昨年の話③
ずーっとこれから、城の地下の牢獄暮らしなんだと思いながらルクレイツィアは、なすがままにメルルーク・ラングルスの兵士に抱えられる様に騎兵車に乗り込んだ。
メルルーク・ラングルスの騎兵車は全く揺れる事無く、とても快適な移動だと感じながらも、自分の隣に夫と子供が居たなら更に最高の旅だっただろうと想像していた。
まさか、自分が一歩前を歩いていたその事だけが家族を失う要因になったとは・・・とか、いや結局同時に炎に包まれても、鍵の効力で自分だけは生き残っていたのは変わらなかっただろう。何だかんだでオルトフレイルの王族たる自分は、何らかの強大な力に護られて生き延びているのだ。自分の力ではなく、何者かの意思の様な力で・・・。
揺れの少ない騎兵車での移動は一昼夜にも及んだが、その間ルクレイツィアは一睡もすること無く外をぼんやりと眺めながら過ごした。
この喪失感は埋まるのか?いつになったら平常心になれるのか?
それとも一生このままなのだろうか?それでも良い。自分は、家族を見殺しにしたのだ。大罪を犯しているのだ。だから、誰に何を言われようとこの王族の力を振りかざすことは今後一切無いだろう。
私は、本当に愚かな人間よ・・・・
ルクレイツィアの自問自答と後悔と反省は、ラフェトニカに着くまでずっと続いた。
オルトフレイルの城下町からメルルーク・ラングルスの領国のラフェトニカのスメルリナ城までは、騎兵車で約2日の距離だった。普通に、徒歩や馬に騎乗したり普通の馬車で行ったならば、ゆうに5日はかかる距離であったが。
騎兵車から降ろされたルクレイツィアは、生まれて初めてラフェトニカの地に足を付けた。そして、やっと顔を上げて周囲を見回した。
ラフェトニカは、メルルーク・ラングルスの国土の中でも殆ど戦場になる事も無く、外の不穏な空気に住民が晒されると言った状況にはならない、言わば完全に護られた場所だった。
街行く人々の顔は明るい笑顔で満たされており、どこかで悲しい出来事があったとしても共に分かち合える心を持っている様だった。
不意に兵士がルクレイツィアに声をかけた。
「これからお前は、そこの空き家で暮らすように通達が来ている。」
兵士が指さした先は、目の前の大通りを渡った先にある小さな空き地の隣の2階建ての木造の家だった。
「え?」
ルクレイツィアは、一体何を言われたのか全く理解出来ない様な顔を兵士に向ける。
だって私は、家族を見殺しにした大罪人で、これからは城の牢獄で誰とも触れ合う事も無く一生を過ごしていくんじゃなかったの?と、頭の中の想像を現実に持っていこうとしていた。
言われたことにピンと来ていない様子のルクレイツィアに兵士は、
「お前さん、オルトフレイルの姫なんだろ?しかもこの世界を何か出来る力を持ってるらしい人に、城の牢屋に監禁するとか非道な事出来る訳無いんだよね、こちらとしても。あの家に住んでもらうのでさえ、割と扱いは低い方なんだよね。我々庶民的にはもう少し好待遇でも良いんじゃないか?ってメルルークの王様に打診した位さ!」
ルクレイツィアの待遇について、メルルーク・ラングルスの兵士が一兵卒が抗議していたと言う話を聞いて、ルクレイツィアはかなり驚いた。驚きを隠せなかった。
「えっ?!そんな兵士の方が王様に意見して大丈夫なんですか?結構大きい国ですよ?メルルーク・ラングルスは。」
今思った疑問を兵士に投げかける。すると、
「多分オルトフレイルは、王族と庶民との間に大きな隔たりのあった国だと思うんですがね、メルルーク・ラングルスは違うんですよ。この国に領国が3つも従属している理由にもなっているかも知れませんがね、メルルーク・ラングルスの王族は国民に寄り添い、共に喜びも悩みも分かち合うのが家訓?みたいなんですよ。なので当然、これから領国で預かる事になった姫さんも同様に国民の一人として、快適な生活を送ってもらおうって言う気遣いがあの家なんですよ。」
ルクレイツィアは、本当~~~に!かなり驚いた。
今の今まで、メルルーク・ラングルスはいつでもオルトフレイルの寝首をかこうとしていると思い込んでいた。
いつもオルトフレイルの一挙手一投足に絡んできて首を突っ込んできていたのは、オルトフレイルの国や民をどうこうしよう?と言う企ての為では無かったのかも知れなかった。
ちゃんと、軍議に顔を出していればもっと真実を知れていたかも知れなかった。
「そ、そうなんですね・・・凄いです。私には多分出来ない。メルルーク・ラングルスの王様は、とても思慮深いお方なのですね。」
ルクレイツィアはそう言って兵士の顔を見上げると、満面の笑顔で、
「そうなんです、我々国民の誇りです!」
と答えた。
眩しかった。
そんな風に国民に慕われている王様の居る国の領国ならば、安心なのかも知れない。
城の地下牢で一生を過ごさなくても良くなった安堵感が、ルクレイツィアを包み込んだ。
兵士に連れられて、これから住まう家の中にルクレイツィアは入った。
そこは予想外に静かな空間で、2階からの眺めは良く、街のかなり広い範囲が見渡せた。
「良い所ね。こんなに良い所で私は暮らして行って良いのかしら。」
ふっと振り向いて兵士に同意を求めようとすると、既に連れて来てくれた兵士は乗ってきた騎兵車の方に戻っていた。
「任務完了って事なのかしら。」
家の中には、これからしばらく生活できるだけの調度品から衣類、食料も貯蔵されていた。
まるで、これから誰かが入る事を想定していた様な状態だった。
もっと驚いたのが、今まで誰かが一度たりともルクレイツィアの身体に触れることが無かったのに、既に用意されていた何着かの服のサイズがルクレイツィアにピッタリ沿う事だった。これにはルクレイツィアは街に来た時よりもかなり驚いて、一瞬腰を抜かしそうになったりしたのだった。
メルルーク・ラングルスの領国ラフェトニカのスメルリナ城の城下町、これからルクレイツィアはどんな暮らしをして行くのか。
ここまでが、ザっと昨年の話です。