懐かしき縁者
レインが完全に子供に戻ってしまったかの様な状況を目の当たりにしたルクレイツィアは、そう言えばさっきレインが自分に声をかけてきた事を思い出していた。
「ねぇ、レイン。さっき私に声をかけてくだらなかったかしら?もしかして何か私に話したい事があるのではなくて?」
完全に拗ねモードに入っているレインの耳に響いたかは分からないが、ルクレイツィアの呼びかけにレインは振り返った。
そして、ルクレイツィアの正面に向き直った。
「あ、ああ・・・俺は、昨夜とてつもない失態をしてしまった様だ。城壁で眠ってしまった俺を介抱してくれたのはルクレイツィアなんだって、兄貴の朝の話でようやく思い出したよ。」
そう言うと、まるで君主に剣を捧げた剣士の様に地面に膝まづき、ルクレイツィアの左手を取った。
「ええっ?!もう良いんですよ、レイン!私も色々と悪かった所があったので、そう!お互い様です。大丈夫です!気にしてませんよ!」
左手を取られたルクレイツィアは、焦って何を話したら良いか分からない?と言った慌てた状態になっていた。
「これから、ルクレイツィアの旅路で起こりうる危険は俺が払う。ルクレイツィアの身はこの俺レイン・ラフェトニカが守る!」
レインはルクレイツィアの瞳を真っすぐ見つめながらそう言うと、ルクレイツィアの左手の甲に口づけをした。
「!!」
いや、こう言う事はオルトフレイルに居る頃は、何百何千とされてきた事なので完全に慣れきっていると思っていたルクレイツィアだったが、何故かレインに初めてされたこの状況には、少々高揚した気分と恥ずかしさが入り混じった不思議な感情が込み上げてきていた。
そしてこの光景を、レインの兄でラフェトニカの王であるアルフレドとその妹アルニカに、マジマジと見つめられていた事に気付くと、
「ひゃあぁぁ・・・!」
と、羞恥心から来る叫び的な声を出さずにはいられなくなってしまった。
「ふふふ、大丈夫ですよルクレイツィア様。今この場に居るのはたった4人だけです。しかも目撃者は2人だけなので、ダメージはそんなに無いと思いますよ。と、これは私の見解ですが。」
ちょっとニヤニヤしながら、アルニカは気休めにならない言葉をルクレイツィアにかけた。
「では、そろそろ場が整った頃だろう。私の部屋に向かうぞレイン!」
レインの謝罪やら何やらの色々な感情のやり取りが終わったと見たアルフレド王は、今まで座っていた椅子から立ち上がると、自室のある方向へ足を向けた。
「場が、整う?」
妙な事を言う人だな?とルクレイツィアは思ったが、一国の王ともなると何か特別な事をするのかも知れない?と、ルクレイツィアは思考を働かせる。
一方レインと、つい先程レインに異母妹と言う事実を暴露したアルニカは、気まずそうなレインの横に並んで歩き、
「これからよろしくね!兄さん!!」
と、明るく楽しそうに挨拶していた。
この国では、生まれ育ったラフェトニカの国の中では、兄と自分だけしか血縁者が残っていないと思っていたレインだったが、こんな急にどさくさに紛れて?と言っても良い程のタイミングで、急に異母妹があらわれたことに動揺をしていたのは間違い無かったが、それでも血縁者がもう一人存在していた事にレインは、少なからず喜びを感じていた。
時々、ルクレイツィアが三姉妹の話をするのが羨ましかった。
兄以外に、もう一人弟か妹かもしくはお姉さんが居たら、この国はもう少し強固なものになっていたかも知れないとも思っていたのだった。
そんな所に、急に出てきた異母妹の存在。それは今後のレインの人生を色々と左右するかも知れないと思っていたのは、レインだけでは無かったが。
各々が色々と思考を巡らせている間に、アルフレドの自室に到着した。
アルフレドがドアを開けると、アルフレドの側近の従者ブレド・マイオスが恭しく頭を下げた。
「我が主、お待ちしておりました。準備が整いましてございます。」
そう言い終わると、頭を上げてルクレイツィア達の方に目を向け、
「我が名はブレド・マイオス。お見知りおきを。」
と、名乗った。
一瞬、ルクレイツィアは固まった。
あれ?この人・・・見覚えがありますわ。
ブレド・マイオスと言う名では無かったと思うのですが・・・
昔、オルトフレイルで会った事があるのは間違い無い・・・
何らかの確信を得たルクレイツィアは、ブレド・マイオスと名乗った男に、
「もしかして貴方、『フレドリク・マイオリス』ではなくて?昔、まだ私が10歳位の頃に起きた海洋紛争の際に戦死された、お父様の弟君の!」
と、指摘した。
「ええっ?!」
レインとアルニカは、兄の顔とルクレイツィアの顔を交互に見ながら、信じられないものを見た様な顔をしている。
ルクレイツィアの指摘には、まずアルフレドが返答した。
「流石!オルトフレイルの姫君にして癒しの魔導士ルクレイツィア殿、その記憶力の高さは確かなものの様子。いかにも!この者は、オルトフレイル前国王の弟フレドリク・マイオリスである。」
そう言って、割と高身長なアルフレドよりも頭一つ大きな身体の男の背を、まるで古くからの友人の様にバシバシと叩いた。
「痛いでございます・・・」
フレドリクは、少し悲しそうな空気を出しながら、主君に訴えた。
「悪い悪い!」
家臣の悲痛な訴えに、王は今度は背中をさすりながら謝った。
この、呑気な主従のやり取りを見ながらルクレイツィアは、
「お元気そうで何よりです!」
と、懐かしさのあまり涙を流してフレドリクに近づいた。
「姫様・・・・拙者も、お懐かしゅうございます!!」
大男の目からも、光るモノが流れた。
「それにしても・・・」
本当、それにしても何故、オルトフレイルの重鎮であるフレドリクが、ラフェトニカでアルフレド王の側近として生活していたのか?と言う事実を、ルクレイツィアとレインやアルニカは理解出来ないでいた。
そもそも、割と顔立ちも周辺諸国に割れていると思われるのに、未だ他の国からも何の追及もされずに居たのか?と言う疑問が山積していた。
「何でブレドのオッサン、素性を隠してたんだ?って、まぁ、オルトフレイルの重鎮って言うなら尚更だったな。」
自分で疑問をぶつけたものの、素性が素性で隠さなければならなかった事実を目の前にして、レインはこれと言った突っ込んだ質問をする事を諦めた。
「でも、アレだろ?戦死したと思われたが、偶然兄貴が通りかかって拾ってきた。そんな所だろう?兄貴は昔聞いた話では、気に入った動物でも人でも簡単に拾ってきてしまうって言ってたぞ、アルマー達が。」
王であるアルフレドの変な手癖を暴露するレインは、少し得意げな感じだったが、
「レイン。その話をするからには、何らかの刑罰が処されても文句を言わないとこの場で誓えるか?」
アルフレド的には、あまり触れられたくない過去だった事は確かだった。
「ひぃい!悪かった!!もう言いません!!」
過去に、兄に何らかの制裁を喰らった経験のある様な、そんな怯え方をしながらレインは、それ以降兄の手癖についての話をする事は無かった。
「まぁ、色々あってな。ブレドは昔ラフェトニカにやって来たのだよ。そして、私に世界の鍵の話や世界の扉の話をしてくれた。それはもう、古のお伽噺の一環としてな。」
そう言って、アルフレドは昔の話をし始めた。