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三話

 ベルナデッタには転生前の記憶がある。エリカという生まれつきの病気があった少女で、十八歳になる直前で病状が悪化して息を引き取ったのだ。


 急に病状がよくなるというような劇的な奇跡が起こることは全く期待していなかったし、想像もしていなかった。そしてその諦観に満ちた予感は虚しくも正しく、エリカの短い人生は病状の悪化によって呆気なく幕切れとなった。


 けれど、そのまま終わるはずだった命は何かの縁で、聖地アルビオラという国の、司祭の家系の一人娘として転生した。


 生まれつきの病気は、もう自分の意志ではどうしようもない。十八歳になる直前まででも、生きられたことを喜ぶべきだったのかもしれない。それでも、人より格段に短い前世に未練は禁じえなかった。だからこそ、何かの縁を持って得られた二度目の生こそは長生きすると決めていたのに。十八歳より長生きして、大人の世界を見てみたいと思っていたのに。


 献納の儀式で見せつけられたのは、ベルナデッタにとって決して受け入れられない絶望的な未来だった。


 母が言うには、ベルナデッタは十八歳になると同時に指名を果たさなければならないのだという。その使命とは言わずもがな、献納の儀式で神子を務め、ユシリスへ捧げる供物となることだ。


 すなわち、ベルナデッタは十八歳になると同時に献納の儀式によってユシリスに捧げられる。アンナのように、あの巨大な口で食い千切られ、噛み砕かれる。


――――アンナが食われる時の光景が、儀式が終わってなお頭から離れない。


 静謐な聖堂に響いたうら若い少女の絶叫。白い祭壇に飛び散るおびただしい量の血飛沫。それを前にして、敬虔に頭を垂れたままの民たち。それらの光景はあまりに異様で、前世と今世で培ったベルナデッタの常識をあまりに逸していた。


 神に少女を差し出すという異常な風習。それはどう考えても倫理から外れているはずなのに、人として間違っているはずなのに、人々は頭を垂れたままでその光景に全く異議を唱えない。それどころか、あの儀式が必要なものだと盲信している。


 神子が食われる光景は、前世の記憶があるとはいえ、まだ六歳のベルナデッタにとってはあまりにショッキングだった。


 そして何より、自分が十八歳になった暁には同じ目に合わされるのだという事実が受け入れられず、狂ってしまいそうだった。


 何故誰も、この風習をおかしいのだと叫ばないのだろう。ユシリスは確かにこの国を守護してくれているのかもしれない。だとしても、うら若い少女を差し出すことを正当化してもいいのだろうか。ユシリスが本当に神だというなら、生贄を差し出さずに国を守る方法を探すべきではないだろうか。






 儀式が終わって夕暮れ時。若緑の庭を夕日の光が橙に染め上げている。小鳥の可愛らしいさえずりも聞こえてくるが、ベルナデッタの耳には届かない。


 ベルナデッタは屋敷の庭園で一人、ぽつんと座り込んで池を眺めていた。すっかり消沈した様子のベルナデッタを気遣ってか、やってきたのはリベルトだ。


 リベルト・バローネ。ブラウンの髪と澄んだ碧眼が特徴的な、八歳の少年だ。聖職者を守る騎士の一家の息子で、やがてアルビオラ騎士団に所属するべく日々剣の修行をしている。


 アルビオラの人々にとって、あの儀式は祝福するべきものだった。これから十数年分の加護を確約するために不可欠な儀式だったのだ。だから今日の儀式を祝福すれど、落ち込んでいるのなんてベルナデッタくらいだろう。そういう国なのだ、アルビオラとは。


 彼は他家の生まれだがベルナデッタの幼馴染であり、物心ついた時からよく一緒に過ごしている。この国でベルナデッタに最も近い少年とも言えるだろう。


 だが、彼もアルビオラで生まれ育っている以上、アルビオラでの常識を身に付けている。つまり、あの儀式が必要不可欠なものだと生まれた時から刷り込まれているわけで。ベルナデッタが落ち込んでいる理由が分からないのだろう。


 リベルトが隣に座る。


「ベルナ、どうしたの?」

「うん、ちょっと……」


 無垢な碧眼がベルナデッタを覗き込む。


 リベルトがベルナデッタを心配してくれているのは分かる。だが、ベルナデッタが抱えている気持ちを、果たして彼に明かしていいものか迷っていた。


 アンナはきっと、ユシリスに食われるその時まで自分が神子として選ばれたことを光栄に思っていた。歴代の神子たちもそうだったに違いない。


 この国に生まれた人々は皆ユシリスを崇拝し、神子として選ばれることを光栄だと思っている。それが常識だと信じて疑わない。それをおかしいと思えるのは、ベルナデッタに前世の記憶があるからだ。


 だから、この気持ちをリベルトに理解してもらえない可能性もあるのだ。ここで気持ちを明かして、そのうえでリベルトに理解されなかったら、この気持ちを抱えたままでいるよりもずっとずっと辛い。ベルナデッタにとって最も身近な少年が、自分を神子として捧げることを肯定してしまったら、ベルナデッタはこれからリベルトとどう過ごせばいいのだろう。


 それでも、もうベルナデッタは我慢できなかった。自分一人で抱えていることができなかった。それほどまでに、献納の儀式で明かされた事実はベルナデッタにとって衝撃的だったのだ。


 ベルナデッタは目に涙をいっぱいに溜めて訴える。


「わたし、食べられたくない……!」


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