朝食の前に
レインが目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
あれ?自分で部屋に帰ったっけな?そう思いながら、寝ぐせでボサボサの頭をかく。
しかし、どう思い出そうとしても、城壁から自分で帰った記憶がスッポリ抜け落ちてしまっている事しか浮かんでこなかった。
「さては、俺が城壁の所で酔いつぶれて眠ってしまっている所を、見回り担当のヤツが担いで部屋に運んだな?」
そこにルクレイツィアも居たと言う記憶は無い様で、昨日の見回り担当の兵士の居る兵舎の方に向かう事にした。
着替えて・・・いや、昨日の服のままだな?と気付いたレインは、別の服に着替えて寝癖を直して自室を出る。
ドアを開けると、そこにはいつもの3人の従者が立っていた。
「おう!お前ら、何か今日は早いな?」
時間的にはいつもと同じ時間だった、ちょうど朝7時位だったので、特に早いと言う程では無かったが。
「おはようございます!殿下。昨日はよく寝くれましたか?」
真っ先にアルマーが声をかけた。
「おう!いつもと同じだ。ただ昨日、俺はどうも城壁の所で酔いつぶれてしまってな、誰かが自室に運んでくれた様なんだが。」
レインはそう言いながら、兵舎のある方向に視線を移した。
「そうそう!その話よ殿下!その事についてはまず、兵舎に行く前にお嬢に謝っておきなさいよ!」
エルマキアが、少々怒り気味な様子でレインに詰め寄った。
はて?何でそこでルクレイツィアが出てくるんだ?とレインは首をかしげながら、
「エルマキア、何でそこでルクレイツィアが出てくるんだ?俺は昨日、1人で城壁の見張り塔の所に居たんだぜ?」
この言葉を聞いた3人は、ほぼ同時にその場に崩れ落ちた。
「駄目だ~!!全然覚えていないっぽい!」
「ですね、最悪の状況です。」
アルマーとソフィールが頭を抱えると、エルマキアは、
「だぁーー!!もう!!忘れている輩に何言っても無駄!無駄よ!!実際に会って確かめた方がイイわ!!」
そう言って、レインの服の首根っこを掴んで、いつも朝ご飯を食べる大ダイニングルームに向かおうとした。
「わわっ!っとオイ!じ、自分で歩けるってーのっ!!」
レインは、強引に引っ張って行こうとするエルマキアの手を振りほどきながら、自分の足で歩きだし、エルマキアよりも前に出た。
それに付いて行く様に、エルマキアとアルマーとソフィールはやっと従者の様に歩き出した。って従者なんだけど。
「あ~あ、何かいつもの朝より無駄に腹減ったわ。」」
レインは、この3人の意図など微塵も感じずに、ダイニングルームの方に向かっていった。
一方その頃、ダイニングルームの方では、既に席についている者の目の前には今朝の朝食が並べられていた。
このスメルリナ城の朝は、王様も部下も関係なく大きな長いテーブル席に座って朝食を摂ると言うスタイルを貫いていた。
ラフェトニカの王城内の王族と兵士や従者との距離感が近いのは、こう言った普段からの生活スタイルが現れているからだと思った方が良さそうだった。
ダイニングルームには、荷馬車3台を縦に並べた位の長さのテーブルが3台あり、そこにはズラリと兵士から看護師から、とにかくたくさんの人が着席していたのには流石のルクレイツィアも驚いていた。
「え?ええ?皆様普段、朝ご飯はこんな感じで食べていらしたのですね。私は昨日までは自室に運んでもらっていたので気付きませんでしたわ。」
目をキラキラと輝かせながら、既に席に座っている者達の顔を見回した。
着席している者達の前には。続々と今日の朝ご飯が並べられていくのだが、誰一人として口にしようとしなかった。
「皆、どうして目の前に朝ご飯が置かれているのに食べようとしないのかしら?」
ルクレイツィアがふと疑問を口にすると、
「ある人物待ちですね。ここの食堂は、朝ご飯を食べる人全員が着席してからでないと食事が出来ないと言う作法がありまして、皆それに則って待っている訳です。最後の人は・・・来た様ですね。」
ルクレイツィアに色々説明していたのは、昨日たくさんお湯の入った鍋を軽々と持ち上げていた看護師、アルニカだった。
アルニカは普段から、ルクレイツィアの身の回りのお世話をするお世話係もしていたのだ。
アルニカが指さす方向から来たのは、レインと従者3人組の4人だった。
4人が慌てて自分の席に着くと、やっと朝ご飯のあいさつをする者が声を上げた。
「皆の者、おはよう。今朝も全員揃っている様だな。昨夜城壁で我が弟が泥酔すると言う残念な出来事があった。それを介抱して自室まで届けた勇士レドナー軍曹とオルトフレイルのルクレイツィア姫に、栄誉を称えて拍手を!」
毎朝の朝ご飯の挨拶を取り仕切っていたのは、このスメルリナ城の城主にしてラフェトニカ国王の、アルフレド・アシッドグラフ・ラフェトニカだった!
これには流石・・・ではないルクレイツィアはかなり驚いて、
「ええ?ちょっとアルニカさん!この国では王様がいただきますの号令をかけますの?!」
と、詰め寄っていた。
「そうですよ?他の国は知りませんけど、ウチではそうなんです。」
しれっとした様子でアルニカは、ルクレイツィアの質問に答えた。
ルクレイツィアにはその時、周囲から惜しみない拍手が贈られていたのだが。
一方、ルクレイツィアとは別のテーブルを挟んだ対極の側に座っていたレインは、昨夜自分がしでかしていた恥ずかしい惨状を兄に大勢の前で公表されている事に、恥ずかしさを超えた何か別の感情に支配された状態になっていた。
顔を真っ赤にして汗がダラダラと出て、一体どんな顔をしてこの場に座っていれば良いのか分からなくなっていたが、
「あぁぁぁあ~~にきぃぃいいい~!!」
不意にスクっと立ち上がって、国王に向かって右腕を振り上げると人差し指でガッツリ国王を指さしながら、今の憤りを伝えるが如く、兄を呼んだ。
その光景を見たその場に居た大勢は、
「ドワッハッハッハッハ!!!いいぞーー!!もっと反抗しろーー!!」
などと、レインに言葉を浴びせていた。
これにもまたしてもルクレイツィアは驚いて、
「ええっ?えええ?!アルニカさん!!」
と、アルニカに答えを求めたが、当のアルニカも、
「いいぞーー!!もっとやれ~!!」
と、更に掛け声をかけていた。
皆の前に並べられた食事は、そろそろ冷めてしまいそうになっていた。