蒼空に散る
オルトフレイルの首都が陥落して、ルクレイツィアがメルルーク・ラングルスに保護されていた頃、オルトフレイルやメルルーク・ラングルスからはかなり遠く離れた南の海岸線上にある海洋国家オセアニアスの上空で、マルグリッドは空軍300人を率いてオセアニアスと、どこの国にも属さない流浪の魔導士団グラムスドラドの小競り合いの仲裁に入っていた。
グラムスドラドは元々スレアドニス帝国の魔導士兵団の一部だった様だが、何らかの原因か要因か、とにかく今から約15年ほど前からどこの国にも属する事無く彷徨う、一つの組織となっていた。
そのグラムスドラドが今回、何故か海洋国家オセアニアスの海域で何か実験の様な事をしているとオセアニアスから連絡が入り、オルトフレイル空軍はマルグリッドの指示のもと、ムルニム大陸南の海岸線のオセアニアスの領国の上空で、不審な行動をするグラムスドラドの魔導士団数十名と交戦する事になった、と言う訳だった。
オルトフレイルは、件の世界の鍵とか世界の扉と言う世界を制する、言わば覇者への道に続く超ド級アイテムを保持している国だったが、それを強奪しようとする国はこれまでそれほど無く、ただオルトフレイルの強大な力の前では成す術も無い状況が続いていた、そうマルグリッドは判断していた。
ただ、今回の様に小さな小競り合いは国境の付近では日常茶飯事になっていたし、先日もスレアドニスの魔導士兵団がオルトフレイルの領空を侵犯したりしていたので、これは絶対近日何かあるな?と思っていたのは事実だった。
今回のこのオセアニアスの領空での小競り合いがそうなのか?と思案したモノの、オルトフレイルから遥か1000km以上離れたこの空では、今祖国がどうなっているのかすら見当も付かない状況だった。
マルグリッドはオルトフレイルの空軍に所属していたが、空軍が飛行するために騎乗する飛行騎馬には乗らず、いつもマルグリッド自身の能力で飛行していた。
その能力と言うのが空間を操る魔法なのだが、空間と言ってもコレ!と称せるモノは無く、空中かも知れないし小さな箱の中かも知れないし、とにかくマルグリッド自身が定義した場所ならどこでも一つの空間と定義されて魔法が発動する事から、その原理を利用してマルグリッドは空を自由に飛行する事が出来た。
もしかすると、他の同じ様な魔法を使う者も同様にマルグリッドの様に飛行できるのかも知れないを思うのだが、未だにスレアドニス帝国の魔道学校では、マルグリッドが行使している魔法の詳細を把握できては居なかった。
そのためなのか、執拗にオルトフレイルに使者を寄越したり、魔導士の留学生を入れて来たりしていたが、なかなかマルグリッドの魔法を直に目の当たりにする事は無かった。
マルグリッドがこのオセアニアスの領空に来て3日が経とうとしていたのだが、一向にオセアニアスとグラムスドラドとの小競り合いを鎮圧することが出来ていなかった。
何故こんなにも手こずるのかが分からなかったが、オルトフレイル空軍を率いる軍の長としては、何としても今日中にはカタを付けたいと思っていた。
そんな中、マルグリッドに一報が入った。
何でも、スレアドニス帝国がオルトフレイルに侵攻して、オルトフレイルの首都が陥落したと言うのだ!
「馬鹿な!!我が軍部には相当の手練れの魔導士や剣士が多数存在しているのだぞ!!」
マルグリッドは、今自分が預かるこの戦闘領域を放棄して、今すぐにでもこの領空から離脱したいと言う心理が働いたが、未だに小康状態の子の関係を崩すのには、もうしばらくの時間が必要なのは明白だった。
「くそ!!一体オセアニアスは何をしているのだ!!こんな流浪の組織の鎮圧に海洋国家が手間取るとは思えん。何かしらの思惑が働いているとは思わないか?」
と、側近でこの部隊の大尉のカラントにマルグリッドは意見を求めた。
「確かに中佐、この状態は異様です。もしかしたら何らかの別の組織がこの状況を引き延ばしている可能性がありますね。」
そう言って、眼下に広がる青い海から反射する太陽の光に目を細めた。
「我々オルトフレイル空軍に救援を求めてきたまでは分かる。しかしその後の鎮圧行動がまるでなっていない。これが本当にあの海洋大国のオセアニアスのする事なのか?」
マルグリッドはもう、これ以上は待てないと言った様子でカラント大尉に詰め寄った。
「しかも先程、私はまったくありえない冗談だと思っているのだが、我オルトフレイルの首都が陥落したとの報が入った。あそこにはまだルクレイツィアが居る。ちゃんと逃げ切れているのか心配だ。」
そうマルグリッドが言い終わると、カラントは俯きながらこう言った。
「中佐、事実でございます。先ほどの一報を確認するために最速馬を飛ばしましたが、帰ってきた馬からの報告では、今は非戦闘民までもスレアドニスに虐殺されているとの事でした・・・」
「なん・・・だと?」
もしそれが事実だとすると、今までのこの小競り合いの鎮圧と言う状況は、オセアニアスとグラムスドラドに謀られたと言う事になるだろう。
「クソ!!我々は、この領空を離脱してオルトフレイルに向かうぞ!もうこんな茶番劇に付き合う必要は無い!!」
マルグリッドはカラントに指示すると、全軍300飛行騎馬隊を撤退する命を下した。
整列した飛行騎馬隊は、単身で飛行するマルグリッドの後ろについて、オルトフレイルへの飛行を開始した。
すると、それを見計らっていたかのように、オセアニアス軍からの砲撃がオルトフレイル軍に向かって放たれた。
「全軍、回避!!」
マルグリッドが号令をかけるよりも早く、一番後方の部隊50騎に着弾し、騎乗していた者と飛行馬が遥か下の海面に次々と落ちていく。
飛行馬が被弾すると言う事は、そこに騎乗する兵士の命も失われることを意味していた。
「マズい!このままでは全滅の可能性もある!この場は私が引き受けた。」
マルグリッドはそう言うと、カラント大尉以下飛行騎馬隊を自分の後方、つまりオルトフレイルの方向に向かわせて、
「どうせヤツらは、私の持つ世界の鍵を必要としている!ので、私が死すことは無いだろう。しかし!お前達は違う。このまま海の藻屑になりたくなかったら、私を盾にしてこのままオルトフレイルに逃げろ!!歯向かう者はこの場で私が倒す!!」
マルグリッドは、手塩にかけて育ててきたオルトフレイル空軍の一個師団300名だった団員を、これ以上減らさないために自分だけでこの状況を打開する事に決めた。
結局、世界中の誰もが世界の覇者になれると言うおとぎ話を信じて、この世界の鍵を欲しているのだ。
この、マルグリッド・マーデルの持つ空間を思いのままにするこの魔法と共に、誰もが欲望をこの私に向けてくるのだろう。
マルグリッドは自身にかけられている呪いの様な、宿命の様なこの鍵と魔法とを利用して行けば、何とか命だけは助かる事を理解していた。だからあの、オルトフレイル空軍を逃がすことも可能だと信じていたのだが。
「撃てーー!!」
グラムスドラドの一団から、魔法の矢が雨の様に空から降って来る。その槍の着弾地点はマルグリッドではなく、今しがた逃がしたオルトフレイル空軍の一個師団であった。
「止めろーー!!」
マルグリッドは、空間操作の魔法で飛行馬の速馬よりも早く後方の部隊を追いかけたが、魔法の矢の方がほんの一瞬早く部隊に到達した。
「ぅわぁああーー!!」
「ぎゃあぁあーーー!!!」
マルグリッドの部隊は、抵抗も間に合わず次々と眼下の海に落ちていく。空の青さと相まって、蒼空に赤い花弁の様な血しぶきが映えた。
「おの・・れぇえええ!!!」
マルグリッドは迷わなかった。
眼前に広がるグラムスドラドの魔導士団数十名と、オセアニアス軍の飛行部隊約千人が、マルグリッドの前に立ちはだかったが、マルグリッドは迷わず彼等に突っ込んだ。
それから小一時間後、もう青い空には、オルトフレイルの旗を掲げる者は居なかった。
マルグリッドの生死は不明。
オセアニアス領空や領海では、マルグリッドの捜索が行われた。