ユグドラシア大国
戦争地帯から逃げている。
彼女の名前は篠崎芽衣。
逃げて、逃げて、彼女はあらゆる物を落としてしまった。
例えばこのノート。
ユグドラシア大国。
この世界には大きな、とても大きな大陸が存在している。
ユグドラシア大国と呼ばれたその国は、かつてユーラシア大陸と呼ばれたものであった。
とっても大きなその大陸のほぼ全てを支配下に置いた超大国ユグドラシア。
ユグドラシア大国を超大国へと成長させた神を、人はこう呼んだ。
世界樹の神ユグドラシルと。
ユグドラシルはとても大きな力を秘めていて、それに対抗できる存在は二人しかいなかった。
それぞれ、国を支配した赤黒い悪魔と国を支配した白衣のマッドサイエンティスト。
かつて大きく発展して数多もの人工物で溢れたアジア地域も、今は既に森の中。
地球を支配していた人類史は、殆どロストしてしまったのだろう。
ユグドラシルは本物の神様だった。
他は皆紛い物。
長い時の中、ユグドラシルは人類の発展を見た。
人が集まって、村になって、街になって、国となる。
そうして、世界にはたくさんの国々が出来た。
しかし、人類は皆分かっているはずだ。
形あるものは、いずれ必ず崩壊するという事を。
世界樹はどんどん大きくなり、それに比例するようにユグドラシルの領土は拡大していく。
世界樹の都はユグドラスに、ユグドラスはユグドラシアに。
国の名前が変わるたびに、それ相応の血が流れてきた。
人間は、神には勝てない。
そんな事は誰でも分かっている。
だから仕方ないと、人類は諦めた。
だから、この戦争に人類はもう関われなくなってしまった。
その戦いは、神と天使の争いだったから。
くだらない、私は人だ。
神様なんて所詮人間が創り出したまやかしの信仰対象なのだろう?
世界を支配しているの者は何だ?
悪魔か?天使か?神様か?
違う、世界を支配していたのは人間だ!
いつからだ…
ある者は、夢を見たと吠えた。
ある者は、予言を見たと吠えた。
またある者は、魔女を見たと吠えた。
それを見たのは共通して、空が黄昏に染まる時。
太陽が冥き空に消える時。
そこには誰も居なかったのだと、誰かが言った。
どんなに彷徨っても一人きり、何日歩いても誰一人すれ違ったりはしない。
この空間には自分しかいないのだと思った。
彷徨って、彷徨って、そのものは1つの大きな玉座を見つけた。
そして、その玉座には一人、誰かが座っている。
貴方は誰?
その者は聞いた。
昏き世界を彷徨い歩く君こそ誰だ?
この世界に人間が居るなど…
その者の周りを赤黒く光り輝く蝶が舞う。
彼女はとても恐ろしく不気味で、目を引く妖艶さだった。
彼女が立ち上がり、ゆっくりと私の元へと近づいてくる。
一歩、もう一歩と。
彼女の足跡からは数本の彼岸花が咲き誇り、私はやっと理解した。
彼女は人間ではないと。
彼女は私に問いかけた。
唯一の愛する相手が死んだとき、君は何をする?
その相手は、自分の事を最高に愛してくれて、自分自身も相手を最高に愛していた。
その相手は死ぬことをとことんまで嫌った。
何があっても死ぬな!
世界はとても残酷で恐ろしい所だが、死んでしまったらもう、何も残らない。
輪廻転生、この世界にもう生き物なんて居ないのに、何に転生するというのだろう?
地球外生命?
一億年で人類が見つけられなかったものだ。
本当に居るのかさえ怪しい。
まあそれでも、僕が生きていた物語を君に聞かせることは良いかもしれないね。
僕と、僕の愛するグライフ・スウェルヴェンの話を。
大昔の、まだユグドラシア大国が存在していなかった時代の話。
それは、400もの物語を聞かせた後にしようか。
なにせ、その物語は800もの物語があるのだからね。