昨年の話②
そうそう、ルクレイツィアがメルルーク・ラングルスに捕まってラフェトニカのスメルリナ城に来た時は、それはそれは凄惨な状況だったのだ。
一体どう?凄惨な状況だったのか?と言うと、これはオルトフレイルの国の者しか知らないであろう話なのだが、実はルクレイツィアは三姉妹の中で唯一既婚者であった。18歳の時に結ばれた。
既婚者?と言う事はもしかして実は、オルトフレイルの王家でも何でもなくなっているのでは?と想像される人が多いだろう。確かに現実的な話ではそう考えるのが普通だったが、ルクレイツィアと婚姻を結んだのはオルトフレイルの従者の家系で、伯爵家とか何かしらの家柄が良い訳では無い一族の者だったので、特に王族としての権限がルクレイツィアから奪われることは無かった。
むしろ、婚姻を結んだ事により両家の結びつきは更に深まり、従者の家の者達は一層オルトフレイルの王族に忠誠を誓ったのだった。
しかも、婚姻の2年後には念願の長子も生まれた。男子だった。
オルトフレイルと従者の一族は、とても喜んでルクレイツィア達を祝福した。ルクレイツィアもまた、至高の喜びの中に包まれていたのだ。
それからまた2年が経ち、子がそろそろ3歳を迎えようとしていた昨年のあの日。
ルクレイツィアは家族を失った。
ルクレイツィアの目に最後に映ったのは、スレアドニスの魔導士兵団が放った炎の攻撃魔法が夫と息子を飲み込んだ光景だった。
一歩遅かったのだ。
あの日、スレアドニスが魔導士兵団1個小隊約20人を200とも300とも送り込んできたら、流石のオルトフレイルでも太刀打ちするのは難しかった。
それだけスレアドニス帝国が本気で、必死だったと言う事が分かる。
それでも、非戦闘員な一般市民にはなるべく手出しをしなかったと後日聞き及んだ事だけは、称賛に値する事だけれども。でも、スレアドニスの攻撃対象は王家の者には容赦は無かった。そう言う事だった。
ルクレイツィアと夫と子供の3人はあの日、従者と共に城の避難通路鵜をひた走り、何とか城下町へ続く回廊に辿り着いた所だった。
しかしその回廊を進む中、徐々に後方からスレアドニスの魔導士兵団の一個小隊が近づいて来ている事に気付けなかった。
先に城下町の地を踏んだのはルクレイツィアだった。
回廊の終わりは城下町の公園の森の中にあるので、普段はお忍びで街にお出かけ!と言う時によく利用していた道だった。
そのまま、何事も無ければルクレイツィアの一家は、城下町の住人に紛れ込んで非戦闘民として保護される事になっていたが、その考えも一瞬で無に帰してしまった。
ルクレイツィアが一歩、城下町の公園の中に降り立った瞬間、ほんの一歩、ルクレイツィアの一歩後方に居た夫と息子が炎に包まれた。
その瞬間、業火が森を焼き尽くさんとばかりに公園に燃え広がり、ルクレイツィアも当然巻き込まれて夫と息子と共に天に召されると信じていた。
所が、何故かルクレイツィアは炎に包まれたにも関わらず、まったく燃えることが無かったのだ。
これはもしかすると、世界の鍵の効力なのか?とルクレイツィアは瞬時に理解した。
世界の鍵は、その任を全うするまでは保持者を死に至らしめる事は無いと・・・そう、昔オルトフレイルの歴史を語る賢者が語っていたのをルクレイツィアは思い出した。
あの頃は幼くて、おとぎ話を聞く様な感覚だったけどまさか自分がその身の上になるとは!と。
業火に包まれる中、夫と子供がルクレイツィアに話しかけていた。
「お前だけでも生き残って、いつかオルトフレイルに平和をもたらしてくれ!」
夫の言葉が耳に、
「おか~さん!熱いよ!!痛いよ!!助けて!!たす・・・け・・・・・・・!」
次第に消えゆく息子の声が、心臓に突き刺さった。
あと一歩、いや同時に皆で森に出て来ていれば、こんな事にはならなかったのに!
時を巻き戻す魔法を使えたお祖父様が生きていたら・・・!!
そんな事を今思い出しても、何の解決にならない事も当然分かっていた。
ルクレイツィアは、悲しみに押しつぶされそうになりながらも何とかその場から立ち去り、城下町の住民に紛れ込んで事が過ぎるのを待とうとしたのだが、
「おっとそこまでだ、オルトフレイルの姫!」
街に続く道の途中で、メルルーク・ラングルスの兵士に捕まった。
もう満身創痍だった。
意地汚く逃げ惑ってやろうか?と一瞬考えを巡らせたが、身体が言う事を聞かなかった。
ああ、これで、私の人生も終わるのだろうとルクレイツィアは思った。
このまま捕えられて、メルルーク・ラングルスの牢獄で一生を過ごすのも悪くないだろうと思っていた、その日は。