追われる立場
「ルクレイツィア!」
レインは、兄と談笑しているルクレイツィアに呼びかけながら歩み寄った。
すると同時に、兄であるアルフレド王も近づいてくるレインに気が付いた。
「おぅ!レイン、ちょうど良かった!お前も後で呼ぶつもりだったのだ。」
そう言って、自分の横に立ったレインの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「お、おぅ兄貴!って・・・俺はもう10歳位の子供じゃねーぞ!!」
不意に、苦労して直してきた寝ぐせまで復活する程に頭を撫で繰り回されたレインは、兄の手をまるで虫でも追い払うかのような手つきで払った。
「わはははは!!」
アルフレドは、弟に手を払われた事に不快感を感じる事も無くむしろ、とても楽しそうに笑っている。つまりアルフレドにとってレインは未だに幼い頃の弟と言う認識を持っている様だった。
「もう!俺は!!20歳以上の大人だ!!お・と・な!!」
レインは、未だに子ども扱いする兄にプンスカと、まるで子供の様に怒りをあらわにした。
「そうそう、それそれ!お前はいつまで経っても子供だなぁ~。」
アルフレドは、レインを心行くまでからかって、レインもそれに付き合っていた。
大ダイニングルームのホールがすっかり片付いた頃、ようやくアルフレドはルクレイツィアに向き直る。
「お待たせして悪かった。混み入った話をするには少々人が多すぎてな。」
言いながら、近くの椅子に座る。
「兄貴、混み入った話をするんだったら、兄貴の部屋とかに行けばイイんじゃねぇの?」
王とその弟とは言え、普段は敬語で対話し合う兄弟なのだが、周囲にこれと言った上下関係を気にする家臣や部下が居ない場所での二人は、素の兄弟に戻る事が多かった。
「いや、この場所が良いのだ。私の部屋には後ほど必ず行く事になるだろう。」
そう言って、ルクレイツィアの顔を見た。
急に、一国のラフェトニカの王に目を向けられ、ルクレイツィアは久しぶりに緊張した。
別の国の、オルトフレイルの姫と言う立場ではあるけれども、姫と言う立場は周囲が思っているよりも弱くて脆い存在なのだ。
「はい、どう言ったご用件でしょう。」
向き直りながらふと、そう言えばアルニカさんが足元で膝まづいたままだったわ・・・と思いだす。
「アルフレド様、アルニカさんは退出された方がよろしいのでは?」
ルクレイツィアの提案にアルフレドは、
「いや、アルニカにはその場でこれから成すべき事のあらましを記憶していてもらう。実はそこのアルニカ、ただの従者ではない。レインには話していなかったが、先代王の我らの父の妾の子だ。つまり、我らの異母兄妹と言う事になる。」
レインは、兄から今まで全く知らなかった事実を聞かされ、
「はぁぁぁぁああ???!」
と、腑抜けた声を発した。
「お、おいおいおい!ちょっと待ってくれよ兄貴。流石にそんな突拍子も無い冗談、俺は信じないぞ!!」
突然の事実を兄から聞かされたレインは、混乱以外の言葉が当てはまらない様な状態になっていた。
いや、困惑と言う言葉も当てはまるだろうか。
とにもかくにも、色々頭で整理しなければならない事を言われたばかりだったが、更にラフェトニカ国王のアルフレドは、畳みかける様に話を続けた。
「実は、メルルーク・ラングルスが動き出している。どうやらルクレイツィア殿の姉君の居所を掴んだらしい。そして領国のラフェトニカには今、ルクレイツィア殿と言う存在を匿っている。と言う事はつまり、3つ集めると世界を制すると言われている世界の鍵のうち、2つをメルルーク・ラングルスが所有すると言う事になるだろう。」
「ええっ?!姉様が!」
ルクレイツィアには、寝耳に水と言った情報だった。
今の今まで、姉には申し訳無いけど本当に楽しい軟禁生活を送っていたのは確かだった、
今朝の朝食で、ラフェトニカのスメルリナ城の生活の楽しさや面白さを更に知れて、これからももっと色々研究してやろうか?とさえ思っていた所だったのだ。
そこに飛び込んできた、メルルーク・ラングルスが姉の所在を掴んだと言う話に、ルクレイツィアは自分達が実は追われる立場に居る事を思い出したのだった。
「そうでした。私、この身に持つ世界の鍵で世界の扉を開けなければならないのでしたわ。」
自分自身に置かれた運命を、今一度嚙み締める。
「でも、世界の扉と言われても、その扉が一体どこにあるのかは分かりませんの。どなたか信頼のおける協力者を見つけて、このムルニム大陸を探索しなければならないのかも知れません。」
そう言って、高い天井を仰ぎ見た。
これから自身に起こるであろう苦難の道に途方に暮れるルクレイツィアを見たアルニカは、
「大丈夫です!任せてくださいルクレイツィア様!このワタクシ僭越ながら、ルクレイツィア様の旅にお供させていただきますよ!ねぇ、兄上?そう言う事でしょう?」
先程までのアルフレドに対する仰々しい態度から一転して、アルニカは気さくにアルフレドを兄上と呼ぶ。
「ああ、その為にお前をルクレイツィア殿の側仕えにしたのだ。察しが良くて助かるよ。」
アルフレドとアルニカの間で、今後のルクレイツィアの旅路への同行への話が進んでいる状況を目の当たりにして、レインはやっと自分がかなり出し抜かれている事を理解した。
「おい!お前!看護師の!何でお前の方がルクレイツィアと親しそうになってるんだよ?俺の方が先にルクレイツィアと友達・・・いや、そこまで行ってないか?いや?どうなんだ?。ともかく、俺の方がルクレイツィアの旅に同行するに相応しいだろう!?」
何やら、突然降って現れた腹違いの妹に、レインはかなりの対抗意識を抱いたのは間違い無いだろう。
「待て、レイン。お前の役割もある。私の話を最後まで聞くのだ。」
アルフレドがレインを制するが、
「何だよ!もう・・・。俺はいつもこうだ!何かある度、用件は従者よりも後に聞かされる。」
まるで小さな子供の様に、完全に拗ねてしまっていた。
「あはは・・・・」
その光景にアルニカは、手のかかる兄を持つと大変だ~と心の中で呟いた。