お湯の使い道?
レインはかなり足早に、あの広い病院の入院病棟を訪れた。
そこには、ズラリとベッドが所狭しと並べられていたが、かつての様な圧迫感は感じられなかった。
それもその筈、ルクレイツィア来てからの約一週間の間、ルクレイツィアの治癒の魔法によって長らく入院を余儀なくされていた患者の殆どが退院していたのだ。
あんなにも、この多くのベッドで苦しんでいた患者が今では、ほんの十数人程度までに減っていた。
「な・・・?!」
レインはこの光景を見て、言葉を失っていた。
自分が生まれてこの方、この広い病室のベッドにはいつも多くの患者が居るのが当たり前だったのだから。
「これを、ルクレイツィア一人でやったのか?」
広い講堂の病室の空間を見渡しながら、レインは一人呟いた。
病院で働く医者や看護師やルクレイツィアは、今はどうも別の病室の患者を診ている様で、ここには居ない様だった。
辺りをしきりに見回しているレインの背後から、誰かの声がかかった。
「もしかして殿下ですか!?お暇ですか?でしたらちょっと手伝ってくれませんか?」
レインが振り向くと、普段はここではない別の病棟で勤務している看護師だった。
「ああ、今の所ヒマ・・・ではあるな。どうした?」
看護師の表情から焦りの色を濃く見出したレインは、何事なのかと質問を返した。
「実は隣の第二病棟に皆詰めているのですが、妊婦の出産にかなり手こずっているのです。最初は一人だけしかお腹に居ないと思っていたのですが、どうやら3人、つまり三つ子の可能性が出てきてしまって。」
ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭いながら看護師はレインの問いに答えた。するとレインは、
「何だと!?それはかなりマズいんじゃないか?俺に何か手伝って欲しいのだろう?一体何をすれば良いんだ?」
看護師の説明にかなりの緊急性を感じたレインは、腕まくりをして手伝いへのヤル気を示した。
「とりあえず殿下には、厨房で大量のお湯を沸かしてきて欲しいのです。もしくは、お湯を沸かせる魔法を使える者を使っても構いません。今城に居ればの話ですが。とにかく分娩室の方は主治医と看護師以外は男子禁制なので、入室しないでくださいね!」
最後の最後で釘を刺されつつも、レインのやる事は大量のお湯を沸かす事、それだけだったが、
「湯を沸かしたら、どこに持っていけば良いのだ?」
肝心のお湯の持ち込み先を尋ねると、
「分娩室の隣にある陣痛室に運んでおいてください。担当の者が居ますので分かりますよ。」
と、答えた。
いきなり大事になってきたな・・・と、内心ビクビクしながらレインは、今度は厨房の方に速足で向かう。
この城の壁には、廊下を走ってはいけません!と言う貼り紙が何か所かに貼られているので、まずは王族がその注意書きを破っては元も子も無いと言う事で、レインも走ること無く速足を徹底していた。が、見る人によっては走っているようにも見えるそうなので、その辺の見解は分かれる所だったが。
とにもかくにも厨房に着いたレインは、先程看護師から説明された事を厨房に居た面々に伝える。
「近年、双子ですら珍しいのに、三つ子だとよ!めちゃくちゃめでたいと思わないか?!」
病棟では、あまり驚きを表面化させずにいたレインだったが、厨房に着いた途端周囲の者達に自身の興奮を話して聞かせる。
それを見た料理長が、
「殿下!まずは落ち着いて!冷たい水でも飲んで!」
と言いながら、グラスに入った冷たい水をレインに手渡した。
レインはグラスを受け取ると、一気に飲み干す。
「んっくはぁ~~!!美味い!」
まるで、発泡酒を飲むような勢いで飲み干した。
「流石だなぁ~ヴィンセントは。水の温度を操る魔法に関しては、お前の右に出る者はいないと俺は思っているんだが。」
ヴィンセントと呼ばれた料理長は、
「そんなに褒めても殿下、これ以上何も出せませんよ?熱い熱湯位しか出せません。」
と言いながら微笑んだ。
んん?
熱い・・・熱湯?お湯・・・
あの時看護師は、お湯をたくさん沸かして持ってきて欲しくて、更にお湯を出せる魔法を使える者が居ると更に助かる的な事を言っていなかったか?
ふと思い出したレインは、ヴィンセントの顔をじっと見つめた。
年齢的には初老に入っているであろう料理長ヴィンセントは、何故かポッと頬を一瞬赤らめたが、レインの真剣な眼差しから先程の緊急事態の事を読み取り、
「分かりました殿下、お供しましょう!」
と言って、空の大きなたらいと大きな鍋2つを取り出し、
「殿下はたらいの方をお願いします!」
と言ってたらいをレインに放ると、レインは焦ることなく受け取った。
「では参らん!!」
2人は、廊下の貼り紙を今度は無視して、割と速い小走りで陣痛室の方に向かった。
走りながら2人は思っていた。
このお湯は一体、何に使うのだろうか?と。
分娩室の方では、今正に修羅場と言った状況になっていた。
自然分娩で出産させる事を試みたまでは良かった。だが、最初の一人を取り出した所で、
「まずい・・・2人目の子は逆子じゃ!」
と、妊婦の主治医が絶望的な言葉を発した。
「何ですって?!」
筆頭看護師も、2人目をどう取り出すか迷っている。
その様子を逐一見つめていたルクレイツィアは、何か良い方法で出産を成功させられないかと思考を巡らせていた。
その昔、帝王切開と言う方法で出産させる事が出来ると、治癒術を学ぶ観点から多くの医学書や出産の知識を得て来たり、また自身の出産の時にも色々と研究を重ねてきたルクレイツィアだったので、自身の知識の中から有効的な手立てが無いかと考えていたのだが。
今回の場合は三つ子で、更に既に一人目の出産が完了してしまっている状態での2人目の逆子と言う事で、現在のこのスメルリナ城の医療では、それ以上の手段を行使する技術力が無かった。
このままでは、2人目の子が産道で窒息して死んでしまう可能性も出ているのだ。
ああ!このままでは一人しか助からない可能性が高いわ・・・。
何か方法を・・・方法・・・ん?・・・方法!!
ルクレイツィアは急にポンと手を叩き、苦悩している主治医の前に立った。そして、
「ここから先は私にやらせてください!!」
と、提案した。




