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三姉妹傾国記  作者: 梢瓏
第一章 次女の章
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すれ違い

 レインが自分の手のひらを見つめていると、ふと隣の分娩室の方から誰かがやってくる足音が廊下に響いた。

 バン!!

 勢いよくドアが開かれると、白衣を(まと)ったルクレイツィアが飛び込んできた。

「よぉ!ルクレイツィア、何やらお手柄だったみたいじゃない・・・」

 お手柄だったみたいじゃないか?と言いたかったレインの言葉は遮られ、ルクレイツィアはその白衣のままレインに抱きついた。

 おおおおおおーーー!!

 レインは声には出さなかったが、そんな感じの事を言っている口で固まってしまう。

 当のルクレイツィアは?と言うと、

「怖かった~!!物凄く疲れましたわ~!!」

と言って、レインを力いっぱい抱きしめた。

 おおおおおお・・・おお・・・

 その力がちょっと強過ぎた様で、

「ルクレイツィア殿!殿下の顔色が!!」

 ヴィンセントがルクレイツィアに注意しなかったら、レインは帰らぬ人になっていたかも知れない。

「ああ!!ごめんなさい!レイン!!」

 ヴィンセントの声に、やっと正気?を取り戻したルクレイツィアは、レインに抱きついている自分と言う状況をやっと把握したのか、顔を真っ赤にしながらレインから離れた。

「本当に!ごめんなさい!!つい、姉や妹にしている事をうっかりレインでやってしまった様で。」

と、何度もレインに頭を下げて謝った。

 いや・・・俺は大丈夫だ、気にするな!

と、颯爽と恰好良くルクレイツィアに言いたいレインだったが、

「ゲホっ!ゴホホっ!!ハァハァハァ・・・・ハァ~~、死ぬ所だったぜ。」

などと、最悪な言葉を口にして復活した。

 それを聞いたルクレイツィアは、

「本当に・・・申し訳ない事をしましたわ・・・」

 せっかく、数百年に一度とも目されるほどの偉業を成し遂げたと言うのに、両の目にいっぱいの涙を溜めて、陣痛室から慌てて出て行ってしまった。

 その場に居たヴィンセントと看護師は、

「あ~~~あ!殿下ってデリカシー無いですよね!」

「今のは殿下が悪いとワシも思ったな。」

2人してレインの言葉に不満をぶちまけた。

「いや、俺だってもう少し気の利いた言葉をかけてやりたかったんだぜ!でも、あの時本当マジで息が苦しくて、本当に死ぬかと思ったんだ!これだけは事実だ!!」

 2人にまくしたてられて、レインはヤケになって自分の主張を前面に押し出した。

 そこには、ルクレイツィアへの配慮は一切無く。

「あーー!!もう!!殿下はその、空気の読め無さ過ぎの所、直した方が良いですよ!」

 看護師は近くの台の上に置かれた鍋を持ちあげると、

「じゃ、お先失礼します~!私この後色々とやらなければならない仕事まだたくさんあるので!」

 そうレインに言い放つと、陣痛室から出て行った。

 それを見ていたヴィンセントは、

「殿下、ルクレイツィア殿の部屋に行かれた方が良いんじゃないすかね?ワシならそうする。」

そう言い放つと、厨房の方に戻って行った。

 陣痛室に一人残されたレインは、

「ああああああ~~~・・・・・」

一生分の溜息か?と思えそうな程の、長い溜息を吐いた。


 その頃、陣痛室から駆け出して自室に全力で戻ってきていたルクレイツィアは?と言うと、自室のベッドにうつぶせになって倒れていた。

 皆から偉業と称えられた魔法を扱って子供を取り上げたその時のままの、汚れた白衣の姿のままベッドに飛び込んだのだ。

 あの時レインが言った、「死ぬ所だった」と言う言葉に悪気が無い事は知っていた。

けれども、何故か心が急に張り裂けそうになって、自分でも訳が分からない衝動に駆られて自室まで走って戻ってしまった。なので、本当に失礼な事をしたのは私の方なのに、

「レインを傷つけてしまったかも知れない。」

 ルクレイツィアは、うつぶせの状態のまま一人、自責の念に駆られて涙した。

 このまま・・・仲直り出来なかったらどうしよう。

 いつもの三姉妹だったら、姉や妹の方から仲直りの提案をしてくれて、それで私も提案して元通り!みたいなことになっているんだけど。と思考を巡らせても、もうここ一年以上三姉妹が揃ってはいなかった。

 あの日も、結局マルグリッドはオルトフレイルの外の戦闘の鎮圧に行っていて、妹のシグリットはムルニム大陸から離れた別の国に視察に行っていた。

だから、あの日オルトフレイルの王城に居たのは私一人だったんだ。

 当時の事を急にまた思い出して、更に色んな悲しみが覆いかぶさって来た事もあり、レインの事や自分のしでかした事よりも、更に気分的に悲しくなってしまっていた。

「明日・・・明日になったら今日の事をレインが忘れてくれていたり、しないわよね。」

 一国の王の弟であるレインが、そんな些細な事でも忘れる事無く考える人物だと言う事は、ルクレイツィアには初めて会った時から感じていた。

 たとえ何も魔法が使えなくとも、民衆や従者たちやスメルリナ城で働く多くの人からの人望は、ルクレイツィアがオルトフレイルに居た時に感じていた人望よりも、もっと厚くて広いモノだった。

「やっぱり、今直接会って謝らないと!」

 ルクレイツィアはムクリとベッドから起き上がると、汚れた白衣を着替えていつもの町娘風の服装に戻した。

「姫っぽいドレスがクローゼットの中にたくさんあるけど、ここ一年ずっと着ていたこの服装が今の私の性に合ってるのよね。」

 町娘な姿になったルクレイツィアは、部屋から出るとどこともなく走り出した。

 スメルリナ城の廊下には、『廊下を走ってはいけません!』と書かれた貼り紙がされている事に、ルクレイツィアは気付かなかった。


 ルクレイツィアがスメルリナ場内でレインを探してい頃、当のレインは城から町全体に張り巡らされている城壁の上に居た。

 城壁は、スメルリナ城の周囲と街の中に二重に築かれていて、合わせて三重の城壁が外敵からの攻撃を防ぐ算段になっていた。

 その城壁の、城から伸びている城壁の中でも一番街に近い城壁の、見張り塔の上にレインは佇んでいた。

 ヴィンセントも陣痛室から出て行った後、素直にルクレイツィアの部屋に向かうのか?と思ったら、こんな僻地な感じの所に来ていたのだ。

「皆はさ、俺が結構何でもやってのける王弟だと思い込んでるのかも知れないけど、実際はどう?よ。ただの酔っ払いだぞ・・・ヒック。」

 どうやらレインは、あの後自責の念に駆られ過ぎて、お酒に頼らなければならなくなった様だった。

 まぁ確かに、あんな状況に立たされた後正気を保っていられる強つよ鋼メンタルな人ってそう居ないから、お酒を飲んでも仕方が無いかな。それはそれで仕方が無い。

 持ってきたのは昨年蔵から出した30年物のワインで、グラスは見張り塔の中に常備されていたモノを使っていた。

「明日になったら、ルクレイツィアが昨日の事なんて何も無かった様になっててくれないかな・・・」

 はて?どこかで誰かが言っていた様なセリフをレインも吐きながら、見張り塔で夜風に吹かれていた。



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