを携えて街に出かけてみると、城下町の中心に位置する公園の中にある噴水広場の前で、今まで見た事も無かった人だかりが出来ていた。
恐る恐る近づいて人だかりの中心を見てみると、一人の老婆がうずくまって動けないでいた。
その老婆に対しては、街の皆は口々に心配をする言葉を投げかけてはいるが、コレと言った行動を起こす者が居なかった事にルクレイツィアは不思議に思った。
「あのぅ・・・どうして誰もあのお婆さんに何もしてあげないんですか?」
人混みの中で、近くにいた買い物仲間にルクレイツィアは声をかけてみた。すると、
「あ、ああ~ルク(ルクレイツィアのニックネーム)は知らないんだね、あの婆さんはラフェトニカでは邪教と認定されている『グロムロド』の信徒でね、普段はルシルラドとの国境近くの村で暮らしているんだよ。何でかしら無いけど、今日はたまたまスメルリナ城に用があったらしくてね、ここらを歩いていたって話なんだけど。」
と、結構詳細な感じで説明してくれた。
「へぇ~~。」
ルクレイツィアは生返事をしながら、ラフェトニカにも邪教はあったんだ~と考えを巡らせた。
オルトフレイルにも何種類かの邪教が存在していて、それぞれがそれぞれと対立していた所を何度か目にしていたが、一般的な庶民と関わる事は殆ど無かったと記憶していた。
ただ今回、目の前で倒れ伏す邪教徒と呼ばれる老婆には、明らかに困惑の様子が見えた。
よく見てみてると、どうやら足を怪我している様だった。
「何か足を怪我している様に見えるんだけど、何で誰もお医者を呼んだりしてあげないの?」
ルクレイツィアは再度買い物仲間に話しかけると、
「何度も呼びに行ったさ、けど誰一人来ちゃくれない。あの婆さんが邪教徒と知るとね。」
言いながら、チっ!と舌を鳴らした。
このままだと、この老婆は邪教徒と言う見世物になって終わってしまう可能性が高いだろう。
特に何の騒ぎを起こした張本人でも何でもないのに、ラフェトニカかもしくはメルルーク・ラングルスの兵士に捕らえられて牢屋に閉じ込められてしまう可能性もあるのだ。
ルクレイツィアは、この街ではあまり王族らしさを見せない様に過ごすことを決意していたのだが、今これをやらなかったら後々後悔する自分がまた現れて、来年もまた何も出来ないルクレイツィアのままで居る事を想像していた。
あの日から、全然一歩も前に進んでいない自分から脱出するために、まず自分に出来ることをするんだ!と、ルクレイツィアは自分の足を前に一歩踏み出して、老婆の近くに歩み寄った。
「ルク!何をするんだい?!」
背中越しに友人の声が響いたが、ルクレイツィアは振り向かなかった。そして、
「お婆さん、もう大丈夫ですよ。私がその足を治療します。」
と言って、右手を負傷しているであろう足にかざした。
「よしてくれよ!お前さんもこの邪教徒の老婆を罵りに来ただけなんだろう?!」
老婆は少々困惑した様子で、ルクレイツィアの手を足から払った。しかし、
「本当に、大丈夫ですよ。安心してください。私は誰が何を信じていようと、怪我をして困っている人を見捨てたりはしません!」
そう言って、ルクレイツィアは右手に力を込めた。
その時、周囲に居た人はルクレイツィアを神を見るが如く眼差しで見つめていたと言う。
後から騒動を聞きつけてやってきたラフェトニカの兵士は、その光景を見て涙が溢れたそうだ。
ルクレイツィアの右手は黄金に光り、老婆の足を照らした。
怪我をしていたであろう足は、先程までは老婆は自分の足であると言うのに全く動かすことも出来なかったと言うのだが、光を浴びた足はまるで、軽やかにダンスを踊り出しそうな程に回復していたのだ。
「おお・・おお・・神よ・・・」
老婆は、どの神に感謝しているのかは分からなかったが、とにかく物凄い剣幕でルクレイツィアに感謝を伝えた。
「ありがとう!ありがとう~娘さんや!もしやどこぞの王家の出身なのではないか?」
何か感謝に紛れてルクレイツィアの出自を探ろうともしてきたが、とりあえず笑ってゆっくり後ずさりながら、ルクレイツィアはその場を後にした。
後方からルクレイツィアを何度も呼ぶ声が聞こえたが、全部スルっとスルーして全速力で走って走って、何とか自宅に辿り着く。
「はぁっ、はぁぁ~~、やってしまった!」
やってしまいましたルクレイツィア。本当に、何年振りか?と言う位に回復魔法を行使してしまった自分に驚いていた。
でも、何か一歩を踏み出せたような気がした。
新しい事が出来そうな気がしてきた、そんなある日の出来事だった。