食事の風景
レインから罵声を浴びせられながらも全く動じることなく、ラフェトニカの王は
「それでは皆の者!!いただきますっ!!!」
と、腹の奥底から清々しいまでの通りの良い声で、食事を開始する号令をかけた。
それに倣って家臣の皆々も、
「いただきますっ!!」
と続けた。
その後は語るべくも無く、怒涛の様な食事をする音だけが大ダイニングルームのフロア全体に響いて行くのだが、その勢いに気圧されそうになりながらルクレイツィアも食事に取り掛かった。
最後にやって来たレイン待ちの所為なのかそれとも、朝の挨拶の話が長かったのかは分からないが、
「このスープ、とても美味しいのに少し冷めてしまって残念だわ。」
そうルクレイツィアがポツリと呟くと、どこからともなく給仕の娘が現れて、
「申し訳ありません!温かいスープと今交換いたします!!」
と言って、熱々のスープの入った皿をルクレイツィアの前に置いた。
「えっ?!大丈夫でしてよ!ちょっとぬるくなってて食べやすかったですわ。」
手を前に出し、暑いのと交換しなくても大丈夫の手ぶりをルクレイツィアはしてみたが、
「駄目ですよ、ルクレイツィア様!給仕が困ってるじゃないですか。ここは素直に新しいスープもいただいちゃいましょう!スープが2杯も食べられて、得した!って思った方が良いですよ。」
熱々スープを断ろうとしていたルクレイツィアに、早速アルニカが声をかけた。
確かに・・・そうかも知れないとルクレイツィアは、一呼吸置いて考えてアルニカの意見に従う事にした。
「そうね、ごめんなさい。貴方も困ってしまうわね。ありがとういただくわ。熱々の時のスープの味も知りたかった事だし。」
そう言って、熱々のスープを受け取る事にした。
「ありがとうございます!!では、ごゆっくりお食事をお楽しみください!」
給仕の娘はペコリと頭を下げると、他のスープがぬるいと文句を言っている者の所に慌てて向かっていった。
ルクレイツィアは目の前に割り当てられた自分用の料理を食べながら、周囲を見渡してみた。
本当に、たくさんの人が同じテーブルについて食事をしているのを目の当たりにして、本当にこのラフェトニカと言う国はオルトフレイルとは全く異なる文化を形成している国なんだと、改めて実感した。
それと同時に、いかにオルトフレイルと言う国が閉鎖的で、かつ他の国々とは一歩・・・いや三歩位離れた位置から周囲を見渡していた事を思い出していた。
「不思議です。あんな事があったからこの国に連れてこられたのに、この国に来なかったら知りえなかった事がたくさんあって。もしかしたら私がここに来たのは、何者かに導かれてきた様に思えるんです。」
ルクレイツィアは、過去のあの、悲しい出来事を振り返りながら今目の前に広がる暖かな光景に感動していた。
自国民と共に、こんな風に会食した記憶はオルトフレイルでは作れなかった。
オルトフレイルは、王族と国民の間に何らかの隔たりがあった。その隔たりをこれから知らなければならないのかも知れないと、ルクレイツィアは思っていた。
「ルクレイツィア様、どうですか?この我がスメルリナ城での大朝食会は!」
サラダのドレッシングを口の周りに付けた状態で、アルニカはルクレイツィアに問う。
ルクレイツィアは手元のナフキンでアルニカの顔を拭きながら、
「とっても楽しいです!」
と、答えた。
一方、遅れて大ダイニングルームに登場した後、兄から屈辱的?な言葉を浴びせられたままで食事する事となっていたレインは?と言うと、モヤモヤした怒りの様な恥ずかしさの様な微妙な気分のまま食事をしていた。
ルクレイツィアの座っている席とはほぼ対角線上?と言う程に離れていたため、レインのこの微妙な表情をルクレイツィアが見ることは無かったのは幸いだったかも知れない。
レインは、自分用に置かれた料理の味を堪能するでもなく、ただ腹に収めるだけといった具合に食事をして行った。
「あ~あ。殿下!何か不貞腐れた子供みたいになっていますよ?あ!ドレッシングがテーブルに垂れましたよ?お皿の上ならまだしも・・・」
アルマーが、まるで世話焼き担当者の様にレインの口元とテーブルを拭いた。
「おいアルマー?テーブル拭いた布巾で俺の口も拭いてるだろ?」
何かに気付いたレインが、アルマーの迂闊な行動に文句を言う。
「そんな事言ってるんだったら、何もこぼさず口にも垂らさずキレイに食べなよ?殿下。何歳になったんだよ、全く。」
エルマキアが、笑いながらレインがされた状況を指摘していく。
ソフィールはその光景を見ながら、ニヤニヤと笑ってるだけだった。
そろそろ周囲の面々の食事も終わろうとする頃、またしてもラフェトニカ王の声がした。
「皆の者!食事の時間は終わりだ!この号令と共に速やかに持ち場に戻るが良い。」
静かにこの広いフロアに声が響く。
流石の弟?レインも、兄の声に耳を傾けた。
「それでは、ごちそうさまでした!!!」
ごちそうさまでした!!!!
王の言葉に倣ってまた、その場にいた全員の声がフロア全体に響いた。
これが、ラフェトニカと言う国の王とその家臣、そこで国を営む者達との距離を保つ儀式だった。毎朝のこの号令が、ラフェトニカと言う国の力の源になっているのだ。
各自が食べた食器を給仕が運んでいるワゴン台に載せていく中、レインの兄でラフェトニカの王であるアルフレドは、アルニカと部屋に戻ろうとしていたルクレイツィアを呼び止めた。
「姫!ルクレイツィア姫殿下!」
背後から、何年かぶり?とも思える程久しぶりにそう呼ばれたルクレイツィアは、慌てて振り返った。
「は、はい!!ななな、何でしょうっ?!」
「わわわ!国王様です!!」
アルニカは、慌ててその場で膝まづいた。
その光景は、たまたま近くを通りかかったレインの目にも留まった。
「ルクレイツィア・・・・」
お礼を言わなければならなかった。
昨夜、城壁で泥酔していた自分を、自室まで運ぶように衛兵に指示してくれたことを。
もしかしたら、介抱もしてくれていた事も。
レインは、兄と談笑しているルクレイツィアの元に、早歩きで向かった。
何を、どんな事を言われようと覚悟していた。