城壁の夜
ルクレイツィアは、当ても無くスメルリナ城内を走っていた。
走っていたら途中でレインにぶつかるかも?と言う期待をしていたのもあるけど、何より早くレインに会って謝りたかったのだ。
けれども、どんなに城の中を走っても誰もがレインを見ていないと言う。
いつしか夜もかなり更けて、城の中を歩く者の姿も見えなくなっていた。
「こうなると、かなりお手上げだわ・・・執務室もレインのお部屋も行ってみたけど、結局誰も居なかったし。一体どこに行けば会えるのかしら。」
そう思いながらふと窓の外を見ると、城壁の上を歩く見張り担当の兵士の姿が見えた。
「あ!もしかして!!」
城壁を歩く兵士の姿を見るなり、ルクレイツィアは駆け出した。
今度こそ、レインを見つけたかも知れなかった。
ワインを片手に城壁で、夜風に吹かれ始めてからどれ位の時間が経ったであろう。レインの手の中のワインの瓶は既に空になっており、残りはもう片方の手に持つグラスの中に注がれていた。
グラスの中の紫色のワイン越しにスメルリナ城を見つめていると、城の方から何者かが駆けてくるのが見えた。
少々?いやかなり酔っぱらっているレインは、その近づいてくる人物が自分に向かってきている事を判断出来なくなっている様で、こんな夜更けにご苦労様!な感覚で見つめていた。
駆けてくるのはルクレイツィアだった。
息を切らしながら、城壁の壁に持たれかかりながらワインを飲んでいるレインを見つけると、その速度をさらに加速させて近づいてきた。
そしてようやく、念願のレインの元に辿り着いたのだった。
「レ、レイン!探しましたわよ!」
はぁはぁと、呼吸を整えながらルクレイツィアはレインに言葉をかける。しかしレインからは何の返答も無かった。
「どうしまして?レイン、もしかして先程の事をまだ怒っているのかしら?」
そう言いながらルクレイツィアはレインの顔を覗き込むと、虚ろな表情で城の方を眺め続けていた。
右手には空の瓶。左手にはワインが少し入ったワイングラス・・・
ほぼ泥酔状態になっているレインに、ルクレイツィアはようやく気が付いた。
「ああ!!大変!すっかり酔いつぶれてしまって・・・このままにしておけないけど、私の腕力ではレインを担いで城まで行くのは難しいわ。」
それに、見張りの兵士は今2人が居る城壁からは離れた場所に居るため、たとえ大声で呼んでも聞こえるかどうかは微妙だった。
レインは虚ろな表情のまま、左手のグラスにあと一口残ったワインを口に運ぼうとしたのをルクレイツィアは見逃さなかった。
口元にグラスが傾けられようとしたその時、ぐいっとレインの左手を掴むと、グラスを自分の口元で傾けて最後のワインを飲み干した。
意識が混濁していたレインは、今最後のワインを飲んだはずなのに喉を通らなかったのは何故だ?と言わんばかりに自分の左手を見ると、ルクレイツィアにガッシリと掴まれていて更にワインも飲まれてしまっている状況を目の当たりにした。
一瞬、いや数秒は何が起こったのか理解できなかったが、やっと頭が回転して来ると、この世で一番怖い化け物に出くわした時の様な驚き方をした。
「わわわわあああぁぁぁ~~!!!」
驚きながら、最後のワインを飲まれてしまった事にも気が付いた。
「る、ルクレイツィアさん~どどどどぉされたんですかね~」
酔っぱらっている所為なのか?それとも驚き過ぎた所為なのか、レインは変な言葉づかいでルクレイツィアに話しかけた。すると、
「こんばんは、レイン。かなり探しましてよ。こんな所に一人で居たんですね・・・夜風が気持ち良いですね。グラスに残っていたワインごちそうさまでした!とても美味しかったですよ。」
ルクレイツィアは、さっきまでの微妙な気持ちを一新して、何事も無かったかの様にレインに向き合った。そして、
「やっぱり、私の方がレインを傷つけてしまったのですね。お酒を飲まなければ正気で私と向き合えなくなってしまう程に・・・」
そう言って、レインのワイングラスを持つ左手を両手でやさしく包んだ。
「いや・・・俺も・・・」
悪かったんだ。そう言いたかったレインだったが、
「ううん、無理して言葉にしなくても大丈夫よ。分かっています。私は自分の功績に浮かれて、レインの気持ちや態度に甘えすぎてしまったの。それに、姉や妹に対してする行動をレインにしてしまったのは、とても恥ずかしい事だったわ。本当にごめんなさい。私が全面的に悪かったの。」
ルクレイツィアが、レインの言いたかったことを全部根こそぎ言ってしまった様な、その様に感じたレインは、
「違う。全面的に悪くない。ルクレイツィアは悪くない。悪いのは俺だ。」
酔いが進行してろれつが回りにくくなったのか、レインは短めの言葉で今の自分の気持ちを伝える。
「皆から、俺は空気が読めないって言われた。多分それが悪い。だからルクレイツィアは悪くない。」
自分の駄目な所を、強調するかのようにレインはルクレイツィアに何度も自分の否を伝えた。
何度も何度もレインがそう言ってくるので、ルクレイツィアはもう、そう言う事にする事にした。
多分お酒の入っていないレインと対峙したとしても、同じ様な言葉が返って来るだけの様な気がしたのだ。
「はいはい、分かりました。レインが全面的に悪いんですね。そう言う事にしておきます!」
ルクレイツィアは、仕方が無いな~と言う風に諦めながら、レインにそう伝えた。
「分かれば、よろ・・・し・・・い・・・・・・・」
ルクレイツィアの言葉を最後まで聞いたかどうかは分からないが、レインは意識を失った。いや、眠ってしまった。
「あらあら・・・これは本当に、どうしましょう。」
その場で座り込む様な体勢で眠ってしまったレインを、城の中まで一人で運ぶのはルクレイツィアには無理だった。
こんな時こそ見回りの人!
そう思ってルクレイツィアが後ろを見ると、ちょうど城壁を一周してきた兵士がレインの居る見張り塔の所に向かってくる所だった!
「ああ!助かりましたわ!」
ルクレイツィアはすぐさま兵士を呼ぶと、レインを城まで運んでくれる様に頼んだ。
「分かりました!ルクレイツィア様、殿下は殿下の寝室に運んでおきますね!」
夜はすっかり更けきって、そろそろ夜明けが近くなっていた。