六話
彼女の目には、まだ幼いベルナデッタが難しい本を読もうとして挫折したように見えているだろう。彼女は微笑まし気にくすくすと笑っている。ベルナデッタは前世の記憶があるのでこれくらい読める――と流石に言うわけにはいかなかったが、とりあえず抗議の意を示すために頬を膨らませた。
エルネスタは少し離れた本棚から、薄い本を取り出して持ってくる。
「こちらにもっと分かりやすい絵本などもありますよ」
「バカにしないで。これくらい読めるわ」
「ふふっ、真摯に勉学に励まれて、ユシリス様もさぞお喜びでしょう」
その神様はやがてベルナデッタを食うのに。エルネスタの目の前で、ベルナデッタを噛み砕いてしまうのに。両親と同じように、エルネスタもその異様な風習に疑問を持たない。彼女も神に捧げる供物を育てるために、ベルナデッタの世話をしているのだ
。
アルビオラに住む人々は、それを当たり前のこととして疑わない。むしろ、神の贄として選ばれることは光栄なことだと思っている。
――――十八歳に成長した喜ばしい日に残虐にも食われてしまうというのに、その忌まわしい風習にまるで疑問を抱かない。
「分からないことはありましたか? 私でよければお教えしますよ」
「ユシリス……さまはいつからこの国にいるの?」
「ユシリス様はこの国が築かれた時からいらっしゃいます。ユシリス様は豊穣と救済を司る神。そして、ユシリス様が降臨すると同時に花が咲き誇るように築かれたこの楽園を、かの方は聖地アルビオラと名付けたのですよ」
「ずっとずっと昔?」
「そう。ずっとずっと昔です」
聖地アルビオラが築かれたのは、それこそエルネスタが生まれるずっとずっと前に違いなかった。
「昔から、その……神子はいたの?」
「神子も昔からおりましたよ。ここは穏やかな時間が流れる安寧の楽園ですが、ユシリス様無しでは成り立ちません。この楽園と奇跡を維持する対価として、ユシリス様は神子を求めるようになったのです」
神が加護の代わりに対価を求めるなんて変な話だ、と思ったがベルナデッタは口には出さない。
エルネスタは語る。
「司祭の一家は、自分の家から十八歳になる娘をユシリス様に捧げるようになりました。この国で神子に選ばれるのは、司祭の家に生まれた娘のみ。ですから、神子に選ばれるのはとても光栄なことなんです。ユシリス様の糧となれるなんて、これ以上の至福はないでしょう」
誰がユシリスの話をしても、いつもその話に終着する。そうは言われても、ベルナデッタは神子なんかになりたくないのだ。そこまで光栄だと思うなら誰かに代わってほしいものだが、神子はどうやら司祭の家系の娘が務めるものだと決まっているらしい。若い娘でないといけない、というルールでもあるのだろうか。
何を言っても聞き入れてもらえないだろうと思ったから、ベルナデッタは返事をしなかった。その代わり、不貞腐れて視線を逸らす。
食われるのに、何が光栄なんだろう。神がもたらす奇跡の対価に人のいのちを差し出すなんて馬鹿げている。それなら、神なんかに頼らず自給自足した方がよっぽどましなのではないか。
誰に何を言われようと、ベルナデッタは神子になるつもりなど毛頭無い。どれだけ両親や使用人にユシリスの素晴らしさを説かれても、逆にその気持ちが増すばかりだった。