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四話

 その泣き言を聞いて、リベルトはきょとんとしている。案の定、ベルナデッタが何故泣いているのか分かっていないようだった。


 神子として食われたアンナだって、最後の最後まで、自身の役割に疑問を持った様子には見えなかった。神子に選ばれ、ユシリスに身を捧げるということは、アルビオラの人々にとってとても喜ばしいことなのだ。そして、歴代の神子と同様に、ベルナデッタも自身が神子として選ばれたことを光栄に感じているそう――思っているに違いない。


 リベルトは言う。


「神子になるのは、ユシリス神と一体になること。それはとても光栄なことだよ」


――――アルビオラに住む人々は、皆口をそろえてそう言う。そして、その例にリベルトも漏れなかった。生まれた時からそう教え込まれて、誰もそれを疑わない。母でさえ、ベルナデッタが贄となることを光栄だとして喜んでいるくらいだ。


 だが、その風習が異常なことだとベルナデッタは分かっていた。だって、前世の記憶があるから。生贄が当たり前のことではないと知っているから。リベルトの答えが許せなくて、ベルナデッタは歯をぐっと噛み締める。


「そんなわけないじゃない‼」


 乾いた音が夕暮れの庭園に響く。爆ぜるような激怒を感じ取った小鳥たちが逃げていく。ベルナデッタが怒りに任せてビンタしたのだ。


 相手が大事な幼馴染であることも、年上であることも全く構わず、ベルナデッタは自身の中で爆ぜた感情をぶつけた。ベルナデッタの反応が想定外だったようで、頬を打たれたリベルトは目を見開き驚愕していた。


 リベルトは呆然として手を自身の頬にあてて、ベルナデッタを見ている。


「なんで、なんであんなの見て、みんな平然としていられるの⁉」


 ベルナデッタは声を張り上げる。


「なんで誰も助けようって言わないの⁉」


 喉が痛むのも構わずに、


「どうして誰も、おかしいって思わないの⁉」


 ベルナデッタはこの国の致命的な欠陥を訴える。


 そこで溜め込んでいた感情が爆発して、訳が分からなくなって、ベルナデッタは泣きじゃくった。どうにもならなくなって、我慢できなくなって、涙をぼろぼろとこぼして泣いた。


――――前世のベルナデッタは病弱で、ほとんどの時間を病室で過ごしていた。身体が重くて、薬の効きが悪いと苦しくて、体調を安定させるためにはベッドで過ごすことしかできなかった。窓の外に見える健常な子どもたちを、何度羨ましいと思っただろう。


 それでも、ただただ治療を受けるだけのような情けない少女でも、生きていていいと皆言ってくれた。儚い命でも、生きていて何の価値も無いような少女でも、懸命に治療を施してくれた。使えない命だからといって捨てられることも、呆れられることも、何かの糧に差し出されるようなことなど有り得なかった。


 だからこそ、どんな命であっても大切にされるべきだという価値観が分かる。神がもたらす奇跡に命という対価が必要なことが、おかしいのだということが分かる。誰かの命が何かの為に差し出されることは間違っているのだと言い切れる。


「おかしい、絶対におかしい! こんなの」


 アルビオラでまかり通っているこの風習は異常だ。泣きじゃくりながら、ベルナデッタは訴え続ける。打たれた頬を抑えて、リベルトはずっとベルナデッタを見ている。


 そこで、リベルトは自身の言葉がベルナデッタを傷つけたのだとようやく理解したらしい。


「……ごめ、ん」


 そこからしばらく、ベルナデッタはすすり泣き続け、リベルトは沈黙する。夕暮れの庭園に、少年少女に似合わない重苦しい空気が沈む。


 しばらく泣きじゃくり、やがて落ち着いたベルナデッタが言う。


「……リベル、ト」


 真っ赤に泣き腫らした顔でベルナデッタが言う。


「わたし、生まれる前のこと、覚えてるの」

「生まれる、前……?」


 思わぬ言葉だっただろう。リベルトが目を丸くしている。


 信じてもらえるかは分からないが、それでもベルナデッタは続ける。


「わたしは身体が弱くて、毎日寝てることしかできなかったけど、それでも、わたしだって生きていていいって、言ってくれた。誰も生贄にされることなんてなくて、それでも、平和で穏やかな国だった。」


 ベルナデッタは訴える。


「わたし、食べられたくなんかない」


 あの儀式で抱いた切な思いを訴える。


 この世界の外を知っているからこそ、ベルナデッタはこの国の欠陥を糾弾する。


「この国の風習は、どう考えてもおかしい」


 誰かの犠牲の上に立つ幸せが、まかり通って言い訳がない。生贄を差し出すことが奇跡の対価だというなら、それは神が間違っている。


 リベルトはベルナデッタの言葉に静かに耳を傾けていた。


 彼は八歳という幼さではあるが(しかもベルナデッタのように前世の記憶があるわけではない)彼なりに、ベルナデッタの言葉を理解したようだ。


 リベルトは頷いて、


「まだ十八歳になるまで時間はある」


 その透き通った碧眼に決意を宿して、


「一緒に探そう。神子にならなくて済む方法を」




生贄になるまであと十二年

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